第二十一話「ユリちゃんの本気と書いてマジと読む」⑤
「こちら、疾風……緊急警告っ! 魚雷の発射音と思わしき、泡沫ノイズを検知! 雷走音も確認……本当に敵が撃ってきたっすよ! 祥鳳、カバーするっす! このスピード……高速魚雷みたいっす! こっちからは迎撃範囲外……間に合わないっす!」
予想通りの展開……。
魚雷の推定コース……祥鳳の艦首前方、500mほどを交差し、ロンギヌスにまっすぐ直撃するコース。
その速度は、200相対ノットを軽く超えるほどの速さ……スーパーキャビテーション魚雷と呼ばれるタイプの高速魚雷。
泡で魚雷を包んで、流体抵抗を限りなく低くさせたロケット推進式魚雷のエーテル流体仕様。
こんな兵器……銀河連合軍では所持していないのだけど、ロンギヌスの基幹AIは、過去の兵器データベースに照合の上で、その様に推測しているようだった。
回避は……流石に不可能、この巨艦で、こんな速度の雷撃では、どうやっても回避なんか出来ない。
普通に考えて、これは直撃する。
「くっ! そんなところからそんなの撃ってくるなんて! 未知の兵器なんて想定外よ! ゴメン、ブロック間に合わない……ロンギヌスへ警告、魚雷一発だけだけど……直撃コースで接近中! 迎撃できそう? コースはシンプルにまっすぐ……速度変動も無いから、砲撃で直撃させれば……けど、高角砲じゃ間に合わない……直射でないとっ!」
……祥鳳たちからの緊急警告。
なるほど、ピンチなのです。
でも、これは殺意がない攻撃だったのです……。
殺意があるなら、もう撃つ前から解る……それがなかったとなると、やる気のない攻撃ってことなのです。
となると、これは当てるつもり自体ない……虚仮威し。
けど、視線は感じる……センサー越しだけど、こちらの一挙一動を逃さず見てる……どこから見てる?
なにより、このタイミングで仕掛けてきた意味は?
……なるほど、解った。
これは、こっちの迎撃システムのテストってところなのですよ。
ステルス性能の高さが売りの潜行艦からの攻撃にも関わらず、こんな真っ直ぐ進むしか芸のない、やかましい事この上ないスーパーキャビテーション魚雷なんてものを使った辺り、警告のつもりなんだろね。
「本攻撃に、対応は不要……おそらく、当たっても起爆しない。もしくは浮上せずにそのまま下を通り過ぎるか、適当なところで自爆するかってとこなのですよ! 艦長命令! 総員動くな!」
緊張の一瞬……戦術マップ上の魚雷を示す光点がロンギヌスへ接近中。
「警告! 高速魚雷接近中……至急対応を乞う! 繰り返す、即時迎撃命令を下命せよっ!」
ロンギヌスの基幹AIから悲鳴のような警告、即応迎撃命令を寄越せとのこと……。
お姉さまやクルーも緊張を隠せない様子。
でも、却下っ!
ここは、うろたえるなって、一喝するところなのですよ。
「プライマリーオーダー! 二度は言わないよ? ここは、無視するのみです……全砲門、全防御システム管制AIに、命令厳守の指示を発令! 本気じゃない敵に真面目に対応するだけ損なのですよ」
……やがて予想通り、ロンギヌスの目の前で光点消失。
爆圧がエーテル流体の表面に集中して、水柱のような柱が立つのが、モニター越しにも見える。
「……こ、こちら、祥鳳……ロンギヌスの500m手前で敵魚雷の自爆を確認……。まさかただの威嚇だったの? ス、スゴイわね……良く、今のがハッタリって読めたわね……」
「ユリには、やる気のない攻撃って、解ってたのですよ。それくらいなら、もう見ないでも解るのです」
……こっちが泡食って、対応するのをあざ笑いつつ、防衛システムの分析を行うとかそんな感じの目的が伺える。
敵も当てたら、こっちが本気になるのが解ってるから、手加減してる……なるほど、この敵は良識ってものがあるのです。
一応、弁えた相手なのですよ。
けど、自爆させたから、直撃コースでもノーカンとか……そんな、こっちは甘くないのですよ。
「撃ったら、撃たれる……戦場の当たり前なのですよ! 敵魚雷発射位置は特定済み……敵艦予想スペックから算出した予想現在座標、送ります。夕凪、朝凪、当てて構わないから、即時撃って下さい! 撃ち方用意っ! 撃てっ!」
「「了解っ! 撃ちーかた、はじめっ!」」
朝凪と夕凪から、対潜砲撃が超曲射弾道で放たれる。
前後の連装砲から、4斉射……16発もの砲弾がばら撒かれ、更にそれが8発の銛状の細長い砲弾に分割され、凄まじい速度で次々とエーテル流体面に着弾する。
……直撃はなし。
炸薬を使わない純粋な運動エネルギー兵器だから、当たらないと何も起きない……解りやすいのです。
「……あの集中砲撃を避けた? ピンポイント、スキャン……アキちゃん、どうです?」
「敵艦……再捕捉っ! 反転して、ものすごい勢いで逃げてるよ!」
派手にノイズをばらまきながら、高速移動中の敵艦を捕捉。
どうも対潜砲弾が掠ったか何かしたみたいなのですよ。
大きさは推定70mほど……戦闘艦としては、駆逐艦にも満たない大きさ。
このクラスだと、宇宙艦だと大気圏降下揚陸艦とか、そんなのだけど……潜行艦で、この大きさってどうなんだろ? 良く解んない。
音響データから、形状すらもはっきり解るほどになってきたので、銀河連合所属艦艇データベースに照会。
『該当艦なし』
シルエット自体は、データベースに登録された古代ナチスドイツのUボートに似てるとか、そんな回答が戻ってくる。
銀河連合軍の正式艦艇じゃないなら、後々問題もなりそうもない……それが解れば、今は十分。
「……命中弾なしっす! 向こうは黙ってたら、直撃してたのを悟ったみたいで、泡食って増速かけて、逃げたようっすよ! けど、あのタイミングで避けたってのは解せないっすね」
「そうですね……潜航艦が単独で飛来する砲弾を検知するのは、至難の業です。そうなると、答えは出たようなものですね」
「潜行状態で、上空から飛来する砲弾のコースを解析したってなると、上空監視機あたりでも飛ばした上での……弾道予測システムっすかね! まったく……味な真似を……けど、もうしっぽは掴んだっす! もう離さねぇっすよ!」
「了解、こちらでも詳細データ確認。最低限、銀河連合軍の所属艦ではないと確認は出来ている。引き続き、追い立てて……ここは、本気で沈めてしまって問題なし……これは、我々を舐めるなというメッセージです。情けも容赦も無用です……」
まるで、他人がしゃべってるかのような容赦ない言葉が口をついて出てくる。
でも、今は戦闘中なのですよ。
……戦場では、躊躇いやお情けなんて必要とされないのです。
やったらやられる……その教訓を敵に与えるべく、ここは容赦なんてするべきではない。
敵艦、航跡トレース中。
速力40相対ノット……潜行艦にしてはかなり早い。
音響データからは、徐々に形状が変わってる様子が伺える。
水中翼みたいなので、流体制御をかけて、高速性を発揮……戦闘向けって言うよりも、見つかったら、とにかく素早く逃げるとか、そんな感じを想定した情報収集特化艦……なのかな。
と言うか、まさに後先考えない全力回避中……砲弾の軌道予測の時点で、やる気満々の砲撃だと悟ったようだった。
さすがに、向こうは肝を冷やしたはずなのですよ。
「ノイズパターン、解析に回して! ソノブイ群は、アクティブソナーをトレースモードで追跡ロックオン状態を維持! 夕凪は牽制射を続行し追い立てて、朝凪は敵艦の逃げ道を塞ぐように機動爆雷を射出……! 疾風と追風は、二隻のフォローに回って! 撃たれたら、真っ先に攻め手を狙うのは戦の定石なのです。敵は一隻だけじゃないのですよ……他にも間違いなく敵がいる! 相互フォローの上で確実に任務を遂行せよ!」
一気に戦場が動き出した……敵の潜行艦群も一斉に隠蔽静音状態から、パニックを起こしたようにバラバラに動き出す。
その動きはもうめちゃくちゃで、隠蔽状態でこそこそ逃げるのではなく、全力での逃げに入ってる……。
多分これ……敵も想定外だったっぽい。
どうせいきなり撃ってくることもない……一方的に挑発しての情報収集だから、命懸けになることもない……そんな風に高をくくってたんだろう。
けど、勝手にこの戦場にルールがあると思いこんで、調子に乗ってた方が悪い。
こう言う戦場を舐めた愚か者こそ、真っ先に死ぬ……そう言うものなのだ。
「むしろ、敵は浮足立ってるっすよ! まさに狩り放題じゃないっすか……羨ましいっす!」
「疾風姉さん、あっしらの背中は任せたっすよ! 機関全開ーっ! 逃げんなこんにゃろ!」
「し、指示通りの座標、コースで機動爆雷投射……でいいんすよね? 威嚇用の自爆設定じゃなくて、近接起爆モード……至近弾でもあっしら程度なら、一撃で消し飛ぶような強烈なヤツっす!」
機動爆雷……エーテル流体面下で3次元機動を行える誘導弾みたいな爆雷。
エリコお姉さまが巻き込まれた実弾演習に乱入してきた桜蘭帝国大型潜航艦伊400との戦い……。
その前哨戦として、銀河連合軍の駆逐艦島風と潜行艦ハーダーとアルゴノートが、伊400との不期遭遇戦を行っており、その際、この機動爆雷が、意外と有用で思わぬダメージを与え、撤退へ追い込んだという評判で、その後、エスクロンがそれをちゃっかりコピーして、夕凪と朝凪に試験搭載していた新型の対潜兵装なのですよ。
「さすがに、機動誘導爆雷なんて使う以上、相手もこっちが本気だって悟るのですよ。これは最後通牒みたいなものなのですよ……手加減は無用です。ここは徹底的にやりましょう」
「……ゴクリ……この容赦無さ……。まさに白い鴉のオリジナルって感じっすなー! ちっ! おっしいー! 当てたと思ったけど、当たる直前に増速かけて、かすめただけだったみたいっす……意外と、頑張るっすなぁ……。と言うか、これ……やっぱり、どっかで見てるっすな。黒船の潜航艦だったら、これだけ撃ってたら、とっくに沈めてますよ」
夕凪の至近弾……敵の潜行艦は更に増速……もはや、隠蔽ステルスやデコイを使う余裕もない様子。
けど、確かに夕凪の推測は、間違ってないと思う。
こうなると、上空監視をしてる目があるのは間違いない。
各種センシティブ情報を統合……上空警戒中のゼロスナイパーや、祥鳳側の艦載機群の情報も精査。
と思ったら、上空のロンギヌス直轄のゼロスナイパーからの信号が一斉に消失。
各ソノブイからの情報もブラックアウト。
「……アキちゃん、何が起きたの? 周辺との通信が一斉にダウン……このタイミングでとなると、新手ですか?」
「ユリちゃん、上空10000mにて高出力ジャミング……ECMバラージが放たれたことを確認……! 各種センサーが一斉にダウン中。うわっちゃー、これ全周波数帯への力任せの一撃って感じだよ。この分だと敵味方問わずダウンしてるね……。やってくれる!」
「味方諸共? そうなると、敵も連携や指揮系統もガタガタだと思うんですけど。ここでやる意味がわかんないなぁ……」
「多分、味方の撤退を支援するため……じゃないかな? でも、やっぱり上にいたんだ。けど、こちらもECCMを実施、発信源の詳細座標解析中……。まぁ、今も電波ばら撒いてるから、すぐ特定出来たけど。でも、これ、どこに指示出せば良いんだろう? とりあえず、アレ……さっさと撃ち落としたほうが良くない?」
アキちゃんから報告。
アンノウン電子戦機の撃墜……ともなると、さすがにちょっと考えないとだねー。
「えっと、アキちゃん、あれに人が乗ってる可能性は?」
うん……さすがに、アンノウンとは言え、人が乗ってるのを無警告で撃ち落とすのは、躊躇する。
「それは無さそうだよ。ジャミングパターンの対応が物凄く機械的……どっちかと言うと、パワーでゴリ押ししてくる感じで、人間の電子戦管制官のやり口じゃないよ……。そもそも、非武装の電子戦機を護衛もなしで、エーテル空間の戦場の上空に飛ばすなんて、リスクが大きすぎて、人なんかとても乗せられないでしょ……普通に考えて」
なるほどなのです。
無人機なら、別に遠慮なんてしなくていい……敵も撃ち落とされる前提でいるはずなのですよ。
「祥鳳……データは共有してるので、説明不要だと思うのです……やってもらえますか?」
「こちら、祥鳳……電子戦機とか堂々と飛ばしてたって事ね。……って言うか、これなに? よく解んないから、映像送る……地上用……なのかな? なんなの、これ……また、アンノウンだよ……さすがにこれは手が出せないよ……ゴメン!」
祥鳳から、映像が送られてくる。
祥鳳とはレーザー通信でホットラインが敷かれてるから、光学妨害の煙幕とか撒かれない限りは問題ないんだけど……。
白い空間迷彩の涙滴型の50mほどの……いかにも柔らかそうな……飛行船? なんだこれ。