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想ふ事おほし。  作者: kasetsu
祝い席の紫雲
2/11




雨一族がいる雨馬島から虎一族のいる国までは、船で十日、徒歩でひと月かかる。


従者たちに見送られて旅立った私と父だけれど、すでにその光景もひと月前の話になるのかと立ち寄った茶店でのほほんと団子を頬張りながら思い出す。


今日には虎一族の国に入る。前世で言う東京に位置する通称『虎の国』は広い領土を持ち、これから通過する橋を抜ければ、城下町はすぐそこだ。


今いる場所は鷹一族の領土で、通称『鷹の国』。気高い山が多く、険しい道が続いたけれどなかなか好奇心をくすぐる国だったと思う。時折鷹だと思われる鳥が上空を飛んでいたから、よそ者の父と私を監視していたのだろう。ぜひとも、一度鷹一族とも話をしてみたいものだ。鷹を使役にするなんて素敵じゃないか。



「梅雨、そろそろ行こう」


「はい、父様」



茶店の店主に挨拶をして、雨も降っていないのに笠をかぶって道を歩く。笠は雨一族の正装なので仕方がないが、私の藁でできた笠はなんとも貧相だ。雨一族の当主ともなれば鋼鉄の笠をかぶることができるので父が羨ましい。黒光りする笠はとても格好いい。


父の名前も読み方は違えど雨笠(うがさ)だ。歴代の当主はその役職を拝命した瞬間に過去の名前を捨てる。私が生まれた時にはすでに父は雨笠と名乗っていたので過去の名前は知らないが、雨一族の象徴を名前にできるなんて羨ましい。


私は姫なので雨笠を名乗ることはできない。名乗るのは今世の兄の雨苑(うえん)だ。兄は今年で十七になるから、父が名を譲るのもそう遠い話でもないのだろう。今も父の代わりに雨馬島に残って仕事をしているし。



「梅雨、見えてきたぞ。虎の国だ」


「・・・・・・大きな門ですね」



父の言葉に釣られて前を向けば、大木を縦に割って何百何千と連ねた塀が見えてきた。前世で言えば十階建ビルくらいの高さだろうか。その真ん中にはこれまた大きな門があって、その門の両脇には門番が槍を持って立っていた。


虎一族の関係者のみが身に着けることができる、黄色の帯を腰に巻いている。着物の下にも黄色の股引(ももひき)があった。それを見ると、ようやく虎の国にやってきたのだなと実感が湧いた。


父も同じような気持ちなのか、笠を目深にかぶると少し早足になって橋を進んだ。


目深にする理由が、その時私は分からなかった。



「何用か」


「雨一族当主の雨笠と申す。景虎様の祝い席に加わるため参った」


「示せ」


「ここに」



長い橋を通り、門番へと近づいた父がいそいそと懐から文を取り出す。門番はどうやら「お前が雨一族の当主であるという証拠を出せ」と言いたいらしい。難しい言葉を使うし、やや言葉が足りないのでぼんやりとしていたが、父から文を預かった門番がそれを確認すると、今までの威圧的な態度を改め、ゆっくりと頭を下げた。



「雨笠様、お待ちしておりました。その方は姫君の梅雨様でお間違いないか」


「間違いない」


「どれ、顔を見せていただく」


「・・・・梅雨、笠を取りなさい」


「はい、父様」



父には笠を取れと言わないのは、きっと雨一族の当主に対する敬意なのだろう。私は当主ではないし、ただの姫なので言われた通りみすぼらしい笠を取り外す。


笠を外したところで、私が本物の姫だと証明できるのかというと、これができてしまう。雨一族にのみ遺伝する紺の髪色と、左目の下にある小さな泣き黒子。泣き黒子は雨粒のように、上が細く下が丸くなっている。前世でいう「くすん」マークだ。伝わるだろうか。


父にも同じように紺の髪色と、泣き黒子がある。もちろん兄にも。そうやって雨一族は続いてきた。それを見せると門番は納得したようで、「うむ」と小さく呟いて頷いた。



「笠をかぶりなさい」


「はい、父様」



言われた通り笠をかぶり、父の背を追うように開かれた門から城下町へと入る。門番の横を通り過ぎる時、何か言われたような気がしたが聞き取れなかった。


すでに夕暮れ時の城下町は買い出しも終わったようであまり人気がないが、雨馬島に比べたら人口密度は高いように思える。店じまいを始める茶店や簪店の店主が隣人とわいわい話しをしながら手を動かしている姿にきょろきょろと顔を動かしていると、父に見つかり叱られた。



「梅雨、今日は近くの宿屋に泊まって、明日虎一族の当主にご挨拶しよう。祝い席は明後日だから、ご挨拶が終わったら城下町を案内する。その時まで、楽しみにとっておきなさい」


「はい、父様」



叱っておきながら娘のご機嫌をとるような言葉を言う強面の父に思わず笑いそうになってしまう。そういえば前世の父も、私がまだ元気だった頃は毎朝新聞を睨んでいたか。だけど必ず私が出かける時には「いってらっしゃい」と声をかけてくれたものだ。その顔は新聞で見えなかったけれど、きっと今世の父のように優しかったのだと思う。



「梅雨、当主の名は覚えているか?」


「はい、父様。虎斑(とらふ)様です」


「そうだ。景虎様はその虎斑様の四つ目の嫡子だ。先の戦で嫡男の虎杖(いたどり)様と二つ目の嫡子虎渓(こけい)様は亡くなっている。今は三つ目の嫡子虎視(こし)様と景虎様が後継者として名が上がっているが、虎視様は病弱ゆえ、おそらく景虎様が次期当主となることだろう」


「・・・・・・」



病弱、その言葉に思わず反応してしまう。病弱な人間の心情が手に取るようにわかるようになった今、少しだけ虎視様が不憫に思えた。そして、虎一族という繁栄を極める一族でも、病には勝てないのだと気付き、どの世界でも病は強いのだな、と思った。



「・・・・梅雨?」



思わず足を止め物思いに耽っていると、宿屋の前でこちらを振り返った父に首を傾げられてしまう。慌てて笠を押さえながら父に駆け寄る。その足取りは軽い。前世では信じられないほど軽快で、それがなんとなく嬉しいし、なんとなく悲しかった。



「梅雨、どうした?」


「いいえ父様、なんでもありません。明日出かけるのが楽しみで」


「あまり羽目を外してくれるなよ。お前は雨一族の姫なのだから」


「はい、父様」



宿屋の店主に挨拶を始めた父について店に入る。廊下には虎をあしらった掛け軸や、虎模様の暖簾があって感心してしまう。私は父が用事を済ませるまで掛け軸を見ていようと歩み寄る。その虎の目は、黒目の部分が縦に尖っていて少し恐ろしいと思ってしまった。


明日会う虎斑様も、そして祝い席にいる景虎様も同じ目をしている。



「まるで、世界を喰らおうとする獣の目だな・・・・」



獰猛な、この世の頂点に君臨する獣王の眼を、しっかりと見つめ返すことができるだろうか。


少しだけ、明日が怖くなった。



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