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20.共同作業

 日曜日の朝。目を覚ますとまだ7時前だった。ここのところ続けていた早起きが、身体にしっかり刻み込まれているのかもしれない。まだまぶたが重たかったので、花夜子はうんと伸びをして、そのまま意識を手放した。

 ふたたび目を覚ますと、スウはすでに起きていて、くつろいだ様子で横向きに転んだままこちらを見ていた。


「……おはよう、スウ」


「おはよう。――ブランチ、作る?」


「うん!」


 花夜子はうれしくなってベッドを飛び出す。顔を洗って、簡素なワンピースに着替え、エプロンを首にかけた。スウがそばに来て、さっとエプロンのひもを結んでくれた。


「今日はじゃがいものガレットにしようと思うんだ。花夜子は汁物だっけ?」


「うん、味噌汁をつくるんだ」


 スウが微妙な表情になったので「洋風のね」と付け足す。

 


 スウは慣れた手付きでじゃがいもの皮をむいている。茶色い皮がぱらぱらとまな板の上に落ちていく。それから、皮をむいたじゃがいもを薄くスライスすると、右側から左側に向かって並べていった。左側が一番高くなった状態だ。片手で押さえるようにしながら、と、と、と、……とリズムよく千切りにしていく。


「早いのね」


「――ああ、料理は慣れてるからね」


 スウはなぜだか苦笑した。子どものころから一緒にいるのに、まだまだ知らないことがあるなんて不思議だった。そういえば彼が料理をする様子を、こうしてじっくりと眺めるのもはじめてだった。


 花夜子は鍋にバターを落とし、火にかけた。いいにおいがキッチンに広がる。冷凍庫を物色して、ひと口大に切ったブロックベーコンと、あさりと、薄切りにしておいた玉ねぎと、ほぐしておいたきのこを出してきて、鍋に入れる。玉ねぎときのこがしんなりしたところで、水とコンソメスープのもとを投入。水は1人分なら200ccを使えばちょうどいいのだけれど、今回はその1人分を加えた。このまま煮立たせていく。


 ふと横を見ると、スウは細長く切ったじゃがいもをボウルに入れて、小麦粉をまぶしていた。


「じゃがいもは、水につけておくんじゃないの?」


 紫鶴子さんが言っていた。じゃがいもは、変色を防ぐためと、でんぷん質を洗い流すために、切ったあとは水にさらしておくのだと。


「ああ、ガレットをつくるときはね、さらさないんだよ。じゃがいもの表面には糊のようなものがついている。それを洗い流すために水にさらすんだけど、ガレットはいも同士がくっつくようにするから。だから水にはさらさない」


 スウはスキレット鍋を取り出し、オリーブオイルをひくと、ボウルの中からじゃがいもの半分をそっと並べた。


「今日は、ここにたまごを乗せる」


 そう言ってスウは、じゃがいもの上にピザ用のチーズを乗せ、真ん中をくぼませて、そこに卵を落とした。さらにそこにじゃがいもを重ねていく。それから蓋をして、火をつけた。


「しばらく蒸し焼きにしたら、蓋をとって、強火にして、両面を焼き付けるんだ。それでできあがり。かんたんだろ?」


 花夜子は首を横に振った。


「まず、じゃがいもを切るのがたいへん……」


 スウは吹き出した。味噌汁の具材を冷凍するために、にんじんの千切りをこの間した。でも、とても面倒だったのだ。慣れていないからか手元はおぼつかない。何度もずれて、押さえ直すのが手間に感じられた。


「切るのが面倒なら道具を使えばいいよ。スライサーってのがあるから。うちだと……確かここに……」


 そう言ってスウは戸棚を開けた。花夜子だと背伸びをしても届かない位置に、背の高い彼はさっと手を伸ばす。


「俺は手で切ってくのが好きなんだ。だから、スライサーは全然出番がなくてさ。しまい込んでいたんだけど、よかったら使ってよ」


 スライサーを調理台の上に置くと、スウは、サラダ用の野菜をちぎりはじめた。これは先に仕込んであったものだ。朝起きてすぐにシンクに大きなボウルとたっぷりの水を用意して、彼はそこに野菜を入れていたのだ。そうすると水分が入ってしゃっきりするのだという。


 スウは、とても手際がいい。自分の料理のことをすっかり忘れていた花夜子は、慌てて鍋に視線を戻す。きのこがいい具合にくったりと煮えている。そこに200ccの豆乳を加え、沸騰しないように今度は気をつけて見ながら温めていく。火を止めて、味噌をときいれたら出来上がり。ベーコンとあさりときのこの洋風味噌汁だ。

 


「せっかくだからさ、ベランダで食べようか」


 花夜子たちの住んでいるマンションは、ベランダが広い。しかも目の前に広がっているのは海だ。人の目を気にせず、ゆったりと過ごすことができる。

 ベランダにレジャーシートを敷く。スウはいつの間にか買ってきていたらしい、焼き立てのパンが入ったバスケットをその上にそっと置いた。ガレットとサラダは1つのお皿に盛り付けられている。スープはトレイに乗せて運んだ。


「今日はさ、ベランダ用のテーブルとか椅子を買いに行こう」


 スウが言った。


「これもこれで遠足っぽくて懐かしいけどさ、やっぱりこの景色だったら、テーブルと椅子がいいな。――何より、弁当と違って食べにくいし」


 肩をすくめる彼を見て、花夜子は笑った。




 1週間前までは知らなかった過ごし方だ。まだまだ外は寒いので、二人してもこもこ着込みながら食べたブランチ。この日の、自分が役立たずじゃないという気持ちはたぶん、ずっと忘れないと思う。――幸せな朝だった。



ガレットの詳しいつくりかたやアレンジは、過去にブログにUPしたこちらの記事にまとめています。作るたびに失敗していたので、いろいろコツを調べて、何度か試作し、上手にできるようになりました。


http://365kaji.blog.jp/archives/20181021.html


たまごやお肉、お魚を入れると、ボリュームも出るし、栄養価もUP。ガレットを蒸し焼きにしている間にサラダを作っておくと時間配分もいい感じです。


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