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14.あこがれ

 電車を降りて人の波に流される。都会にくるなんていつ以来だろう――と、花夜子は思った。街だけでなく、を行き交う人たちの服装もどこか変わったような気がする。





 待ち合わせは、大学のころエリカちゃんとよく一緒に来ていたカフェ。ショッピングモールの3階、奥まったところにあり、広く取られた窓からは、駅前のビル群が一望できる。入り口を抜けるとすでに奥のソファ席にエリカちゃんがいて、文庫本に目を落としながらコーヒーを飲んでいた。いつもブラックコーヒーを頼むのが彼女のルールなのだ。


 目が合うと、エリカちゃんはひらひらと手を振り、本を鞄にしまった。Vネックのニット、首元には小さなペンダント。肩にきれいな色のカーディガンを羽織っている。服装も好きなものも大人っぽくて素敵だなあと思いながら、花夜子はいちごミルクを注文した。


 お互いの近況報告をしたあと、エリカちゃんが「ねえ、花夜子。どうしてわかったの? 私のこと」と切り出した。

 彼女が言っているのは、大晦日の夜のことだ。エリカちゃんは、婚約者に騙されて、逃げているところだった。選択を間違えれば命が危ぶまれるような状態。予知といえばいいのだろうか。最悪の事態に気がついた花夜子は、彼女に電話をかけた。


「――瑞雪教団のこと、花夜子は気づいていたの?」


 花夜子は首を振る。


「あのね、信じてもらえないかもしれないけれど、花夜子には、勘みたいなものがあるの。あのとき、ちょっとうたた寝していて、エリカちゃんが山の中にいる夢を見て。それで…」


 花夜子は口ごもった。


 この話は、だれにもしたことがないのだ。花夜子には、幽霊が視えることなどを含めて、人とは違ったところがいくつかあるけれど、秘密にしている。スウでさえ知らないことだ。気味が悪いと思われるかもしれないから。

 でも、大晦日の夜に、ふと彼女の危機が“視えた”。もう猶予はなかった。だから、思わず伝えてしまったのだった。


 エリカちゃんは、声を呑み込んだように見えた。言わないほうがよかっただろうか、と花夜子は少し悔やんだ。

 ややあって、「信じるよ」とエリカちゃんが言った。


「花夜子の言うことに嘘はないと思う。それに、花夜子は1台目の車はだめ、3台目の車にって、そう言ったでしょう。あれもほんとうだったと思う。1台目は怖い感じがした。そして3台目の車に乗っていた人たちに助けてもらって、今はその人の家にいるの」


「エリカちゃん、おうちに帰ってないの?」


「東京の家のそばにも教団の人がいたから。――匿ってもらってる」


 よかったらうちに来ないかと誘おうとして、やめた。ぼんやりとだけれど、今の環境が一番良いと勘が告げていたからだ。


「そう。すごく大変な思いをしたんだね。婚約する前に気づけたらどんなによかったんだろうって、あの夢を見たあと思ったの。でも、花夜子のこの勘みたいなのは、自分では選べなくて、ふいに出てくるものだから」


「ううん、いいの。花夜子のお陰で助かったんだから。あのとき電話をくれなかったら、私はどうなっていたんだろう。想像するだけでぞっとする」


 エリカちゃんは視線を落とした。よく手入れの行き届いた長い黒髪がさらりとこぼれて、耳元の大きなピアスを隠した。




 夕方、エリカちゃんと別れて駅まで歩く。仕事帰りらしい女の子たちが駅ビルに向かって歩いていくのとすれ違う。ふと周りを眺めてみる。みんなきらきらしているなあと花夜子は思う。流行の服を着て、華やかなメイクをして。

 一方の花夜子は家にばかりいるから、少し太ったような気がする。今の流行りなんてさっぱりわからないし、よく見てみると、すれ違う人たちとスカートの丈が違うような気がして恥ずかしくなった。


 誰もが眩しい。帰り際のエリカちゃんの言葉を思い出す。少し照れたように彼女は、花夜子に昔から憧れているのだと告げた。どうしてなのかわからなかった。




 最寄り駅についた。ほとんど家から出たことがないというのに、駅の改札を抜けるとほっとした。

 スーパーでカレー用の野菜セットを買った。ルウはフレークタイプのものを試してみよう。今日は野菜をじっくりことこと煮込んでみたい気分だ。紫鶴子さんからは、こうした市販の「もと」を使った一品料理もすすめられている。それから、お惣菜のサラダを買う。


 それからベーカリーに寄る。明日の朝食用にパンを選ぶ。ふと、並んだ棚の裏、窓ガラスに自分が映っているのに気がつく。そこに映る花夜子はどうにもぱっとしない。


 子どものころはよく褒められた天然パーマの髪の毛は、扱いに困って、洗いざらしのままふわふわしているだけ。リップクリームを塗っただけの素顔は幼い。大学生のときに買った服は、街中で見るとどこか浮いている。




 花夜子は昔からエリカちゃんを素敵だと思っていた。ハキハキしているところも、おしゃれなところも、がんばりやさんのところも。花夜子はたぶん、彼女とは真逆なのだ。これまではいいな、うらやましいな、と思うだけだったけれど、――変わりたい。

 花夜子は花夜子にできることを、一つずつやっていく。おしゃれもメイクも性格も、全部変えてしまいたい。でも、よくばったらまた動けなくなる。だから、まずは暮らしをきちんと作ることからはじめる。




 そう決めても、どこか気後れした気分は消えなかった。あこがれているのは、花夜子のほうなのだ。

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