第二十一話「ユリちゃんの本気と書いてマジと読む」①
「あはは……ユリちゃん、お冠だね」
「……さすがに、行く先々でちょっかい出されたら、温厚なユリでも頭にくるのですよ……」
なんとなく、ストーカー工作員とか、卍マークのステルス艦。
そして、今回のなんだか良く解らない潜行艦……この辺が全部つながってるような気がするのですよ。
ユリだけならともかく、お姉さまやアキちゃんまで巻き込んで……そろそろ、いい加減、許さないのですっ!
「話聞いてるだけでも、色々大変だったみたいだからね。ところでユリちゃん……ロンギヌスの基幹AIから、ユリちゃんに指揮権移譲の提案が来てるんだけど……どういう事なんだろ? これ」
ああ、やっぱりそうなっちゃったか。
戦闘可能性があるとなると、現状だとロンギヌスは正規の艦長が不在だから、責任の所在がはっきりしないでは済まされない……少なくともAI達にとっては、これは極めて重要な問題なのですよ。
一応、今のロンギヌスの艦長代行ってなってる人もいるんだけど。
その人は、第二種艦長資格所持者……。
第二種ってのは、要するに民間船向けの資格で、一般的に艦長資格といえば、これを指す。
平時向けの二種でも、相応の権限はあるので、基本的に撃たれてから撃ち返す、自衛戦闘での戦闘命令を下す権限はあるんだけど。
撃たれる前に撃つ……積極的な能動戦闘を命じる権限はない。
そこまで行くとそれはもう、立派な軍事行動とみなされるのですよ。
その手のガチな戦闘行為を前程とするとなると、軍関係者のみに所得資格があり、戦闘艦艇の指揮が許される第一種艦長資格が必要となる。
単に護衛される側ってだけなら、第二種でも問題ないんだけど。
今の状況は、敵がグレーと言う微妙な状況でありながら、最悪、やらなきゃやられる……そう言う状況でもあるのですよ。
AI側としては、こう言う二律背反的な状況は、もっとも苦手とする状況でもあるのですよ。
そうなってくると、ロンギヌス艦内にいる第一種艦長資格所持者……つまり、ユリに白羽の矢を立てるのは当然の流れなのです……。
「さすがに、これはお姉さまに確認するのです……。不正アクセスの件は、大人しく白状するのですよ……非常事態対応行動って言えば許してもらえるかなぁ……」
「……そだね。これ……思った以上の非常事態だよ……。ロンギヌスの各AI群はすでに戦争状態だって認識してるみたいだし、夕凪ちゃんとリンクしてるから解るんだけど、彼女達も相当焦ってる。なんで、こんな事になったんだろ。普通にユリちゃんのメンテに出向いて、終わったらストレートに帰るってだけだって聞いてたのに……」
「ごめん、アキちゃん……思いっきり、巻き込んじゃったね」
「んーん、気にしなーい。エリコさんに無理言って、ついてきたのはアキの方だしね。それに、強化人間なら戦場に出ることだって、いつか通る道……こんなの全然平気だよっ!」
いやいや、アキちゃん無理してるって。
……リアルのユリの手を握るアキちゃんの手がさっきから、ずっと震えっぱなしだってこと、知ってる。
普通の人間より強くて、様々な特殊能力を持った強化人間と言っても、そのメンタルは所詮、十代の高校生……世間一般では子供扱いされる程度なのですよ。
本格的な実戦経験なんて、ユリも含めて誰もない……。
そんな新兵同然の状態で、命の危険にある戦場にいる……なんて、自覚したら、普通は怖い。
ユリだって、一人だったら怖くて泣いてたかも知れない。
でも、このロンギヌスは、大勢のエスクロンの社員が乗ってるし、アキちゃんやお姉さまは、ユリにとってはとっても大事な人……皆、本格的なエーテル空間の戦闘なんて経験ないだろうから、多分怖がってる。
ここは、もう戦場……それについてはもう間違いない。
……にも関わらず、ユリは……以外なほど落ち着いてる。
さっきまでは、怖いって思ってたけど……アキちゃんが震えてるのに気付いたら、怖くなくなった。
考えてみれば、ユリは元々戦闘用強化人間。
誰かに守られるんじゃなくて、誰かを守るため……戦うのがお仕事なのですよ。
そして、それからはどうあっても逃げられない……。
ノブリス・オブリージュ……能力あるもの、立場あるものは、率先してリスクを負うべき。
エスクロンでは美徳とされる考え方なのですよ。
「お姉さま、状況はモニターしてますか? ごめんなさい、色々勝手な事やらかしちゃってます!」
お姉さまのパーソナル端末をコールするなり、平謝り。
……まぁ、怒られても文句は言えないね。
けど、返事が返って来ない。
その代わりに、スーハーと言う深呼吸でもしてるかのような音が聞こえる。
「……ふぅー。あ、ユリちゃん、待たせてごめんね……落ち着こうと思って、深呼吸してたのよっ! いやぁ、参ったっ! こんな時に限って、この私が現場序列最上級者だなんてねぇ……エスクロン宇宙軍の技術大佐なんて御大層な階級、給料上がるなんて言われて喜んでたけど、とんだ貧乏くじよ。でもまぁ、幸い……って言っていいか微妙だけど、戦場、最前線ってのも別に初めてじゃないしね! ああ、こんなことだったら、ユリちゃんを見習って、私も艦長資格なり、戦闘指揮官資格でも取っとけばよかったわ」
余裕ありげなお姉さまの様子に、肩の力が抜ける。
「そういえば、お姉さまはそうでしたね……。あの時はユリもとっても心配したのですよ」
実弾演習の後方監督役だって聞いてたのに、実況中継見てたら、我々の目の前で戦争が始まりました……とか始まって……。
家で一緒に中継見てたお父さんが動揺して、飲んでたお茶ぶち撒いちゃって……あんなの、さすがに始めて見たっけなぁ……。
「うふふ……その節は、ご心配おかけしました。その様子だと、ユリちゃんも大丈夫みたいね。うんうん、クスノキ家の女ってのは、皆強いのよ。まぁ、それでなくちゃね!」
「お姉さまは強いのです……。ユリも正直、とっても怖くて……だから、ついコソコソと探るような真似しちゃいました」
「気にしないっ! 怖いのはお互い様よ……。私もさっきまで膝が笑ってたんだけどね。ユリちゃんの声聞いたら、震えてる場合かってなってさ! なんと言っても、私はクスノキ家の長女だからね! 妹が私の背中を見てるってのなら、姉としてはここは踏ん張りどころ……なんか、勇気をもらっちゃった感じよ」
不敵に笑うお姉さま。
けど、その言葉にお姉さまも恐怖と戦ってたのだと知る。
多分、言葉の一つ一つがある種の自己暗示となってる……そう言うセルフマインドコントロールの術も、上級社員教育の一環として行われてるって聞いてる。
けど、ユリの存在が、恐怖を振り払う一助となれたなら、それは心から嬉しく思える話だった。
「さすがは、お姉さまなのですよ。それと……電子侵入の件は、アキちゃんは悪くないのです。ユリが焚き付けたようなものなのですよ……」
「ああ、実はそれ、こっちでは一切問題にはなってないのよ。ユリちゃん達の一連の行動はこっちでもモニターしてたんだけど、あなた達強化人間の子が自発的にやる事に関しては、敢えて口出しするなってCEOからの事前指示が出てたのよ……。いやはや、アキちゃんだっけ? 貴女、スゴイのね……スターシスターズのシステム周りって、銀河連合軍でも極秘扱いの上に、厳重なプロテクトがかかってて、頭脳体の同意無しでの遠隔侵入なんて無理筋って言われてたのに……」
「わ、私ですか! いえ、さ、最新のインターセプターシステムのおかげじゃないですかね……。それに夕凪はエスクロンのシステムとも接続していた経緯もあって、エスクロン規格の通信ポートが開きっぱなしだったんですよ……それで……」
うん、外部通信ポートの閉め忘れ……なんて言う、割と初歩的なポカで、夕凪は電子侵入を許してしまったようなものなのですよ……。
とはいえ、黒船はハッキングなんて仕掛けてこないから、想定外だったんだろうなぁ……。
「謙遜しない……本社側でも、アキちゃんの評価が爆上げになってると思うよ。祥鳳もこの件については、不問にするって言ってきてるし、二人の行動は事実上、本社公認だから、現状お咎め無し……まず、聞きたいのは、このへんだったかしら?」
要するに、お姉さま……気付いてて、黙認してたらしい。
本社やCEOも絡んでるとなると……ユリ達がこの状況に際して、自発的に動くのも、想定の範囲内……どうも、そう言うことらしい。
なんとなく、コレ……強化人間の実戦投入テスト……のような気もしないでもないけど、どうなんだろ?
多分、お姉さまは何も知らされてないし、潜行艦の襲撃もどう見ても、偶然。
むしろ、何も起きない可能性もあった。
実際問題、エスクロンの動きは考えうる限り、最速の対応と言える。
なにせ、昨日の今日でロンギヌスがクオン中継港に到着とか……普通はあり得ないんだけど、エスクロンって割と即断即決で、色んな物は後からでいいじゃんって風潮がある。
戦争ふっかける時もこんな調子なので、相手は訳の解らないうちに負ける……エスクロンを敵に回すと、大抵不幸になるとか、言われてるのも納得なのですよ。
とにかく、エスクロン側の対応は非常識レベルの迅速さ。
にも関わらず、敵はこちらの動きに呼応して来た……この時点で、相当ハイレベルな敵なのですよ。
もっとも、さすがにその対応は結構泥縄で、割と解りやすい反応を見せてくれた。
エスクロンとしては、こそこそ忍んでた敵がわざわざ顔だして、喧嘩売ってきたような状況。
平和主義に染められてる銀河連合評議会に頭を抑えられてる状況でも、そう言う事なら、堂々と戦える。
いくらか想定外もあるだろうけど、一応御膳立は整ってると言えるのですよ。
そう、ユリはエスクロンの為に戦う戦闘強化人間なのですよっ! そろそろ、本領発揮しちゃうのです!