終章.はじまりの雨宿り
その日、花夜子と雨宿りをしていた。
たまたま見つけた洞窟の中には、小さな泉があった。夏だというのに、そこに手を浸すと氷水のような冷たさだった。泉の中央は岩でできた島のようになっている。そこには同じ素材で、大きさの違う石を組んで作った祠のようなものが鎮座していた。祠の上部は苔で覆われており、お供えものの花はすっかり枯れて、触れたら壊れてしまいそうだ。ずっと誰も手をかけていないことが見てとれた。そして、花夜子がなにかに導かれるように祠に手を伸ばした――。
あのときのことを思い出すと、後悔しか滲んでこない。
あれから何度、二人のこころは死んだだろう。自分が探検したいなどと言わなければ。そうすればこんなことにはならなかったのだ。
彼女は幼いながらに人形めいた美貌の少女だった。色素の薄い琥珀色の髪に、雪のように白い肌。形のよいくちびるは、化粧っけがないのに桜の花びらを乗せたよう。彼女を崇拝する女子生徒は一定数いて、こっそりと白雪姫とあだ名されているのも知っていた。
でも、花夜子の魅力はその容貌だけじゃなかった。一度見たものは忘れない頭の良さは、その理知的な瞳から滲み出していた。同じ年ごろの子どもたちより年上に思える、その立ち居振る舞いにもまた惹かれた。
一方、その心は硝子のように繊細だった。弱いというわけじゃない。優しすぎるのだ。自分に関係のない相手にまで心を砕く。彼女に嫉んでいた者までも味方につけてしまうのは、その純粋すぎる心根が理由だったのだろう。そして何よりもそのほほ笑み。花が開くように笑うのだ。すると、人形めいた美貌に急に血が通ったようにやわらぐ。
――だからこそ、あれに目をつけられてしまったのだろう。
第1部が完結しました。読んでくださってありがとうございます! 花夜子がほんのり自信をつけられるところまでが目標でした。