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第二話「ユリちゃんの夏休み」③

 とにかく、ユリ達強化人間が宇宙の戦場に投入されることは、どうやらしばらくなさそうな感じで、ユリも将来的には平和なデスクワークやら、AI達のお守り役とか、そんな感じの業務に従事することになりそうなのです。

 

 どのみち、ユリなんてエースパイロットとかには、程遠い……闘争心が薄いっ! なんて教官に怒られたりしてたからね。

 

 ユリ、誰かと競ったり、勝負事っていまいち苦手なのです。


 対戦ゲームとかだと、夢中になっていつの間にか勝ってるって感じだったりするけど。

 戦争とかに向いてるとは、思えなかったから、別にこれでいいかなって思ってる。

 

 いずれにせよ、ユリはエーテルロードの戦争なんて、ほとんど関わり合いがなかった。

 

 そもそも、エーテルロードの事も一般的には、単なる通路……街中にもある高速道路みたいなものと認識されているのですよ。


 当然、軍関係者とは言え、所詮はいち女子高生に過ぎないユリが知ってることなんて、たかが知れてるのです。

 

 エリコお姉さまは、エーテル空間の軍用技術開発という形で色々関わってるみたいなんだけど、ユリはたまにバイトと称して、お手伝いをすることがある程度……。


 まぁ……キリコ姉の状況確認も済んだし、そろそろユリも実家に帰ろうかな。


 こんな素敵な教え子さん達に囲まれてるなら、ほっといても大丈夫みたいだしね。

 

「……あの。キリコ……お姉ちゃん、色々問題ある……けど……よろしく」


 キリコお姉の生活力のなさは知ってたけど、社会人デビューしてもこの有様だとは……。

 ここはひとつも、今後もご面倒よろしくと言う意味を込めて、三つ指付いて二人に深々と頭を下げる。


「あはは、センセ……この妹ちゃんええ子やな。まったく、そんな風に頼まれちゃったら、無下には出来んな。エリー、こりゃちょくちょく、センセの様子見に来んとアカンなぁ」


「そうですね。キリコ先生って意外と生活力無いって良く解りました。妹さん……ユリコさんも心配なさらず、わたくし達におまかせを!」


「ちょっと! 二人共、なにそれっ! それじゃ、あたしがほっとくと干からびかねないって言ってるようなもんじゃない! ユリコも少しはフォローしてよっ!」


 うん、とっても心配。

 4月から赴任して、8月までのわずか4ヶ月で、ゴミ溜めのようなお部屋を生み出したのだから。


 近所のゴミステーションは、キリコ姉の部屋から出たゴミで溢れかえってしまって、コロニー管理局から臨時ゴミ回収便が来るほどの騒ぎになってしまった。


 この姉の生活力のなさは、正直、不安どころの騒ぎじゃなかったのです。

 お父さんの懸念は正しかったのですよ!


「自覚ない時点で……やばい」


 そう言って、力いっぱい頷く。

 

 すると、何故か二人が大笑いする。

 ……なんか和んだらしかった。

 

 どこかで、チリリーンと、風鈴の音が聞こえた気がした……。

 夏の日差しというには、少し穏やかにすぎる日差し。

 

 ……穏やかな優しい……夏のひととき。

 

 とにかく、キリコ姉の教え子たちとの出会いってのは、こんな風だった。

 

 けど、彼女達が後々ユリにとって、かけがえのない友だちになる。

 この時、ユリはそんな事は夢にも思ってなかったのです。


 でも、これは彼女達との出会いと言うユリの大切な記憶。

 

 小さな……けれど、忘れ得ぬ素敵な夏の思い出……。

 

 

 それから……。

 ユリは、キリコ姉のところで、まるで甲斐甲斐しい新妻のように、身の回りの世話やらご飯やら作ったりして、お姉ちゃんにとっても感謝されつつ、のんびりと日々を過ごしていた。


 さっさと実家に帰っても良かったんだけど、キリコ姉がユリが側にいて、細々とした家のことをやってくれる生活に、すっかり味をしめて、引き止めにかかったから。


 でも、教え子の子達とは、たまに見かけても挨拶する程度にとどめていた。

 

 まがりなりにも姉妹だし、ユリはこのコロニーではとっても目立つ風貌なので、キリコ姉の教え子達も、外で買い物とかしてて、顔を見ると挨拶くらいはしてくれたのですよ。

 

 ちなみに、ユリの髪の毛はプラチナブロンドで、ロングボブ……所々に赤いのが混じってるけど、それは放熱ファイバー。


 放熱用の循環液……要するに血液が流れるようになっているので、少し太めだし、色も文字通り血のような赤……不気味と言えば不気味なんだけど、この方法が頭部の冷却には一番身体の負荷も少なく、都合が良かった。


 とにかく、骨格強化や脳強化の弊害で、身体に熱が籠もりやすいので、この手の強制冷却システムが身体のあちこちに組み込まれてる。

 

 肌も白いし、目もガラス製のカメラアイに換装済み。

 

 まぁ、普通に珍獣扱い……にもなるよねぇ……。

 ここ、身体改造者ってびっくりするほど居ない。

 

 教え子の子達とも、友達になりたいなーって思わなくもなかったけど、どうせ夏休み明けたら、ユリはエスクロンに戻る予定。


 誰かと仲良くなると、別れが悲しくなるって言うから、敢えて深入りはしなかった。


 何よりも、次々と物騒なニュースが流れるようになっていて、呑気にしてられなくなっていたってのもあった。

 

 エスクロンの社有中継港にして、銀河連合有数の艦隊、永友艦隊の母港プロクスターでの大規模テロ発生を皮切りに、エーテルロードへの謎の第三勢力の進出……。

 

 エスクロンやアドモスのような武闘派企業とクリーヴァ社の暗闘は益々激しさを増していた。

 

 ……そんなエーテルロードの戦争は、一見平和なコロニーにすら、確実に影を落としつつあった。

 

 ユリにも、遠まわしに社から帰還を促す連絡があり、そろそろエスクロンに帰ろうかなとも思い始めていたのだけど。


 エーテルロードも色々物騒になっているとかで、輸送艦や旅客船も護衛艦なしでは、危なっかしい状況となり、エスクロン行きのチケットも全然取れない……なんて状況が続いていた。


 キリコお姉は、今の上げ膳据え膳の生活にすっかり味をしめてしまって、ずっといても構わないなんて言ってくれてるけど、そうもいかない……。


 通信制教育だって、たまには学校に行かないといけないし、住民登録がエスクロン本星のままなので、各種免許の更新とか新規所得は、エスクロン本星でないと出来ない。


 そもそも、ユリのクオン滞在資格は観光ビザだから、本来は8月末までで、延長申請しても9月まで……それを過ぎたら、拘束されて強制送還されても文句言えない……要するに、ただの外国からの観光客ってことになってるのですよ。

 

 けれど、そんな8月も終わりに差し掛かったある日。


 エリコお姉さまからの衝撃的な連絡が来たことで、ユリの身の回りの環境は、激変することになったのです。

 

「はい、クスノキ……です」


 キリコ姉の部屋で、のんびりとテレビを見ていたら、部屋の通信端末にコール。

 おせんべを齧りながら、呑気に返事をする。

 

「キリコ? あ、ユリちゃんか……。あ、あのさぁ、キリコ近くにいる? 代わって欲しいんだけど」


 珍しく緊張したような声色のエリコお姉さま。


「エリコお姉さま……。キリコ姉、まだ学校……。週一の登校日……お仕事、ユリ……お留守番」


「そっかぁ、キリコって……授業中だと絶対ダイレクトコール取ってくれないのよね。夏休み期間だから、部屋にいると思ったのに……参ったなぁ、すごく急ぎの用件なのに……」


「急ぎの伝言……ユリ、言付かる」


 ユリがそう答えるとお姉さまは、何故か押し黙る。

 

 何か、思案しているようだった……なんだか、悪い予感がしてならないんだけど、それなら、尚更秘密になんてして欲しくなかった。


「……ユリちゃんには、黙っておきたかったんだけど……。ああ、もうっ……しょうがないか。いい? 落ち着いてよく聞いて、これはユリちゃんにも、関係ある話だから」


「……はい。ユリは大丈夫……なのです」


「お父さんがクリーヴァの奴らの人質にされちゃったの……。アドモスのカドワキさんやマダム・サリバンもね。奴ら、交渉の席でいきなり兵士を乱入させて銃を乱射。その場に居た全員を拘束。それだけに飽き足らず、連中、人質の家族にも狙いを付けてるらしいの……どうも、家族を人質に取って、逃げられないようにした上で都合よく利用するつもりだって話……。とても正気とは思えないわ」


「な、なんなのですか! それっ! けど、そうなると……お姉さまは、大丈夫? なのです?」


 そうなると、当然自分も危ない……って話なんだけど、ユリは自分なんかより、お姉さま達家族の方が大事なのです。


「私は、本社のガチガチのセキュリティに囲まれてるし、お母さんも一緒だから大丈夫。けど、ユリちゃん、それにキリコもなんだけど……二人のところまでは、すぐには手が回らないみたいなの。でも、幸いそこは独立コロニー国家。そこから動かない限りはまず安全だから、悪いけどしばらく、そっちにいて! いい、エスクロンに戻ってこようなんて思わないで!」


「……ユ、ユリ……そろそろ、引き上げようと……思ってたし……お姉さま達も心配……だから」


「駄目っ! 今、エーテルロードのあちこちで、クリーヴァ社の得体のしれない戦闘艦隊と銀河連合の艦隊が派手に戦闘してるらしいの。民間航路は連合議会通達で完全に停止中なの。もうエーテルロードはどこもかしこも大騒ぎになってるから、どのみち、しばらくそこから動けないと思う……あ、ごめん! キリコから連絡来た……とりあえず、じきにうちのセキュリティ部門がそっちの守りを固めてくれるし、学校もキリコのとこにでも通えるようにしとくわ。滞在資格なんかもなんとでもなるから、ユリちゃんは何も心配しなくていい。じゃ、いったん切るわね。また連絡するからっ!」


 ……それだけ言い残して、エリコお姉さまからの通話は切れてしまった。

 

 お父さんが、とっても危ない状況にいる……それだけは解った。

 TVのニュースでは、さっきまでクリーヴァとの交渉中継なんてのをやってて、チャンネルあわせてたんだけど、それも中断して、しばらくお待ち下さいなんて表示されてる。

 

 ……なんだか、大騒ぎになりつつあるってのは、ユリにもわかったのです!

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