表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/69

6.幽霊の花嫁修業(下)

 紫鶴子さんには「出勤時間」がある。


 毎朝9時になるとふわりと玄関を抜けてきて、一礼をして部屋に入ってくる。そこから彼女の授業がはじまる。


 学校の時間割のように、1時間ごとにすることが決まっているのだ。

 まずはホームルーム。きのうまでの宿題ができたかどうか確認しながら、今日することを決めていく。


 宿題にはいろいろあるけれど、大体は3つのタイプに分かれている。


 ひとつめは行動するもの。

 たとえば、冷蔵庫の中身をすべて出して、消費期限の切れたものを捨てること。引き出し1段分の要らないものを全部捨てること。


 ふたつめは調べるもの。

 これはまさに「宿題っぽい」ものだ。たとえば、洗濯記号の意味を調べることや、レシピを読んでいまいちぴんとこない用語の意味を調べてみる。


 そしてみっつめは考えるもの。

 たとえば、部屋のなかで特にものが散乱している場所とその理由。ものを捨てられない理由。そしてどうしたら改善されるかというもの。これをレポートのようにまとめて、紫鶴子さんにみてもらう。


 10時になったら身体を動かす。まずは窓を開けて空気を入れ替え、テーブルの上になにもない状態にする。そして今日の「片づける場所」に沿って片づけを進めていく。

 スウが整えてくれている領域はかんたんだ。中にしまってあるものを出して、点検し、棚などをきれいにして、戻す。これで終わり。でも、花夜子のクローゼットは違った。途方もない作業に感じられた。

 クローゼットといっても、ウォークインタイプになっていて、4畳ほどの空間になっている。花夜子は捨てられないものをすべてここに詰め込んでいた。中学生のころのジャージだとか、当時描いた作文なんかも残っていた。

 とても1日では終わらなかった。


 一度休憩を挟む。休憩時間は、晴れていれば外に出る。遠回りしてスーパーへ行って帰ってくる。そして、11時からは引き続き片づけの再開。

 11時45分になったら、またテーブルの上にあるものをなくしておく。


 12時は休憩。かんたんな昼食を用意して(紫鶴子さんにいきなりいろいろなことを始めるなと言われたので、今はお惣菜で済ませている)、食べる。


 13時になったらまた換気からスタート。休みなく掃除をして、片づける。


 「主婦って毎日こんなに忙しいの?」と花夜子が尋ねると、紫鶴子さんは、首を振る。

 

 「忙しいのは忙しいでしょうが、あなたのしていることと、中身は違うはずですよ。

 花夜子さんの場合は、部屋が散らかっているから、まず片づけが必要なのです。この作業が必要のない人は、その分を自由に使えます。

 でもそのかわり、花夜子さんのしていないこと…たとえば、きちんとごはんを作ったり、もっといろいろな場所の掃除をしたり、子どものいる方だったらお世話などもあるでしょう。人によって時間の使い方も、やるべきことも違うのです」


 14時からは座学。今は掃除のいろはを教えてもらっている。

 なんとなく耳にしたことのある「掃除は上から下へ」のようなことだったり、掃除道具の選び方だったり。花夜子はもともと勉強が好きだから、この時間が一番にたのしい。


 15時になったら休憩。

 お菓子をつまみながら紫鶴子さんと話す。話題はさまざまだ。


「みんなこんなふうに時間割に合わせて家事をしているの?」と尋ねると、「おそらく違うでしょうね」と答えが帰ってきた。


「わたくしは教師として働いていたときの感覚があるから、1時間ごとに時間を区切ると行動しやすいのです。学校の時間割がそうなっていますからね。


 それに、花夜子さんはいつも家で過ごしていますが、主婦とひとくちに言っても、外で働いている方もいれば、子どもたちの世話に追われている方もいる。

 

 そうなると、家事に費やせる時間が少なかったり、自分の思い通りのペースや順序で動けなくなるので、区切ることが難しい人も出てくるでしょうね。

 

 花夜子さんも、最終的には、自分なりのやり方を見つけていくんですよ。それが大切なのです」


 16時になったら、明日の宿題についての話と、きょうの総合評価がある。


 こうしてみると、ほんとうに学校みたいだ。でも不思議と苦痛ではない。紫鶴子さんが来てからというもの、毎日があっという間に終わっていくのだ。


 時計を見て、1時間ごとにすることを決めていく。この方法はもしかすると、花夜子にはうってつけだったのかもしれない。毎日学校で過ごしていたときのような、わくわくする感じがある。


 人にいうと変な顔をされそうだから、スウ以外のだれにも言ったことがないけれど、花夜子は宿題もテストも勉強も全部好きなのだ。学ぶことは、すごくたのしい。


 17時になると、紫鶴子さんはいつものように家を出ていった。


 幽霊はどこに帰っていくのだろう。夜は眠るのかな。

紫鶴子さんに聞いてみたいことはいろいろあるけれど、花夜子は宿題をこなすだけでも精一杯で、そこまで追いつかないのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ