13.なずなの恋
ぐったり疲れてすぐに眠ってしまったはずなのに、真夜中に目が覚めた。また電話が鳴ったのだ。
隣にスウの姿は無い。
ベッドサイドの灯りをつけて、のろのろと起き上がる。すでに着信音はやんでいて、履歴を見てみるといつもと同じ。公衆電話からの着信だった。
「固定電話って、要るのかな……?」
だれもいない部屋でつぶやく。こういうとき、紫鶴子さんがいてくれたらいいのに。なんだか寒い。しかも小腹が空いている。
ガウンを羽織り、キッチンに向かった。ぼうっとする頭ではなにも考えられなくて、とりあえず卵スープをつくることにした。
鶏がらスープの素を入れて煮立てたお湯に、ナンプラーを少し加え、沸騰したところに溶き卵を流し込んでいく。
あらかじめお玉でぐるぐると鍋をかき回して、水流を作っておき、その流れに逆らうようにするすると細く卵を落としていく。火はずっと強火にしておく。そうしないと、卵がうまく固まらなくて、にごったスープに仕上がってしまう。
ただし、水流をつくったら、お玉は鍋から出しておかなければいけない。卵が固まってこびりつき、洗いものが大変になるからだ。
そうして出来上がった卵スープ。行儀が悪いと紫鶴子さんに叱られてしまいそうだけれど、キッチンカウンターの上でそのまま食べた。熱々の汁とふわふわの卵をかき込むと、少し頭もクリアになったような気がした。
少し気持ちは落ち着いた。ところが今度は寝付けない。
せっかくなので、帰宅後、そのままテーブルに置いていたエリカちゃんのプレゼントを開いてみた。その中から本を一冊取り出すと、花夜子はソファにうつ伏せに寝転んだ。
「『なずなの恋』」
これは、エリカちゃんがおすすめだと言っていた恋愛小説ではなかったか。花夜子は興味を持って、読んでみることにした。ぱらぱらと落ちてくる髪の毛を後ろでひとつにまとめ、眼鏡をかける。
主人公のなずなは女子高生。不器用で鈍くて、勉強も運動も苦手な少女だ。特技や趣味には即答できず、自他ともに認める凡庸さで、学校でも遠巻きにされている。自分に自信がなく、けれども純真で、腐ることなく誰にでも真摯に接する、野に咲く小さな花のような人。
そんな彼女が恋をする。バイト先の二つ年上の大学生だ。気持ちを自覚した彼女は、彼と一緒に過ごすことをはじめての夢として持つ。そして、今の成績では到底受かるはずのないその大学に入るために、努力をはじめる――。
途中まで読んで、ふと考えた。恋とはどんなものなのだろう。
須藤くんは言った。――いつも佐々木とだけ一緒にいたから、本当の恋を知らずに、ただ流されるように結婚したんじゃないか、と。
実際、それは胸に痛い問いかけだった。そんなことない!と、すぐに否定することが、花夜子にはできなかったのだ。
それからもう1冊の恋愛小説も読んだ。そちらもとてもおもしろく、すぐに引き込まれた。でも、物語のヒロインたちが感じたような、ときめくという感覚が花夜子にはわからなかった。スウと一緒にいたいという気持ちはある。須藤くんが見たという話に少なからずショックも受けた。
でも、それが恋なのかどうかはわかりかねた。
明け方まで夢中で本を読んでいたせいで、紫鶴子さんが来たときにはまだベッドの中だった。紫鶴子さんには、ずいぶん雷を落とされた。
叱られながら身だしなみを整えて寝室を出る。ダイニングテーブルには、クロックマダムとサラダ、ポタージュスープが乗っていた。
スウはいつ帰ってきて、そしていつ出て行ったのだろう。そういえば、ソファで眠ってしまったはずだったのに、ベッドまで運んでくれたのだろうか――。須藤くんが家に来てから、スウとはきちんと会話をできていない。互いに妙な気まずさがあった。
夕方、買いものに出た。梅室さんがいるかもしれないから気が進まなかったけれど、昨日予定外のことがあって、今朝は寝坊をして、買いものができなかったのだ。
エレベーターがエントランスホールで止まる。くっと息が詰まるような感覚を覚えながら、今日の担当がだれなのかを確認しないように、うつむいたまま出入り口まで早足で進む。
そのとき、「佐々木様!」と、呼び止める声がした。




