8.2人の休日(3)
電車に揺られていると、エリカちゃんからメッセージが届いた。
会った日の帰りには、必ず連絡をくれる。律儀な性格の彼女が好きだ。いつもなら、こちらからもお礼を返して終わるところだけれど、もう少し話したいなという気持ちが残っていたので、ちょっとした質問を添えてみた。
「きょうの晩ごはんはなににするの?」と。迷惑じゃないかな、と緊張した。でも、すぐに「鯛めし!」と返ってきた。それから最寄り駅に着くまで、しばらく料理の話をした。
改札を抜けて少し歩くと、マンションのエントランスが見えてくる。すっかり日が暮れているけれど、都心のこの街では絶えず人の流れがある。
エントランスでコンシェルジュの女性に挨拶をすると、宅配便を預かってくれているという。年明けから新しく入ったその人は、梅室さんというらしい。年は花夜子たちよりも下に見える。つやつやした長い黒髪を後ろですっきりと結ばれている。理知的な眉に、意思の強そうな瞳が印象的な人だ。
ラウンジのソファに沈み込んでしばらく待っていたら、スウが入ってきた。
いつも通り、きちんとプレスされた仕立てのいいスーツの上に、黒いトレンチコートを羽織ったその姿は、身長が高いので様になっている。でも、――。
花夜子がぼうっと観察している間に、スウは素通りしてしまった。そして、二、三歩進んだところでぴたりと足を止め、ゆっくり振り返った。視線が絡むと、スウは目を見開いた。信じられないものを見た、といった感じだった。
そして、男の人にこういう表現もどうかと思うのだけれど、ふわりと花が咲くように甘い笑顔を浮かべた。
「今日は一段と綺麗だな」
スウの言葉に、なんだか居心地が悪くなる。花夜子はお礼も言えずにうつむいてしまった。そのときはじめて、スウを少女漫画の登場人物のようだと言っていたエリカちゃんの話に共感した。そして、現実でもときめくものなのだろうか、と思っていたのに、彼の甘さを微塵も嫌だと思わないことに気がついた。
奥の部屋から戻ってきた梅室さんは、スウの姿を見とめると一瞬立ち止まった。そして、垣間見えたうれしそうな表情を消し、「こちらが佐々木様宛のお荷物です」と言った。
「ありがとう」
花夜子が受け取る前に荷物を手にしたのはスウだった。スウの実家から届いた小さな紙袋に入った荷物だった。
そのとき、ほんのわずかな時間、梅室さんとスウの手が重なった。彼女の目が一瞬泳いだのを花夜子は見逃さなかった。梅室さんの瞳が潤んだように熱を持ったのも。ひゅっと息が詰まるような苦しさを感じて、思わず胸のあたりを押さえた。
スウは、花夜子の手からたくさんの紙袋を受け取ると、片手に持ち、空いた手で花夜子の腰を抱くようにしてエレベーターに乗った。
家事ネタは次回あたりからまた出てくると思います。