9.春色のクローゼット(1)
「無言電話に須藤に、あのコンシェルジュの女ねぇ……。この短期間で災難続きだったね」
エリカちゃんが眉根を寄せる。今日は二人で買いものに来ていて、カフェで休憩しているところだった。
「でも、どうしてそれを佐々木くんに話さないの?」
花夜子は口ごもった。その逡巡している様子を見たからだろうか、エリカちゃんはふっと笑って「話したくないならいいんだよ」と答えた。
「友だちだからって、何でもかんでも言わなくて大丈夫。言いたくないことだってあるよね」
花夜子は思わずうつむいた。
「――でも、あの女のことだけは伝えておいたほうがいいと思う」
「コンシェルジュの人のこと?」
エリカちゃんが神妙な面持ちでうなずく。でも、スウに連絡することに、どうしてだか、気が進まなかった。
「なにかがあってからじゃ遅いよ。私が泊まりに行ったときだって、あの人、花夜子に対して敵意むき出しだったし……。」
それから二人は買いものに戻った。
「あのね、似合う服っていうのは、いろんな要素で作られてるんだよ。ざっくり言うと、自分のスタイルに似合う服、自分の肌や髪に合う色の服、自分の顔に合う服ってこと。それをある程度取り入れていくだけで垢抜けるの」
「うーん、むずかしそう……」
「むしろ、こういう理論を知るのは花夜子の得意分野だと思うよ。勉強だと思えばいいの。基礎を学んで、それを応用していく。そうしたらね、数学の問題を解くみたいにするする服を選べるよ。そして、自分が好きなものをもっとつきつめて、似合うものとかけ合わせて、そうして自分なりのファッションを作っていけばいいと私は思ってる」
店頭には、春の花々のようなパステルカラーの服が並んでいる。花夜子が目移りしていると、エリカちゃんが何着か手に持ってやってきた。
「たとえばね、たぶんなんだけど、花夜子にはこういう色が似合うと思う。紫陽花みたいな色だったり、ラベンダー色だったり。淡くてスモーキーで可愛い色」
ラベンダー、という言葉にどきりと心臓が跳ねた。
「どうかな、こういう色は好き?」
花夜子がうなずくと、エリカちゃんはうれしそうに笑った。
お店を出る前に、買ったばかりのトレンチコートの値札を取ってもらった。淡くくすんだラベンダー色のトレンチコートは、薄くてほんの少し肌寒い。でも、重たい冬のコートを脱いだ体はとても軽く、心までも弾むような気がした。




