4.ラベンダーの花言葉(1)
なんとなく気分を変えたくて、いつもと違うボディソープを買った。
花夜子は、古いボトルの中身を洗って捨て、その代わりにラベンダーの香りの石鹸が詰まったボトルを浴室に置いた。小さな窓から浴槽に落ちてくる橙色の光が、水たまりのようだ。
このごろ、入浴の時間を変えた。紫鶴子さんが帰ったあと、五時過ぎにはお風呂に入るようにしている。夕方に入るお風呂はなんだか贅沢だし、夜に向けてのスイッチにもなるので気に入っている。
もくもくと泡立てるたびに立ち昇るラベンダーの香り。――花夜子は、いつだったかスウに尋ねられたことを思い出していた。
花夜子とスウの実家は、小高い丘の上にあった。
小学校までは二キロ。子どもの足では四十分もかかる。その距離を毎日歩くのは大変だったけれど、スウが一緒だったから苦にはならなかった。他愛のないことをたくさん話し、道々の自然に目を止め、あるいは宿題のことや、本のことについて話した。
いつでも美しい景色が見られるのも幸せだった。眼下に広がる町並みは時間帯によって異なる色で染め上げられる。丘の斜面には、雪室町の名物であるラベンダーが絨毯のように植えられており、暖かい時期には、目でも鼻でも楽しませてくれる、大好きな通学路だった。
「ラベンダーの花言葉って知ってる?」
あれは中学生のころだっただろうか。花夜子が首を振ると、彼は少し困ったように笑いながら「『疑念』だってさ」と言った。
「疑念?」
「ほかにも花言葉はあるんだ。『沈黙』だとか、『期待』だとか。でも、意外とそんなに良い言葉じゃないよな。それを知ったら花夜子にプレゼントできなくなっちゃった」
おどけたように言う彼の前で、花夜子は照れくさくて縮こまっていることしかできなかった。
スウの頭のなかには、無限に広がる図書館があるのではないだろうか。そう思ったことが何度もあった。勉強だけではなく、植物や鉱物、芸術など、あらゆる分野に造詣が深かったのだ。
乾いた洗濯ものを、一度すべてローテーブルの上に広げる。
それから、片づける場所ごとにざっくりと分けていく。これは洗面所、こちらはウォークインクローゼット……という具合に。それが終わったら、ひとかたまりずつたたむ作業。その中でもさらに仕分けをする。同じ動きをくり返していくと早く終わることがわかった。
ひと通りたたみ終えて、場所ごとにランドリーバスケットに分けた。一つをウォークインクローゼットへ運ぼうと立ち上がったところ、インターホンが鳴った。
コンシェルジュの人が取り次いでくれるので、玄関のインターホンが押されることはほとんどない。スウが鍵でも忘れたのだろうか? と不思議に思いながら、花夜子はドアを開けた。




