6.ラベンダーの花言葉(3)
いつの間にか帰ってきていたスウは、射抜くような冷たい視線をこちらに向けた。須藤くんは目に見えて顔色を悪くした。目を泳がせ、困ったように口の端だけ上げて笑顔をつくり、どう答えればいいのか必死で考えているという感じだった。
居心地が悪い。それに、さっきの彼の話もうまく消化できていない。つきりと胸が痛み、花夜子はそっと視線を外に逃した。
いつの間にか空はラベンダー色に染まっていて、西の方に一日の最後の光が沈んでいくところだった。灯りをつけていない部屋の中はほの暗く、スウのいる玄関先は、薄闇に包まれているようだ。その暗さが、スウの不機嫌さを際立たせているようで、花夜子でさえ怯んでしまった。
ややあって、須藤くんは、ぱっと立ち上がった。
「邪魔して悪かった! それじゃあ――」
そう言い放つと、こちらを振り返ることもなく去っていった。
須藤くんが出ていったあと、スウは氷のような瞳の温度を溶かすことなく、じっと花夜子を見据えていた。なんだか怖くて、自分を抱きしめるように腕をつかんでいたら、彼は疲れた表情でゆっくりと息を吐いた。そして、「先にお風呂に入っておいで」と言った。
まだ夕飯の準備をしていなかったけれど、言われるがままそれに従った。
お風呂から出ると、先ほどスウに感じた冷たい感じは消えていた。
テーブルの上にはほかほかと湯気を立てる夕飯。ほうれんそうと胡桃の胡麻和えに、ポテトサラダ、味噌汁、そして玉子丼。
「――いただきます」
玉子丼を口に含む。じゅわっと出汁がしみてきて、とろとろの卵とごはんがいくらでも食べられそうだ。胸がつかえて食べられない。そう思っていたけれど、スウが作ってくれた夕飯は、するすると胃に落ちていく。
「卵のレパートリーを増やしたいって言ってただろ。これならレンジでかんたんに作れるからやってみたらいいよ。卵1個に液体を大さじ3。水で割っためんつゆとか、水で割った白だしとか」
味噌汁には、薄く切った大根、人参、ごぼうと油揚げが入っていて、風味もコクもある。ポテトサラダには、カリカリのベーコンと枝豆が入っていた。ごはんに合う味つけ。
「隠し味は味噌だよ」
花夜子の心を読んだかのようにスウが言った。それから彼はグラスにビールを注ぎ、テレビを見ながらポテトサラダをつみはじめた。
彼がお酒を飲むなんて、珍しい。
なにか声をかけたいと思ったけれど、どうしていいかわからなかった。いつもはつけないテレビも、どことなく、花夜子に壁を作っているように思えたからだ。また胸がいっぱいになってきて、花夜子はほんの少しだけ残して箸を置いた。
その日、花夜子は、はじめてスウに背を向けてねむった。
話しかけられても答えずにいた。良くないことだとわかっていたけれど、なぜだか胸のあたりがもやもやと黒く染まったような感覚があり、いつものように接することはできなかった。