第十九話「電脳妖精秋葉ちゃん」③
「アキちゃん、いらっしゃーい! 暇だったから、嬉しいっ! あ、お姉さまは?」
「それが……新型の戦闘機関係で色々やることが残ってるとかで、忙しそうにしてまして……。ユリちゃん、最終キャリブレーション作業中で、暇してるだろうから、相手するようにって、頼まれちゃいました」
なるほど、お姉さまに気遣われちゃったらしい。
さすが、解ってる……。
人と話すのが苦手なユリでも、アキちゃんとならオンラインでデータによる意思疎通が可能。
何も言わずとも、お互い手を差し出して、ギュッと握りしめる。
お肌のふれあい回線オープン……。
このピアツーピア方式での、データコミュニケーションなら、身体ハードウェアに余計な負荷もかけないし、こう言うときのお話相手としてはアキちゃんって、最高だった。
アキちゃんとコネクト……相互データコミュニケーションモードに入るなり、割と問答無用で、意識がVR環境へと引き込まれ、辺りの風景がアキちゃんの構築したVR環境へと成り代わっていく。
いつもは、背景もお互いの姿も見えないデータコネクトモードでの非言語コミュニケーションなんだけど、今回はいつもと違って、まるでVRゲームにでもログインしたときみたいな感じ。
「わっ! セルフVR環境構築とかすごいっ! どうなってるの……これ!」
「うふふ……。こないだの定期アップデートで、実装された新型相互コミュニケーションシステムだよ。ユリちゃんにも、今回のアップデートで実装されたから、ユリちゃんの演算力もちょっと拝借させてもらってるよ。おかげで、今日はお部屋もちょっと広く取れたよ」
ああ、強化人間の基幹システムアップデートで、このピアツーピア方式のVR環境構築機能も実装されたんだ。
そういや、事前のアップデートリストにも入ってたね。
「……さすがに、ユリも一人でこんなVR環境構築とかやったことないのですよ!」
VRサーバーにログインする形式でなら、経験あるけど。
さすがに、自分達で構築したVR世界にセルフダイブって経験はない。
と言うか、自前の能力だけでこんな真似が出来るようになったんだ……。
やっぱり、ユリ達第三世代って進んでるんだねぇ……。
「まだまだ、自力だけだと、三畳一間くらいの狭い部屋しか作れないし、自前VR環境構築っても、こう言う使い方くらいしか思いつかないんだけどね……。とりあえず、スターシスターズの頭脳体も似たような方法でデータ共有とかやってるみたいだから、私達もやってみようって事で提案して、実装してみた感じなんだよね……」
セルフVR環境……傍から見ると双方無言で手をつないで、ぼけーっとしてるように見えるけど、直接接触による大容量回線で、双方の演算力を合算して、クローズドVR空間を構築する。
確かに、有用な使い方ってなると、まだまだ全然狭すぎて微妙……。
専用のVRサーバーに比べると、全然物足りない。
でも、VR空間なら、食べ物や飲み物の疑似味覚くらいは体験できるから、さっそくお茶会モード。
テーブルと椅子を用意して、ユリも患者服とか嫌だったから、いつもの学校の制服を実装して、お着替え変身!
「うりゃーっ! へーんしーんっ!」
「……おお、ブレザー! それ学校の制服だよね! なんだかユリちゃん、そんな格好してると、とっても女子高校生っぽいね!」
「だって、女子高校生なんだもーんっ! とりあえず、暇だったし、こんな機能が実装されたんなら、早速VR女子会しよっ! えへへ……こう言うの一度やってみたかったんだ!」
テーブルや椅子も自由自在……モノは、こないだ連れてってもらったスイーツレストランの丸テーブルを拝借。
アキちゃんと向かい合わせて座ると、気分はカフェテリア!
「ふふっ、イイね……確かに、こう言う使い方は悪くないね。あ、お茶でも飲まない? VRだから、あくまで気分ってとこだけど……」
「……ユリ、お腹空いてるのです……。うん、おせんべ美味しいっ! アキちゃんもどうぞっ!」
VR空間で、自前構築なら、文字通りなんでもありって思ったけど、ホントに何でもありだった。
テーブルの上に壊れおせんべを構築……早速、バリボリ食べてみる。
うん、ちゃんと再現できてる……歯ごたえや食感、香ばしいお米の風味、甘じょっぱい醤油味、やっぱ美味しいっ!
そして、おせんべと言えば、玄米茶!
急須を構築して、湯呑を2つ用意して、タァーっとお茶を注いで、一つは自分、もう一つはアキちゃんへ!
「粗茶ですが……どうぞ」
「お気遣いありがと。VRだから、食べた気になるってだけなんだけどね。でも、おせんべってこんなだっけ? すっごく香ばしくて、歯ごたえあって、美味しいっ!」
「クオンって、こう言うお菓子とかは美味しいのですよ。なるべく、自給自足での食料供給目指してるんだとかで……。ちなみにそのおせんべは、壊れせんべいって言って、製造中に割れちゃったりしたのを格安で売ってるヤツなのですよ。原材料は合成デンプンらしいけど、製法は古来から伝統の手作りだとかで、コダワリの美味しさなのです」
「……へぇ、確かに美味しいっ! こうなると、本物も食べてみたくなっちゃうなぁ……」
ちなみに、このVRおせんべは、ユリが前に食べたおせんべの記憶を元に再現、アキちゃんと共有してる感じ。
こんな感じで体験記憶のアップロード共有なんてのは、さすがに同一規格の強化人間同士しか出来ない芸当なんだけど、こう言う事ができるから、強化人間同士ってのはとっても仲がいい。
嫌なことも良いことも皆、共有できるから……他人事が他人事じゃなくなるこの感覚は、普通の人間にはちょっと理解できないと思う……。
だから、ユリ達強化人間同士の結束は、血よりも濃い……なんて言われてたりもするし、実際そんなもんだったりする。
もっとも、男の子も大勢いるにも関わらず、強化人間同士の浮ついた話ってあんまり聞かないんだよねー。
皆、基本的に真面目なんだよね……ちなみに、この自前VR……双方の演算力だけで構築してるピアツーピア方式VRだから、AIによるハラスメント規制とかも、かからないから、現実で出来るようなことは、なんだって再現出来る……。
例えば、エッチなことだって……やろうと思えば出来ると思う。
でも、そう言う経験ってさっぱりないし、アキちゃんとそう言うのはさすがに……ねぇ。
何人かの男の子のお仲間の顔を思い浮かべても、あんまり想像できない。
結論、ハイテクをえっちなことに使うのは、よくないのです!
「クオン星系かぁ……意外といいところみたいだね」
さすがに、何考えてたかとかアキちゃんには言えない。
うーん、なんかユリもマリネさんとかに変な影響受けてるっぽいなぁ……。
「コロニー生活とか、ちょっと窮屈なんだけどね。そのかわり、開発中の惑星に降下して、キャンプとか流行ってるのですよ。あ、昨日行ってきたばかりなんで、映像記憶データとか見てみる?」
「見たいー! と言うか、惑星降下キャンプって……なんだか物凄く無駄が多そうだけど、なんとも面白そうなことしてるんだね」
アキちゃんも興味津々って感じなんで、早速地上の風景とか、キャンプでの記憶映像データの切り取り映像を見せると、アキちゃんもとっても興味深げ。
当然ながら、ユリが見聞きしたことの再現だって、簡単にできちゃう……言ってみれば、記憶の共有ってところかな。
VRだと、生圧縮データを映像化するようなデゴード過程が入らないから、映像共有もとっても気楽に出来るね。
「なんだか、とっても楽しそだね。いいなぁ……こう言うのも憧れるよ」
「楽しかったよー。それに美味しいのいっぱい食べれたし、親切な男の人達とお話だってしたよ。ちょっと待ってね……詳細記憶データから、このお部屋に再現して見るから」
映像記憶データをもとにVR空間が再構築されていって、あたりの風景が昨日のトコロザマキャンプ場の風景へと変わっていく。