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15.同窓会(上)

 梅室さんのささやきを聞いてから、10日ほどが経った。

 アラームの音に身をよじり、花夜子はふとんを抜け出した。コートを着込み、ぐるぐるとマフラーを巻きつけ、帽子で素顔を隠して家を出る。


エレベーターのドアが開く瞬間、思わずひゅっと息を吸い込んでしまう。


「佐々木さま、おはようございます」


 コンシェルジュの男性は、スウや花夜子よりいくらか年上の落ち着いた人だった。梅室さんではない。胸のあたりに詰まっていたように感じる息をようやく吐き出し、へにゃりと笑みを返し、会釈をした。




 冬の明け方はまだ夜のように暗い。なんだか焦燥感をかきたてるような色だ。冷たい2月の風が鼻に吹き込んできて痛い。花夜子は、マフラーを目の下あたりまで引き上げると、ゆっくりとスーパーへ向かって歩き出した。


 あの日から、買いものに行く時間帯を変えている。早朝に家を出て、24時間営業のスーパーで済ませるようにした。スウも紫鶴子さんも怪訝な顔をしていたので、健康のために朝に散歩をしている、などと伝えておいたら、納得したようだった。


 いつものように、決まった野菜と、卵と、牛乳を買って家に帰る。




 今日は同窓会当日。夜にはエリカちゃんが泊まりに来ることになっている。小学校からの長い付き合いだけれど、――そういえば、お互いの家に泊まったりしたことはなかった。

何を話そう。そのことを考えたら少しだけ気持ちが明るくなった。




 家に帰ると、スウがキッチンに立っていた。以前は、花夜子が眠っている間にすべて済ませてくれていたから、彼が料理をしているところを見ることはなかった。


 身につけていたものを脱ぎ、冷蔵庫に買ってきたものをしまって、花夜子はキッチンのカウンターに腰を下ろす。スウは一瞬こちらを見てほほ笑み、それからまた手元に目線を戻した。


 貝のむき身に醤油だろうか、黒い液体をかけている。漬けるのではなく、贅沢にも調味料を使って洗っているようだ。それからバーナーを使って両面を炙り、包丁で薄くスライスし、冷蔵庫からジュレ状のものを出してきて、生野菜と一緒に盛りつけ、かけている。


 出来上がったのは旅館の朝食のような、繊細で美しい料理だった。


 炊き込みごはんは鶏肉とひじき、小さく切った人参が入っている。小鍋には湯豆腐と、紅葉の形に抜かれた人参、しめじ、水菜、ネギが入っている。添えられたのはぽん酢に鰹節、大根おろしだ。


 汁ものは彼にしては珍しく具だくさんで、ぶり、こんにゃく、油揚げ、小松菜、人参、大根が入っていた。そして白い。スウに聞いてみると、粕汁という料理で、酒粕が入っているのだそうだ。飲むほどに体が温まっていくのを感じた。


 見てもなにかわからない、美しい料理の盛り合わせもあった。その中に先ほど焼いていた貝を見つけて、口に運ぶ。焼き目がついているから香ばしく、中はぷりっと弾力がある。上にかかっているジュレにほどよい酸味と磯の香りがあって上品だ。



 自分で料理をしなかったころは、ただその美しさと美味しさに感動するばかりだったけれど、こうして多少料理の知識を得た上で見てみると、彼の料理は本当に手がかかっていることが改めてわかった。

 早朝から花夜子のために準備してくれていたのだ。――そう思うと、もっと強くあらねば、と思うのだった。

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