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《第3部完》幽霊の花嫁修行  作者: 三條 凛花
第3部 - 弥生
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16.春色のクローゼット(3)

 受話器をとるのはとっくの昔にやめた。それでも、無言電話の主が飽きる様子は見えない。

 スウのいない時間帯を見計らったかのように、毎日かかってきていた。昨日と今日は、時間を問わず何度も鳴っており、彼が出張中だというのも知っているのではと邪推してしまう。


 花夜子はあくびを抑えながらダイニングへ向かった。

 昨夜も、エリカちゃん――そして追加で梅室さんからも――に借りた恋愛小説を明け方近くまで読んでいたからだ。


 でも、いくら恋愛小説を読んでも、やはり恋を実感することはなかった。

 小説の主人公たちの感じるような、差し迫った感情が湧いてこないのだ。心はいつも静かに凪いでいる。そしてそこに時折、不快感や穏やかな安心感、そして、ほんの少しの寂しさといったものたちが、風のようにそよそよと通り抜けていくだけだった。



 梅室さんとうちで食事をしてから数日が経った。花夜子はあれから外に出ておらず、スウとはなんとなくすれ違う日々が続いている。


 冷蔵庫を開ける。その中から、昨夜、エントランスの自販機で買っておいた清涼飲料水を一本取り出した。ごくごくと音を立てて流し込む。寝起きの鈍い頭が、少しだけクリアになった。

 半分ほど飲んで、キャップを閉め、ふたたびペットボトルを戻す。


 冷蔵庫には出張前にスウが作り置いてくれた食事がぎっしり詰まっている。平日の朝食だけ作ってもらう約束だったけれど、ついでにとたくさんのおかずを用意してくれていた。一つひとつ保存容器に入れられており、日にちと朝食、昼食、夕食と言った区分の書かれた付箋が貼られている。さらに、加熱時間や後がけする調味料といったことまで丁寧にメモされている。こんなに甲斐甲斐しくしてくれているのに、本当にスウは嘘をついているのだろうか――。ふと疑問に思った。


 いつもは彼の出張のたびに少し寂しくなっていた。でも今はむしろ、安心している。それは恐らく花夜子の問題で、いろいろなことを切り出せずにいるからだと思う。


 これまで自分がどんなふうに彼と接してきていたのか、わからなくなっていた。ただ小説を読むことに逃げて、夜ふかしをしては、寝坊する。紫鶴子さんに出会う前と同じような自分に戻りつつあった。


 出張に向かう日の朝でさえ、日課にしていた見送りもできなかった。

 目を覚まして彼がもう出かけた後であったときは、とても後悔した。しかも、いつもと変わらない、手間のかかったおいしい朝食が用意されていて、胸をきゅっとつかまれたように苦しくなった。





「さて、ひと通り、クローゼットの整理が終わりましたね。ずいぶんと洋服の数も減ったし、すっきりしたように思います。あとは、取り出しやすく、戻しやすいように並べていきましょうか」


 紫鶴子さんが言う。


「一番よくないのは、ぎゅうぎゅうに詰めてしまうことです。取り出しにくいと、全体像が見渡しにくく、着る服を考えるたびに迷います。今日着ない服まで一緒に出してしまったり、出してみたけれどやっぱり気分と違うと思ったり……。むだな行動が増えるので、あまりおすすめできません。服と服の間に、最低でも一センチの隙間を作るようにします」


 紫鶴子さんに言われた通りに、洋服をかけていく。


「どうですか?」

「すごく、見やすくなった気がする」


 花夜子が言うと、紫鶴子さんは目を細めた。


「並べ方も工夫すると、もっと使いやすくなりますよ」

「どんなふうに?」

「実は、人によって、見やすい使い方は異なるようです。――わたくしは、たとえばスカートならスカート、カーディガンならカーディガンと、服の種類ごとにまとめるのが使いやすい並べ方です。けれども、上の娘は服の高さで並べるのが良いようでした。右側に丈の短い服を、左側に丈の長い服を。長さがバラバラになって、じぐざぐに見えるのが嫌だったようです」

「へえ……」


 花夜子は、種類ごとに並べるのと、高さごとに並べるのを、それぞれ試してみた。


「そして、下の娘はまた違いました。色別に並べるのに凝っていたのです。似た系統の色が隣り合うように、グラデーションを作って並べる……というもので。わたくしは、そんなふうに並べるのがあまりうまくできなくて、どうしてこんなに面倒なことを! と思ったものですが……」


 言われた通りにやってみる。とりあえず、右側が白い服、左側が黒い服になるようにざっくりと並べる。間は同じ色ごとに服をまとめていく。――これだけだとなんだか煩雑に見える。

 花夜子は、同じ色のかたまりでも、さらに分けてみることにした。たとえばピンクだったら、右側は桜色やベビーピンクといった薄い色、左側にはマゼンタのような濃い色を持ってくる。それをすべての色で整えていく。

 そのとき、パズルのピースがかっちりとはまったような、清々しさがあった。


「紫鶴子さん、花夜子の合う方法もこれかもしれない」


 花夜子がそう言うと、紫鶴子さんはなんだか懐かしそうに目を細めて笑った。


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