2.学園一の変人
ーー魔時霞流学園の屋上は封鎖されている。何重にもかかった鍵は、たとえ非常時でも開くことはないだろう。
何故なら、以前何を思ったのか学園の屋上からバンジージャンプを計画したり、屋上で打ち上げ花火をしようとして失敗し爆発を起こした生徒がいたからだそうだ。ーーそれもこれも、たった一人の生徒によってだが。
魔時霞流学園三年、白永心美。長い白髪にぱっちりおめめ。文武両道で様々な事件を起こしている犯人である。しかしそれでも退学にならないのは、恐らく頭の良さが常人よりずば抜けているからだろう。バカと天才は紙一重という言葉をまんま体現したような女子生徒である。
見た目は超絶美少女で、入学当初はお決まりのファンクラブが出来るまでだった。しかしいまそのファンクラブがないということは……お察しいただきたい。
そして、その厳重に封鎖された屋上で今、白永心美は優雅に昼食をとっていた。
購買部で購入したウルトラヤミー焼きうどんパンを頬張りながら、心美は小さな端末を取り出し、画面に表示されたGPSのようなものを眺めている。ちなみに、タッチパネルになっているこの端末はGo○gleマップのようなもので三条地区のみ表示されている。
「何か反応はあったかい?」
屋上には心美一人。立ち入り禁止の屋上に立ち入る生徒など心美しかいないからだ。ではこの声は誰なのか。正解は心美の肩に乗っている小さな猫のような鹿のようなライオンのような生き物だ。名称不明の生き物、彼の名はレン。心美のペットのような存在だがペットではない。
心美はレンと共に端末を見ながらパンを頬張った。
「反応という反応は朝にちょっとあっただけかな。すぐに消えたし、博士が言うにはこれ未完成らしいから誤反応もありえる」
端末に表示された赤く点滅する点は、現在たった一つ。それもこのいる場所のみだ。心美は腕に付けているブレスレットと画面を交互に見てため息を吐いた。
「困ったなぁ、悪の組織は時間が経つほど活発に動き始めてる。僕達もそろそろ危ないよ心美」
「わかってるわかってる!でも仕方ないじゃんリングが見つからないんだも〜ん!あーあ、近くにリングがあって、私のリングと共鳴してくれないかなー。そしたら早く見つかるのに」
「そんな偶然あるわけないよ!あったら奇跡だよ!」
レンは心美の肩の上で足を組んだ。マスコット的な立ち位置のくせに図々しいなこいつ、とレンを見るが当の本人は気にせず毛繕いをしている。心美はレンの首根っこをつかみ地面に優しく投げ捨てた。
「あぶしっ!何するんだよ心美ぃ!」
その瞬間だった。
「っ!?ちょっと見てこれ!」
端末からピピッと音が鳴り、画面には新たに点滅する点が現れる。投げ捨てられたレンは心美によじ登り、再び一緒に画面を覗き込んだ。
赤い点は心美のものと重なっていて、同じ場所にいるのは瞬時に理解した。しかし屋上にあるわけもなく、心美は詳細を確認しようと人差し指と中指で画面を拡大する。
「まさか同じ学校内にあるっていうのかい!?」
「分からない、けど探さなくちゃ……!!」
拡大された画面には、魔時霞流学園の位置に点が二つ表示された。同じ校内に探しものがあるのはわかったが、校内のどこかまでは分からない。心美は立ち上がると端末を仕舞って屋上を出て行くことにした。
◇
学園の名物パン、ウルトラヤミー焼きうどんパンは授業が終わるなり大勢の生徒が購買部に押し寄せるほどの大人気商品である。
かくいう緋色も焼きうどんパンを買いに購買部へやってきた。先程チャイムが鳴ったばかりだというのに凄い人だかりである。
「押さないでね〜!!はいはいゆっくりおいで〜!!」
緋色のクラス、二年二組は三階にあり、購買部は一階が主な活動場所だ。
購買部の責任者である永津優衣は三十二歳人妻で、幼稚園児の双子の母である。彼女は毎日ここでパンや惣菜を販売しており、優しそうな雰囲気から沢山の生徒に愛されている。
「永津さん!ウルトラヤミー焼きうどんパン一つ!」
やっとの思いで先頭に出た緋色は小銭を握りしめては永津に言った。しかし、永津は申し訳なさそうに「もう売り切れちゃったのウルトラヤミー焼きうどんパン……」と謝る。
そんな馬鹿な、と卓上に並べられたパンを見るが、ウルトラヤミー焼きうどんパンはひとつもなかった。しかも他のパンも殆どなくなっている。
「そん、な……」
がっくし。せっかく走ってきたのに。落ち込む緋色を見かねた永津が一袋のパンを差し出した。ウルトラヤミー焼きうどんパンではないが、かなり大きなサイズの米粉パンだ。
永津は良かったらこれ食べて、と緋色に微笑む。これが天使か、女神なのか。緋色は何度も頭を下げてお礼をした。
「これいくらですか?お金……」
「大丈夫よ!男子高校生は沢山食べてつよくならなくちゃ!ほらそれ持って行った行った!」
「あ、ありがとうございます!!」
握りしめたパン一つ、緋色は再び人をかき分けて教室に戻った。
それにしても、まだ昼休みは始まったばかりなのにパンが売り切れるとは。ウルトラヤミー焼きうどんパンの人気は凄まじい。緋色は一度しか食べたことがないが、言葉に表せないほどの美味さに頬がとろけたのを覚えている。出来ることならウルトラヤミー焼きうどんパンをもう一度食べたいものだ。
食べたい、ものだ。
ーーそう願ったからなのだろうか。それともまだ食べたことのない人だっているんだからね、という神の怒りか。
教室に戻った緋色は青谷に「そのパンどうしたんだよ」と聞かれ経緯を説明した。永津さんは女神だった、と涙を流せば青谷は苦笑して隣の席に腰掛ける。青谷は毎朝自分でお弁当を作る家庭的なタイプで、今日は可愛いクマのキャラ弁だった。
「ところで、お前にお客さんが来てるぞ」
ちょいちょいと青谷は視線をゆっくりドアの方に向けた。
「お客さん?」
緋色もつられてドアを見ると、そこにはにこやかに微笑んだ美少女。三年生の白永心美が立っていた。緋色と目が合うと手を振っている。
「な、なんで白永先輩が!?」
「こっちが聞きてーよ!お前いつあんな美少女捕まえてきたんだよ!しかも学園一の変人だぞ!ああいうのがタイプなのか!?」
「違うよ!というか話したことも無いし!」
「じゃあなんかやらかした!?」
「なんもしてないよ!はぁ……」
人違いかもしれない。とりあえず行ってみるよ、と緋色は渋々席を立った。結局まだ食えていないパンを握ったまま。
「あー、えっと白永先輩ですよね。僕に用があるって聞いたんですけど……」
「三年二組白永心美です。貴方は赤橋緋色くんで間違いないね?」
「……?」
噂で聞いていたような頭がとち狂った人ではなさそう。第一印象は思ったよりまともそう、だ。
緋色は首を傾げて白永を見つめた。
「ここだと話がしづらいな……ちょっと着いてきて!」
そう言って白永は突然緋色の腕を掴むと走り出した。
「着いてきてってどこに、うぉぉぉぉぉお!?」
緋色は軽い人形かのように引っ張られていく。通りすがる生徒たちはみな何事かと振り返るが、白永の姿を見ると全員納得したかのように日常に戻った。緋色は心の中で先程の思ったよりまともそうという言葉を訂正し、やはり変人に置き換えることにした。