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《第3部完》幽霊の花嫁修行  作者: 三條 凛花
第3部 - 弥生
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1.帰ってきた紫鶴子さん(1)

「さあ、今月は衣食住の『衣』を重点的にやっていきましょう」


 花夜子は思わず持っていたコップを取り落した。もう何日も姿を見ていなかった紫鶴子さんが、すうっと扉を抜けてきたかと思うと、これまでのことなどなかったかのようにそう言い放ったからだ。


「紫鶴子さん、――怒っていたのではないの?」


 花夜子が恐る恐る尋ねると、彼女は心底不思議そうな顔をして「何のことです?」と訊いた。


「花夜子のやる気が足りないって――」

「何を言っているのですか。やる気など作ればいいでしょう。さあ、すぐに身じたくを整えてください。なんですかそのだらしのない頭は。淑女ならば丁寧に髪を梳かすものですよ」


 話が噛み合っていないように思えたけれど、紫鶴子さんが生き生きとしているので、花夜子はだまって櫛を取りに立った。




「衣食住の『衣』の基本は洗濯です。それから裁縫。まずは洗濯を見直していきましょう。洗濯室はどちらかしら」

「洗面所はこっち……」


 花夜子はもたもたとエプロンを付け、髪の毛をひとつに結ぶと、紫鶴子さんと一緒に洗面所へ向かった。


「掃除の面でも気になるところがありますが……」


 洗面台や鏡に目をやりながら紫鶴子さんが言う。そして、無造作に入れられた洗濯かごに目を止めた。


「洗う作業は洗濯機がしてくれますが、洗濯の出発点はそこではありません。まずは仕分けと点検です。そもそも洗濯機ではなく、手洗いのほうが適している服もあります。これは洗濯表示を見ればわかります。――あら、わたくしが知っている表示とは違うような……」


「そういえば、表示が変わったってニュースでやっていた気がする」


 ――確か、数年前に。紫鶴子さんはいったい、いつ亡くなったのだろうか。


「そうですか。それならば、ご自分で調べてもらったほうがいいでしょう。それから、洗濯機で洗えるものでも、ネットに入れたほうがいいものもありますよね。ファスナーや紐のついたもの、下着などです。

 花夜子さんには子どもがいないから、今はそんなに気にしなくてもいいかもしれませんが、汚れのひどいものは予洗いも必要です」


「点検は、ポケットになにかが入っていないか確認すること?」

「ええ。それから汚れです。気づかないうちに食べこぼしてシミになっていたりするかもしれませんしね」


 花夜子は、とりあえずランドリーバスケットの中に入っていた洋服を全て出してみた。


「これはちょっとしたコツなのですが、ネットに入れずに洗うものは、たたみます」

「たたむ?」

「ええ。面倒だと思うでしょう? でも、これだけで絡まりにくくなるんですよ。騙されたと思ってやってみてくださいな。たたむ作業を入れることで、ついでに点検もしやすくなります。一石二鳥です」


 紫鶴子さんは、ほくほくした顔で言った。




「洗濯機が働いてくれている間に、ほかの家事を済ませてしまいましょう。元通りに片づけて、お掃除をして、料理の下ごしらえなんかもできるといいですね。放っておけるものから家事を始めると、時間を上手に使えます」


 最初のころは、座学のような『授業』も多かったけれど、このごろは普段の家事に紫鶴子さんについてくれて、実践的にやるものが増えたような気がする。




 凝った肩をぐるぐると回し、温かいほうじ茶を淹れる。マグカップにティーバッグを入れて、お水を注ぎ、そのままレンジへ。


 家事がひと段落したところで、こんなふうにティーバッグのお茶で一息つくのが習慣になってきた。今までとは違って、このお茶休憩が時間の区切りにもなっている。区切りを作るのと作らないのとでは、過ごしやすさがまったく違った。


 紫鶴子さんの前にも、一応出してみた。


「わたくしは飲めません。どうかお気になさらず」

「でも、こうしたほうが一緒にお茶している気分になれるから。――紫鶴子さん、いやだった?」


 花夜子が尋ねると、紫鶴子さんは首を振る。


「時代の流れはどんどん変わっていますね。わたくしが子どものころは『お洗多苦』などと言われていました。わたくしも手伝っていたからよくわかります。

 タイムスイッチ付きの洗濯機は本当に画期的でした。洗濯をしている間に他のことができる。それがどれだけゆとりを生んでくれたことでしょう。電子レンジもそうですね。これからも、どんどん便利なものができていくのでしょうね」


 ふと視線を窓の向こうへやった。どこか眩しそうに。



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