17.ものぐさ味噌汁
毎日、ひたすら味噌汁を作っている。メニューがカレーでもパスタでも味噌汁。今の花夜子にはそれしか作れないからだ。食べるのはまったく飽きないのだけれど、作るのに飽きてきている。同じ具材じゃなくて、違うものを試してみたい。でも、どうしたらいいかわからない。そこで花夜子は、いつものように相談してみることにした。
「紫鶴子さんのおうちでは、どんな味噌汁を作っていたの?」
花夜子が尋ねると、彼女は少し考え込む。
「――そうですね、きゃべつと玉ねぎと油揚げのお味噌汁だったり、さつまいもと玉ねぎのお味噌汁なんかが多かったでしょうか」
「ええ? きゃべつやさつまいもを入れるの? あまりイメージが湧かない。お味噌汁っていうと、わかめと豆腐とか、ネギと油揚げみたいなのを考えてた」
「ふふ、正解はありません。出汁の味も、お味噌の種類も、具材も、おうちによってさまざまですよ。昔、友人に作ってもらった味噌汁はバターで炒めたトマトを入れていました。それからキャベツと、コーンと、ふわふわの炒り卵です」
「味の想像がつかないよ。洋風の味噌汁なのかなあ。でも、それならパスタのときにもいいかもしれない」
「お味噌汁って奥が深いですよね。ああ、この身体だと食べられないし作れないのがもどかしいです。――もし、もう一度食べられるなら…… つぶした納豆と、なめこと、油揚げのお味噌汁が食べたいですね。わたくしの母がよく作っていたもので、大好きでした」
紫鶴子さんは、しみじみと言う。花夜子の舌の上に、その味噌汁の味がじゅわっと染み出すように想像ができて、そういえば、うちでもそのお味噌汁は食べたことがあるな、と思い出したのだった。
それから花夜子は、味噌汁の具材にできそうなものをたくさん仕込んでおくことにした。紫鶴子さんが言うには、切って冷凍しておくと楽なのだと。たとえばほぐした舞茸、えのき、切った椎茸。にんじんは千切りにしておくと使いやすい。トマト入りの味噌汁の話を聞いたので、トマトも切って冷凍しておいた。油揚げは刻んであるものを買うと手間なく冷凍できた。
「そうそう」
紫鶴子さんが、思い出したように言う。
「お買いものに行ったら、とりあえずこれを買うというものを決めておくといいですよ。お味噌汁に関していうなら、なめこや豆腐、油揚げ、厚揚げなどをその都度買っておくと困りません」
また、常温で置いておけるものも増やした。麩、乾燥わかめ、あおさ。
料理をする時間は新鮮で楽しいけれど、生来の性格はおそらくものぐさな花夜子だ。すぐに味噌汁に入れられる具材の在庫ができて、ほくほくした心持ちになった。ゼロから考えなくていい。この中から選ぶだけでいいのだ。なんてかんたんなのだろう。
“退勤”していく紫鶴子さんを見送り、夕飯のしたくをはじめるために、きゅっと、エプロンのひもを結んだ。