7.ラベンダーの花言葉(4)
「衣替えをしましょう」
紫鶴子さんは、開口一番そう言った。
「まだ寒いよ?」
「そうですね。暖かくなってからようやく春の衣類を出すのは確かに合理的かもしれません。でも、季節を先取りするのって、素敵じゃありませんか。せっかく春めいてきたのですから、きれいな色の服に袖を通してみましょう」
魅力的な提案だった。
そうして花夜子はクローゼットと向き合っている。一度、要らない服はひと通り捨てた。それでもまだまだたくさん残っている。
「冬の間に一度も袖を通さなかった服はありますか?」
「ええと…… これと、それからこれ」
「どうして着なかったのですか?」
「あまり外に出ないっていうのもあるけれど――なんだろう、なんとなく合わせづらかった気がする。こっちの服は、なんだか手に取る気がしないというか……」
「それでは、これからも着ないかもしれませんね。手放してみてはどうでしょう」
紫鶴子さんが提案する。それは、すとんと納得できる話だった。
花夜子はいつものノートに、捨てる服の情報をメモしておくことにした。服の種類、ブランド、色、自分が思う着なかった理由。効率が悪いかもしれないけれど、こうして手で書いてみると、ただ捨てていったときよりも記憶に残る気がした。
それに、着なかったものには共通点があることもわかった。
たとえば、シャツはどれも買ったまま眠っていたし、シンプルな丸首のTシャツも同じだ。身につけてみると、シャツは服に着られているような感じになるし、Tシャツは体操着のようだ。
こうして意識できたことは大きな進歩だ。次はきっと、似たような服を買わないだろう。
作業をしていたら、インターホンが鳴った。まだ昼前だ。――また、須藤くんだろうか? 花夜子は、朝のスウとの会話を思い出していた。
「花夜子、俺がインターホンを鳴らすことはないから。だから、勝手に開けないでね。強盗とかだったら危ないからさ。それに仮に来客だとしたら、必ず事前に連絡する。いきなり誰かが訪ねてくることなんてないから」
朝、出かける前に、スウはそう言い含めた。笑っているのに、どこか冷たい感じがして、花夜子は身をすくませた。
「わかった」
「それと、もし開けてしまったとしても、こうやって家の中で二人きりになるのはやめてほしい。何もなかったから良かったけど――」
花夜子はうなずく。
「万が一、昨日みたいなときは、せめて俺にすぐ連絡して、上の階の共有ラウンジを借りてそっちに行くこと。わかったね?」
「うん」
花夜子が答えると、スウは目を細めて「いい子だ」と言い、頭をなでた。その顔はいつもの彼の柔和な表情に戻っていて、花夜子はほっと息をついた。
抱き寄せられて、ふいにどきっとする。――でも、次の瞬間には、須藤くんの言葉と、子どものころの思い出が浮かぶのだった。
ラベンダーの花言葉は、「疑念」。