序章.お告げ(2)
宵闇に雪がちらついている。都内では珍しい。
窓の向こうへと静かに視線を落としていた羽鳥影雪は、それに気がつくと、思わず口元を緩ませた。雨まじりではあるが、――これもまた僥倖なのではと。
雪は積もるほどではなく、地面をびちゃびちゃと濡らすだけ。そんな中、影を縫うように歩いてきたのは、赤い傘を差した女だ。女は影雪のいる喫茶店の前で足を止め、こちらに目をやった。待ち人を見つけた影雪は、口の端を上げて、ひらひらと手を振る。しかし、女が喫茶店の扉をくぐり視界から消えた瞬間、貼りつけられた笑顔はすこんと抜け落ちた。
影雪は、無表情のまま、すっかりぬるくなったブラックコーヒーを口元へ運んだ。やがて、コツコツと階段を上る音が響いた。女が顔を覗かせると、影雪は再び、その口元に笑みを浮かべた。
「この店は初めて?」
影雪は尋ねる。女はためらいがちにこちらを見て、落ち着かない様子でその黒髪を耳にかけた。
「おすすめはこれ。ココア。この店のは変わっていてね。ほろ苦いココアに、ぴりっと胡椒が効いてるんだ。今日みたいな雪の日にぴったりだよ」
「――じゃあ、私もそれで」
「お揃いだね」
影雪が軽い調子でそう言うと、女は頬を染めた。
「今日は、どうして私に声をかけてくれたんですか」
この店は決して不人気なわけではない。それなのに、影雪たち以外の客がいないのは、貸し切りにしてあるからだ。仲間たちだけで借りてある。
「ある女を探しているんだ」
女の無表情が一瞬だけ苦しそうに歪んだのを、彼は見逃さなかった。だが、それからしばらくして彼女は思い直したように言った。
「例の、お告げのことですか」
「――そう」
影雪が言うと、女は安堵したようだった。あまりにも分かりやすい。笑ってしまいそうだ。
「まさか、あの女って――」
彼女は影雪の言わんとすることに思い当たったようだった。
「恐らく君の考えている通りだ。ただ、僕には伝手がなくてね。不自然じゃなく知り合えるように、君に手伝ってほしい。差し出すことができれば、僕たちの手柄だ」
影雪はあえて最後を強調した。途端に、女の目に喜びが宿る。彼女は大人げなく何度も首肯した。