五
前世の記憶を思い出す時は、大抵は自分の病弱な体を悲観するか、悲しそうな顔をする両親と姉のことばかりで、ゲームの内容にまでは至らなかった。
でも、それが今一番大事な情報だったとは。
父と一緒にあまり浮かばない表情のまま城下町を歩く。風車を売る店主が宣伝のために声を張り上げているが、ほしいとは思わず素通りしてしまう。簪も昨日までは絶対に見に行きたいと思っていたのに。
「(いや、もっと考えるべきことがあるよね・・・・)」
隣の病室で熱心にゲームをしていた女の子に毎日聞いていたゲームの話。タイトルは知らないけれど、この世界と類似している部分が多すぎる。今更思い出すのは遅すぎるとも言えるが、そのゲームの中にも確かに『雨一族』は存在していた。
陰で暗躍する隠密集団。ゲームの中でも時折名前が出てきていた。主に攻略を邪魔するような立ち位置で出番の多かった雨一族に、私と同じ名前の『梅雨』も出てきた。
ーーーそうだ、私は悪役姫ポジションだ。
自分で手は下さず、従者や周りの者を利用して主人公と攻略対象を苦しめる。攻略対象によっては恋愛絡みで邪魔をすることもあったが、大体は指示によるものが多かった。
「そうだ・・・景虎様に頼まれて・・・・」
「梅雨・・・もう景虎様の名は出すな・・・気が滅入るだけだぞ」
「あ・・・・は、はい。父様」
ぽそりと呟いた言葉に父が眉間の皺を増やしながらため息をつく。そんな父に今考えていたものを相談することはできない。もし相談したら余計に悩ませるだけだから。
この話は、墓に入るまで誰にも言っちゃいけないな。そうなんとなく理解できる。控えめに言っても未来が見えると第三者に伝えるのと同じだ。どの世界でも、どの物語でも、どのゲームでも未来が見える人間なんてチートだ。欲しがる者もいる。
「梅雨、私は先に宿に戻って休息を取るがお前はどうする?」
「私もそうします」
「そうか。・・・明日は祝い席だからな、着物の準備をしておきなさい」
「はい、父様」
今は誰にも話を聞かれず、覚えていること全てを何かにまとめる必要がある。城下町の探索は二の次だ。
父の背中を追いかけながら宿屋へと戻る。早い帰りに店主が驚いていたが、父と私の重々しい雰囲気に何も言わず店の中へと案内してくれた。
父は隣の部屋でしばらく休むそうで、襖を閉じたきり何も話さなかった。父にはいろいろ気苦労をかけてしまったから詫びでも入れた方がいいのかもしれないが、話題に出さないのも優しさかもしれない。父よ、申し訳ありません。
「さて」
邪魔が入ることもないので、さっそく思い出せるだけの内容を整理しよう。
あとで燃やせるように、本来だったら買い物をするために用意した半紙にすらすらと文字を書いていく。まず、雨一族は悪役ポジション。そして中でも『梅雨』は主人公の邪魔をしたがる姫。
景虎様が主人公を気に入り、邪魔になった攻略対象を殺すために汚れ仕事をしたり、景虎様の政を遂行させるために自ら動いたり、梅雨自身が気に入った攻略対象と結ばれるために主人公を殺そうとする。まぁ、結果は必ず失敗するのだけど。
梅雨の結末は決まって同じ、死ぬことはないが汚れ仕事を指示していたということもあり国を追放される。景虎様の指示で流刑になることもあれば、攻略対象から逃れるために自ら国を出ていくルートもある。
「まぁ、もともと雨馬島は辺鄙なところにあるからこれ以上流刑されてもそこまで痛手ではないけど・・・」
育ててくれた父や民と離れるのは辛い。だからやはり、どのルートにしても望まない状況になるのは避けたい。だとしたら、やるべきことは一つ。
ーーー主人公の邪魔はしない。
自らバッドエンドを迎えるような動きはしない。これに限る。主人公と出会うことは今後運命として避けられないものだろうから仕方ないにしても、私が判断を見誤らなければ追放されることもないだろう。
ただここで、一つ懸念が残る。それは景虎様が主人公を気に入り、娶ろうとするルートだ。攻略対象によっては主人公を気に入るルートに入る。その対象が誰だったのかは残念なことに思い出せないが、とにかく景虎様が主人公を気に入ってしまうと、嫌でも私は汚れ仕事をさせられる。雨一族の力を使えば暗殺だって簡単いできるから。
でも、そうなったらどう抗ってもバッドエンドは不可避だ。
「どうしたら景虎様は主人公を気に入らずに済む・・・・?」
私が主人公と出会うことを避けられないように、景虎様も主人公を目に留め、気に入ることも避けられないはず。だったらやはり邪魔するしかないのか。でも邪魔をしたら結局バッドエンドまっしぐらだ。
幸運なことに、今はゲーム開始よりも大分過去の時点にいる。それをチャンスと捉えて私が暗躍すれば、ルートも阻止できるか。でもどうやって。
そこで思いついたことに、私は頭を抱える。それは嫌だ。せっかく健康体に生まれたし、できれば今世は大往生したい。婆になって、庭いじりをしながら好きなお茶をのほほんと飲みながら最期は眠るように死にたい。
「・・・・妻になるのは嫌だ・・・・」
気の迷いで、私が景虎様に見初められ妻になることを考えたが、それは一番避けたいルートだ。各地の一族を統べる虎一族の妻なんて、今後気苦労が絶えない。父も望んでいないし、私も望んでいない。
ひとまず妻になるルートは削除しよう。その他の方法で景虎様を主人公でも私でもない姫と結ばせる。その方法は今のところ思いついていないが、ありがたいことに今はゲームが始まる以前の状態だし、まだ時間はある。
ーーーできること、準備すべきことはたくさんある。
「・・・・・・」
私は縦書きではなく、横書きに加えてカタカナを使用したメモを両手で包んでくしゃくしゃにする。そして誰の目にも入らないように灯籠の火を使って燃やしてしまう。
全てが灰になるころには、私は前世の私ではなく『梅雨』に戻る。ゲームとは違うのは、悪役姫になる気は毛頭ないということ。まずは明日の祝い席を滞りなく終わらせる。それから島に戻って、できることを探すんだ。
窓際へと移動し、騒がしい城下町を見下ろす。御前が見守るこの町は、とても賑やかだ。その御前が後継者に代を譲るのは今から七年後のこと。
十八の年、景虎様は『御前』の名を与えられる。それがゲーム開始の合図だ。
「・・・・抗ってやろうじゃないの」
絶対に、大往生するんだ。
.