3.節分と鬼
節分の夜のメニューは、いつも決まっている。
スウが作ってくれる恵方巻と、煮しめ。それから、大豆で出汁をとった汁物と、出汁を取ったあとの大豆を甘辛く煮たもの。
「恵方巻ですか。わたくしは、あまり馴染みがありませんね」
節分のメニューについて話すと、紫鶴子さんは首をかしげた。確かに割と最近できた風習のように感じる。子どものころにはなかったのではないだろうか。スウが恵方巻を食卓に出すようになったのも、5年ほど前からだったように思う。
恵方巻とはいっても、きちんと伝統にのっとったものではない。好き嫌いが多い花夜子のために工夫されている。具材は生ものではなく、サラダ菜と薄焼き卵と唐揚げ。しかも、2cmほどの厚さに切られているので、厳密には太巻きといったほうがいいかもしれない。
でも、節分気分を味わえるのがうれしい。
「あとね、煮しめが欠かせないの。お正月のイメージだけど、おいしいから、和の行事のときにはいつも作ってもらってるんだ」
「わたくしも好きです。お盆のときのお供えにも作りますね。具材は何を入れているのですか?」
料理好きな紫鶴子さんは目を輝かせて訊いた。
「こんにゃくと、鶏肉、椎茸、人参、……それから大根が入ってる」
「まあ、鶏肉も入るのですね。わたくしは鶏肉は入れずに、厚揚げを入れて炊きます。煮しめとは違いますが、厚揚げと焼き豆腐を炊いた夫婦炊きもおいしいですよ。――そうそう、それから、れんこんに、たけのこ、里芋、牛蒡……あとは、色合いがほしいので絹さやも入れます。煮しめは家庭の色が出ますよね。わたくしは甘めの味つけが好きです」
紫鶴子さんはほくほくした顔で言う。
帰ってきたスウが、節分御膳をつくる。今年からは、花夜子も一緒に作ることにした。
スウの作る煮しめは、義母と同じ味だ。甘みがなく、すっきりとした薄めの味つけ。ねじりこんにゃくに、とろとろに柔らかくなった鶏肉、亀の甲羅のように切った椎茸。人参と大根はそれぞれ花の型で抜いて、美しく飾り切りが施されている。
花夜子にとって義母である、スウの母は、姑というよりも、血の繋がった母のような存在だった。母が亡きあと、女手が必要なときにいつも手を差し伸べてくれたのは義母だった。母親同士の仲が良かったことも大きいかもしれない。家が隣同士で、同じ日に、同じ病院で生まれた。時間もほとんど変わらなかったという。母親同士はいつも助け合い、毎日のようにお茶の時間を共にした。スウと花夜子は、まさに兄妹のように育ったのだった。
この煮しめは、花夜子にとってのおふくろの味だと思う。お正月や節分のたびに、義母が保存容器いっぱいに作ったものを食べていた。いつもスウが届けてくれていたっけ。
毎年、同じものを食べるのは幸せなことだ。今年もまたこうして無事に過ごせた。――そんな気持ちになる。
その夜、鬼の夢を見た。
赤鬼とか青鬼とかじゃない。美しい人間の男の子だ。年の頃は13、14といったところだろうか。雪のように真っ白な肌をした、恐ろしく顔の整った少年。長い黒髪を後ろでひとつにくくっている。
でも、その虚ろな目からは血の涙を流している。艷やかな髪からは、ごつごつした骨のような、それでいて鋭い角が生えている。
恐ろしげな容貌のその少年は、たださめざめと泣いていた。彼に向かって手を伸ばすと――。