終章 はじまりの雨宿り(2)
「ほら、あの子らよ。神隠しの子」
ふるさとの人々から自分たちに向けられるのは、憐憫の目なのだろうか。いや、それが本当は三日月を描いていていることはわかっていた。
雪室町の神隠し。行方不明になった子どもたち――。
空白の七日間に何があったのか。そう邪推する人々の好奇の目にさらされるのは、ふるさとを離れるまでずっと続いた。自分たちは、何もない田舎町の娯楽だった。
大人びて聡明だった花夜子が、神隠しのあと、幼子のように純粋になってしまったのは、もしかしたら幸せなことだったのかもしれない。周囲の悪意に気づくことはないのだから。目の前の相手を疑うことなく信頼を寄せるのは危ういことではあったが、守ってさえやれればなんてことはない。今度こそ、守り切るのだと決めている。
自分たちの心は何度も何度も、何度も死んだ。彼女の変貌はその代償なのではないだろうか。だからこそ、今度はその心がひび割れることのないように、日だまりのような暖かさの中にだけ身を置けるようにしてやりたかった。
ふるさとを離れる前夜、あの祠へ向かってみた。子どものころはあんなにも恐ろしげに感じられたその場所。洞窟を取り囲む泉は、満月の光をたたえてきらきらと光っていた。泉の周りには、まだ雪が残っていて、そちらもやはり輝いている。
意を決して、洞窟の中に足を踏み入れた。怖くないといえば嘘になる。それでも、いくらか麻痺した感覚のお陰で、暗闇のなかの祠までたどり着くことができた。
ごくりと喉を鳴らして、手を触れる。もしも、花夜子が解放されるのなら。そう思って。――だが、何も起こらなかった。
洞窟を後にする。名残惜しく振り返る。そこにはただ、星の光のようなきらめきがあるだけだった。