第二十一話「ユリちゃんの本気と書いてマジと読む」③
「な、なるほど、解りました……エリコさん、いやクスノキ技術大佐殿。そうなると、この敵との戦いは、もうそっちの独断でやると。その為に夕凪と朝凪は、従来どおりエスクロンの企業支援艦に戻すと……確かにそれなら、私達の独断専行って後から怒られないで済みそうですね」
とりあえず、祥鳳に戦術指揮支援……要するに、ここからはエスクロンが仕切ると提案。
夕凪、朝凪の二隻とロンギヌスとで、戦術データ・リンクを整えた上で、即席の独立艦隊を編成し、ロンギヌスの艦載機や各種センサー、ユリ達で情報支援を行い、敵の能力の解析が済み次第、この二隻が威嚇射撃を敢行して、うっかり沈めちゃう……そう言う筋書きでまとまったのですよ。
「確かに、訳の判らんアンノウン艦で、こっちにちょっかい出し続けるなら、うるせぇこんにゃろーって、問答無用で沈める……納得の対応っすね。むしろ、それが出来ないほうがおかしいんじゃないっすかね」
「そう言わないでよ……。こんな平時の護衛ミッションで、永友提督との分断工作なんて、仕掛けられるとは、私も思ってなかったよ。相手が黒船なら、問答無用で沈めれば済むけど、敵は黒船に非ず……となると、さすがに私の独断で勝手働きをする訳にもいかない。残念ながら、アンノウンとはいえ、人が乗ってる可能性のある艦を確信犯で沈めるってなると、提督からのプライマリーコード付きの命令が必要だからねぇ……。残念ながら、我が永友艦隊の正式所属艦艇は、牽制役くらいしか出来そうもないわ」
結局、現状を複雑化しているのは、指揮官たる永友提督との連絡が取れなくなってる事。
この状況で、単身出向いちゃったのは提督本人の判断で、想定が甘かったといえばそこまでなんだけどね。
敵としても、この状況をうまく利用したって感じで、計画的なものじゃなかったって気がするのですよ。
それだけに、良く考えているように見えて、なんだか色々穴だらけって感じもするのですよ。
「そこら辺はもう仕方がないのですよ」
「それにしても、ユリちゃんってエーテル空間戦闘の戦術指揮なんてのまで出来たんだ……。そんなエーテル空間での実戦経験者なんて、銀河連合の再現体提督限定だとばっかり思ってた」
「いやはや、全くの初心者なのですよー。こんな海みたいな所での艦隊規模の戦闘指揮なんて、VRシミュレーションでしか経験ないのです。でも、ユリの艦長免許は第一種……戦闘艦艇の指揮も可能だし、エーテル空間でも通用するS級だから、問題ないのですよ」
艦長権限ってのは、一般的に思われてる以上のもので、実は何気に所属国家の代表くらいの権限はある。
ロンギヌスのような艦艇自体も言ってみれば、所属国家の動く領土のような扱いとなるので、当然自衛権は認められているし、その国家が予防攻撃を自衛の範囲と定義しているのならば、先制攻撃も認められる。
何気に、国家の命運を左右するような決断を下すような権限があって、本来は未成年が取れるような資格じゃないんだけど……。
ユリの場合、スペシャルズ特権で取らせてもらっちゃってる……他所の国のマスコミや平和主義者達は大騒ぎするかもしれないけど。
エスクロンの国内法で見ると、特例事項の但し書きが効力を発揮する以上、問題なかったりする。
冷静に考えるととんでもない話なんだけどねー。
ちなみに、再現体提督以外でのエーテル空間戦の指揮経験者となると、今の体制となる前の黒船にボコボコにされてた頃の銀河連合軍の軍人さん達とか、中継港の防衛戦で施設管理責任者がAI達に祭り上げられる形で……とか。
民間船の艦長が護衛なしの状況で襲われて、グダグダな自衛戦闘を指揮したとかそんな例がある程度……。
それでも、実例は実例なので、別にユリみたいなローカル星系軍関係者がエーテル空間戦の指揮を執って戦っても、別に文句を言われる筋合いはなかったりするのですよ。
ちなみに、ユリもVRシミュレーションとか言ってるけど、実はゲームの話。
「アドバンスド・フリゲートバトル」って21世紀前半の頃の小規模艦隊海洋戦闘のVRシミュレーションゲーム……。
もっとも、例のH・ルルカさんにボッコボコに負けたという苦い経験がある……あの人、何気に指揮官としてもヤバイんだよね……絶対プロだ、プロ!
とりあえず、あの人に勝つために、色々と古今東西の戦術とか、有名な戦いの研究をしたり、宇宙艦隊戦なんかも研究しまくったから、素人じゃないって言い切れると思う。
大丈夫、ユリは強い! エーテル空間戦と言っても、20世紀の海上戦闘なんかの応用が効くって話なんで、何とかなるなる……なのですっ!
「と言うか、君の指揮権限の範囲……完全にロンギヌスの全戦力掌握してる上に、朝凪と夕凪の臨時指揮権限まであるんだけど……。ホ、ホントに大丈夫なの? こんな戦争なんて、大人の……それもプロに任せたほうがいいんじゃ……エリコさん、この子の保護者なのよね……それでいいの?」
「私は問題ないと判断してるわ……この子だって、ちゃんと国家試験受けて、軍人相手にシュミレーションとか机上演習くらいはやった上で、合格判定受けてるんだからね。エスクロンの軍関係者からの評価も上々……「まさか女子高生に負けるとは……でも、可愛いから許す!」「君、明日からうちで仕事しない? 俺、部下でも良いよ」「完敗でした。むしろ、弟子にして下さい」……って何、この備考コメント?」
ちなみに、エスクロン機動防衛艦隊の現役指揮官達との勝率は8割超。
ルルカさんに比べたら、随分と楽に勝てたのを覚えてる……と言うか、あの人がエゲツなさすぎるのですよ……。
「エスクロンの軍関係者って、私も何度か戦術シミュレーションでお相手してもらったけど、何気にあっちこっちの宇宙空間戦で実戦経験積んでるから、はっきり言って強いんだけどなぁ……。あの人達相手に勝てるほどってのなら、相当なやり手……なのね。確かに、ゼロスナイパーでの集団戦もユリちゃん相手だと、油断してるとこっちが負けそうになるからね……。解った……実力は十分ってことなのね」
「まぁ、そう言う事ね。なにより、少なくともユリちゃん以外にそんな資格はもちろん、戦闘経験がある人員なんて居ないし、この辺は、こっちが勝手にやった事って体裁を整えるためなのよ。祥鳳達が提督不在の状況で問答無用で撃っちゃうとマズいけど、こっちが独断で撃って沈める分には、こっちの問題ってなるからね。エスクロンはもうすっかり好戦的な武闘派企業国家ってイメージがあるみたいなんで、今更、平和主義者達から恨み買ったり、敵が増えても別に問題にならないのよ……だから、この場は私達に任せてちょうだい」
悪名高いとか、合法的侵略国家とか。
クリーヴァも大概だけど、エスクロンも大概なのですよ。
「そう言う事なら、問題ないのかなぁ……。夕凪、アンタ達はどうなの? 思いっきり初心者、ペーパー指揮官の初陣指揮で、訳の解らないアンノウンを撃沈するって……不安くらいあるんじゃないの?」
祥鳳さんって、意外と容赦ない。
まぁ、概ね事実なのですよ……。
「祥鳳さん、ユリコさんが経験不足だから頼りないとか言わないでくだせぇよ。この娘のヤバさはあっしらよく解っとります……。法的な問題とかは、クリアしてるんですよね?」
「そうね……エスクロンでも、前例がないってのは事実だし、本来未成年者は戦闘に一切かかわらせちゃいけない事になってるんだけど、ユリちゃん達スペシャルズには、例外事項が適用されまくってるからね。ロンギヌスの主幹AIは国内法に照らし合わせて、法的問題はないって回答してるし、責任の所在がどこにあるって話なら、この私がすべての責任を取る。形式上は、私がこの場の指揮官で、ユリちゃん達はオブザーバーって形にするから、問題はないと思うわ」
「……それでクリア出来ちゃうっていうのもスゴイわね。エスクロンって、そう言うペテンみたいな事させたら、天下一品ってのは、ホントなのね……」
流石に祥鳳さんも呆れてる感じなのです。
確かに、酷いペテンって気もするのですよ……。
「味方がズルいのは、むしろ歓迎すべきっすよ。いやはや、エスクロンさんとは、今後も仲良くしたいっすな! ユリコさん、いやユリコ司令……それではよろしくお願いするっすよ。疾風姉さん、すまねっすな……今回のMVPは、この夕凪がいただきっすな!」
「あ、ユリコ司令、朝凪も微力ながら頑張るっすよー! あっしらもエスクロンの企業支援艦として、何度も実戦に参加してるベテラン勢っすから、安心するっすよー」
「ど、どういたしまして、なのですよ!」
なんとなく、お互いペコペコとおじぎ合戦。
まぁ、最前線で戦ってくれるんだから、この二人には心からの敬意を……なのですよ!
「ううっ、こんな面白そうな戦で、身内が派手にやってるのを側で見てるだけとか、悲しいっす! お、追風……傷心のあっしを慰めるっすー!」
「はいはい、よしよしっすよー」
疾風と追風の無線越しの謎の小芝居を見つつ、何となく皆で和む。
戦闘を前にこの緊張感の無さ……なんだかんだで、この娘達の強さの秘密を垣間見たような気がするのですよ。
それでは、戦闘開始! なのですっ!