1.拾ったブレスレット
前に投稿していたのを改変しました
「ひ、ひぃ……なんなんだよこれェ!!!」
四月八日、月曜日。登校中の緋色はひたすら走っていた。学校指定の鞄を抱え、履きなれた靴をボロボロにしながら、後ろから迫り来る得体の知れない何かに怯えていた。
息も絶え絶えに走り続けた緋色は決して振り返る事の無いまま三条商店街に辿り着いた。
三条地区の三条商店街はこじんまりとした田舎の商店街という割に、毎日のように大勢の人が賑わいを見せていた。最近ではシャッターの閉まった店が多いと聞く中、ここ三条商店街だけはいつまでも人の絶えることがない。
「っ……はぁ、はぁ……ここまで来れば大丈夫、だよな……」
そんな場所に生まれ育った一人の少年。ーー赤橋緋色は、魔時霞流学園に通う高校二年生で、将来の夢はヒーローになること……という典型的な男子であった。平凡に生きてきた緋色は、学園のマドンナであり同じクラスの少女百瀬桃に恋し、告白は恥ずかしいからしないでおこうなんて思いながらも今日を生きていく。ーーはずだった。
魔時霞流学園へ行くにはこの商店街を通らなければならないため、登校中の生徒もチラホラ見える。緋色は商店街を歩いていく人達の姿を見てほっとした。息を切らしながら震える足を動かしていく。ここでようやく後ろを振り返った。
何かが追いかけてくる気配はない。
ーー逃げきれた。
どうしてこんなことになったのか。どうして自分がこんなに全力疾走して逃げなくてはならないのか。緋色の頭にはそんな事ばかりがグルグルと回っていたが、頭を振って考えを飛ばした。今はまだこんなこと考えてる暇はない。
自分でも整理がついていない出来事を今心の落ち着いていない時に出来るか、否できない。学校についてからゆっくり考えよう。せめて安全なところへ。緋色はバクバクと鳴る胸に手を当て深呼吸をした。
吸って吐いた息で落ち着いて来た。抱えていた鞄を背中に背負う形にし、横を通っていく生徒達と同様学校への道を歩いている途中だった。
「おーい緋色!おはよ!!って、どうしたんだ朝からそんな顔して」
後ろから小走りでやってきた男子、青谷碧が緋色の肩に触れた。
青谷と緋色は生まれた頃からの幼馴染で、緋色と同じくここで生まれ育った。緋色は知っている声に安堵したのか瞳を潤ませ「おはよ」と青谷の顔を見る。青谷はギョッとしてどうしたんだと焦りを見せるが、深くは聞かなかった。
「なぁ緋色、最近ここら辺で物騒な事件ばっかり起こってるの知ってるか?」
「うん、ニュースになったりしてるよね」
飛偉楼県 美方市 三条地区。
ここら一帯は飛偉楼県の中でも一番治安のいい場所として知られていたのだが一ヶ月ほど前、とある工場の爆発を機に今まで無かったようなニュースが多く流れるようになった。
有名な資産家の謎の変死や市議会委員の失踪、拓けた土地に大きな穴があくなど変な事件が多く、流石のこれには県民市民も精神的に不安になっていく。
「まぁ、で、だ。その先月爆発した工場がどうやら怪しいらしくてさ」
「怪しい?」
「なーんかやばいクスリを作ってた所っぽいんだよな〜」
やばいクスリ。それは所謂麻薬や覚醒剤のようなもの。緋色は震えた声で「へ、へぇ〜」と目を逸らした。
「そんな怯えんなよ、あくまで噂だし!俺も詳しくは調べてないんだけどさ。あの爆発の後工場があった形跡も何もかも燃えてなくなっちまったって話だし……緋色?」
どさり、と音がしたと同時に横を見た青谷は、泡を吹いて倒れている緋色を見て顔を真っ青にした。
「ひ、緋色ォォォオォォ!!!!!!!!!」
赤橋緋色。ビビリのチキンである。
◇
「ブレスレットは見つかったのか」
「それが盗まれてしまいまして……。今朝方犯人を追いかけたのですが捕まえられず。しかし、」
「もういい下がれ。お前はモルモット行きだ」
「ひぃぃ!?」
薄暗く広い室内。レッドカーペットの敷かれた床。高級そうなシャンデリア。どこかの貴族のような場所で玉座に鎮座する小柄な少年は不愉快そうに手下の男を追い払った。連れ去られた男は悲痛な叫び声をあげながらその他の手下に引きずられ部屋を追い出されて言った。
そして、玉座の横には白衣を着た男がニヤニヤとその光景を眺めている。
「おい深瀬、研究の方はどうなんだ」
少年はその男に不愉快そうな顔は少しも変えずに問いかけた。
「あと一歩ってとこですかね。まぁ使っていた工場も嗅ぎつけられて燃やしちゃったので暫く人体実験は無理そうですが!!」
あっはははは!。気味の悪い笑い声をあげた深瀬に対して少年は「そうか」と一言だけを返した。興味がなさげに聞こえる返事だが、少年の脳内では常人には考えられないようなスピードで物事が考えられており、それ故に返答が軽くなってしまうだけで決してテキトーではない。
「ブレスレットも手に入れられなかった。邪魔が入るのは時間の問題だな」
「はは!ボスってば何言ってるんですか。あいつらは何十年も前に封印されてるじゃないですか」
細めた深瀬の目が少年を捉える。少年は軽くため息をついた。
「馬鹿め、封印されたのは何年前か知っているのか。爺様の代だぞ。それにあの十一個のリングはもう封印が解けて飛び散っている。適合者が手にするのも時間の問題だと言っているんだ」
「……なるほど?」
「今度こそ僕の代で潰さなければ……確実にやってやるぞ"マジレンジャー"」
◇
「っくしゅん!!……ぁ!?」
魔時霞流学園、保健室。白くふわふわのベッドの上で緋色は目を覚ました。カーテンで周りは閉じられ、視界に映るのはかけられた布団と枕元に置かれた自身の鞄だけであった。
「よ、良かった鞄はある……!中身中身……」
緋色は慌てて鞄をあけて中身を確認する。教科書やノート、参考書が入っている奥の方に手を入れて探し物を探した。それはコツンと指に当たり、緋色はおもむろに取り出してはほっと胸をなでおろした。
金属製にしては柔らかく、シリコンにしては硬い素材で出来たそれは薄い赤色の不思議なブレスレットだ。大事そうに握っているが、これは緋色のものではない。
「やっぱり勝手に持ってきちゃいけなかったかな。ちゃんと交番に行かなきゃだよね……」
緋色はブレスレットをまじまじと見つめ、今朝のことを思い返した。
*
朝、遅刻しそうだった緋色は近道しようと軽い気持ちで青谷との会話でもでてきた例の工場付近を通りかかった。木々で囲まれた険しい道だったが、そこを通った方が早く商店街を抜けられると地元の人には隠れた穴場だったのだ。ただし、虫や獣が出るかもしれないからと危険区域にされており、通る人はそういない。緋色も最初は迷ったが、生徒指導の教員に遅刻で怒鳴られるくらいなら、と軽い気持ちで通ってしまった。
暫くその道を歩いていると、前方の茂みに何やら光り輝く物が見えた。緋色は駆け寄って茂みをかき分け光る物体を手にすると、それがこのブレスレットだったというわけだ。
しかし、その直後にどこから現れたのか見知らぬ男がやってきては「それ、返してくれないかな」と緋色に掴みかかった。将来の夢はヒーローと言うだけあって元々緋色は持ち主に返すつもりだったのでブレスレットを渡そうとしたのだが、いや、それは良くないと緋色の本能が手を止めた。
「あの、これ本当に貴方のですか?」
ブレスレットの光はいつの間にか消えていた。
掴みかかってきた男はニヤリと笑うとそうだよ、と答えるが、緋色は男の手を払い鞄を抱えて走り出した。
ーーこの人は違う
確証はなかった。もしかしたら必死に探していたものかもしれないし、掴みかかるほどに大切なものかもしれない。それでも緋色はあの男がこのブレスレットの持ち主ではないと感じていた。
不思議な話だが、ブレスレットが語りかけている気がしたのだ。この男は違う、と。
走り出した緋色は後ろから聞こえる足音にひっ、と小さく声を上げた。何も考えずとりあえず逃げてしまったが、普通ではない様子だったあの男は当然緋色を追いかける。それも人ではない気配を流しながら。
緋色は恐怖のあまり足が止まりそうになった。しかし商店街の交番まではなんとか走らねばと己を奮い立たせ必死に走り続ける。
幸い、この道は途中の曲がり角で商店街へと行ける仕様になっていたため、緋色はそこを素早く曲がりなんとか脱出できた。商店街に辿り着いた頃には追いかけられる気配はなくなっていた。
*
「おい緋色大丈夫か!?!?」
チャーミングポイントは右目下の泣きぼくろです。がキャッチフレーズの青谷碧が血相を変えて緋色の元へ駆けつけた。
今朝の回想をしていた緋色は我に返るとブレスレットを鞄に仕舞って大丈夫だよ、と苦笑いを向ける。
「突然倒れるから心配したぜ全く……。朝から息切らしてたり様子おかしかったからな、その時に気づけば良かったぜ」
「あぁいや、うん。大丈夫だから本当に。ちょっと軽く気絶しただけだと思う」
「はぁ!?気絶に軽いも重いもないだろ!!」
朝から不審者に掴みかかられたり追いかけられたり色々あったのだ。なんとか耐えただけ褒めて欲しい。とはいえ、その話は青谷にしていないが。
幼馴染で隠し事は何も無いような仲だが、今日の話はまだしてはいけないような気がして緋色はそれ以上青谷に何か言うことは無かった。
「まー、お前とりあえず安静にしてろよな」
「大丈夫だって!もう授業出るよ」
「お前はだぁって寝てろ!」
「ぶふっ!!」
押し付けられた布団で無理やり寝かされた緋色は「ふぁい……」と力なく目を閉じた。青谷はそれを見て小さく笑うとカーテンを閉め、保健室を出ていく。
多少強引だが、彼なりの優しさだ。