第十八話「放課後うぉーず」⑤
「ところで、第3世代強化人間の定期メンテナンスとか、お姉さまは本来、畑違いで関係ないはずなんでは? 今回はどう言うご用向きで同行できたんです?」
素朴な疑問だったので、訪ねてみる。
エリコお姉さまが一緒って話は、はっきり言って、全然聞いてなかったので、ユリもサプライズ状態だったのですよ。
「ああ、私の方は別件扱いなのよ。そもそも、家族に会いに来るのに理由なんていらないでしょ? 社の上層部にもちゃんと申請して、正式に許可もらって、ロンギヌスの試験航行ついでに寄り道するって事にさせてもらったのよ。まぁ、かなりドタバタだったんだけどね……。私としては、一応、ゼロ・スナイパーの最終実戦仕様での、ユリちゃんのダイレクト操縦でのフライトデータが欲しいってのもあったけど。その辺はユリちゃん次第だし、あくまでついで……。やってもらえたら、すごく助かるのは確かだけど、強制はしたくないわね」
「ユリは、お姉さまの言う事なら、何でも聞くのですよ。よろこんで、お手伝いしますよ」
「ユリちゃんは、相変わらずよね……ホント、そう言うところ、大好き。それと、あんまり言いたくないけど、強化人間計画を主導してる第七課の連中のお目付け役……でもあるのよ。と言うか、第七課ってちょっと問題ありすぎるって話になってるのよ。すでに、監査が入ってて、七課の重役や主任クラスが、何人も処分されてたりするのよね」
問題あり……。
確かに、ユリ達から見て、第七課の人達ってあんまりいい印象ないんだけど、そんなことになってるんだ。
「ユリは、そもそも計画から外されたのでは? しばらく、遊んでていいよって、その七課から通達があったのですけど」
少なくとも、高校卒業までは、強化人間としての訓練や教育課程から外されることになってるし、将来的にも実戦に関わる機会なんてなくなった……そんな風に聞いてた。
もっとも、これは社の方針自体が、通常宇宙空間戦闘とかよりも、エーテル空間の安全確保と、宇宙戦争の勝利に貢献すること……つまり、銀河連合軍のバックアップに持てるリソースを最大限投入すると言う方針に変わったからってのは、想像に難くないんだけど……。
いかんせん、ユリは宇宙空間戦闘を想定した強化人間だから、エーテル空間での戦闘とか想定外。
お役御免ってのは、致し方無いと思う……せめて、どっかでお役に立ちたいんだけどなぁ……。
「ここだけの話、そこら辺は、あくまで表向き……なのよね。七課としては、ユリコがクリーヴァの関係者から、直に狙われたって時点で、即時回収って意向なんだけど。まず第三課は反対を表明……こっちは敵のあぶり出し、それとクオンへの影響力強化の足がかりになるって……。要はプロパガンダ戦の一環ってことで、感心できた理由じゃない」
表向きって? お姉さまの話だと事情がよく解んないんだけど。
それに……あの海賊船のこと? クリーヴァの関係者って……ユリが直に狙われたって?
ああ、でも確かにクリーヴァ社が自分達の平和目的艦艇だとか、変なこと言い出してたって言ってたっけ。
「……お姉さま、何のお話で? クリーヴァに狙われたって……」
「ごめん。そっか……ユリにはまだ話が行ってなかったんだ。もし必要なら正式に伝えられると思うから、一旦忘れて。とにかく、いずれにせよ、私やお母さん、キリコも全員一致でこのまま、クオンで生活させたいって思ってるの。なにせ、このところのユリコの思考・行動パターンの変化。私も色々報告受けてるけど、物凄くいい方向で劇的に変化してるのよ……自分でも気づいてる?」
……むぅ、そう言うことなんだね。
聞いちゃいけない系の話……なら、さっさと忘れる。
ユリの立場もなかなか、難しいってのも解らないでもない。
多分、この感じだと水面下で色々動いてるっぽい……そもそも、こんなロンギヌスを急派して、ユリのメンテだけとかあり得ないし……おそらく、ついでに色々と仕込みをやってくんじゃないかなあ……。
ユリは……プロパガンダ戦のデコイ役? 親善留学生ってのは、事実だし、誰かが派手に耳目を集めて、その裏で工作が進められていく……諜報戦のセオリーと言えばセオリーなのです。
でもまぁ、あれこれ難しく考えずに、普通に学校生活、愉しめば良いのかな?
そう言う事なら、今の時点で十分楽しんでるのですよ……。
「……良く解らないのですよ。けど、学校……とっても楽しいのですよ?」
他人とちゃんとお話が出来るようになったってのは、確かに凄く大きい進歩なのですよ。
学校も……皆と一緒ってのも、最初の頃と比べたら、すごく楽しい……しばらく、お休みなのが残念でならない。
さっきもマリネさん、クラスメイト何人かで顔を並べて、お大事にねーなんてやってる、ムービーメールが届いてたし……。
このまま、エスクロンに帰ってこいって言われたら……社命なら、仕方ないけど……多分、泣いちゃう……。
「そう思ってるなら、やっぱりいい傾向なのよね。そんな訳で、本国回収の話は取り下げさせたから、高校卒業までクオンで、お友達と一緒に気楽に過ごすといいわ。それに、どう言う訳か、日和見のCEOまでが後押ししてくれて、むしろ、ユリコの周辺安全の強化の為のスタッフ派遣と、自己防衛システムのアップデートで対応するって決定が下ったの。その為のユリコ自身の改修強化も今回クオンまで、ロンギヌスを引っ張ってきた理由の一つなのよ」
「……うわ、そうなるとまた、ユリコ……バラバラにされるのです?」
強化人間のハードウェア改修って要するにそう言う事。
怪我とかしてもある程度はナノマシン補修で対応できるんだけど。
重度の損傷とかで、パーツ交換とか大幅改修が必要となると、割とエラいことになる。
具体的には、生首状態にされた上で、体中をいじくられるのを眺めるって感じ……。
もちろん、痛いのとかはないし、生命維持システムは外部供給されるから、首だけになってても死んじゃったりとかは、しないんだけど……。
首から上の感覚しか無くなって、身体が無くなるって感覚は、あんまり気持ちのいいものじゃない。
ちなみに、ユリは脳以外の殆どを機械や人工臓器に置き換えてるフルボディと呼ばれる改造体だったりする。
エスクロン以外だと、むしろロボット扱いされるくらいには、派手に置き換えてるけど、強化人間って基本的にそんな調子。
宇宙空間戦闘を想定すると、人間がむしろ脆すぎるってのは、昔から言われてたこと。
換装率は、第1世代は四割くらい、第2世代型でも六割位だったのを、ユリ達、第3世代型はもう八割がた機械や人工臓器に置き換えてる。
高重力環境や高濃度放射線……高熱、極低温環境はもちろん、低酸素環境どころか、真空中でも、フルスペックモードだと、割と問題なく活動できるようになっている。
人間の素の臓器や身体構造では、宇宙環境では、脆弱に過ぎる。
そう言う環境での戦闘や、無人兵器の指揮ユニット……それら任務を遂行するに足りうる高度演算能力や高い戦闘能力を持つ、社の次世代を担う最高精鋭……それがユリ達、強化人間。
ユリの場合、子供の頃、宇宙ステーション滞在中の重力事故で身体の殆どを損傷して、人工臓器やら人工肢体に置き換えてたし、強化人間計画も軍用の最新鋭ハイエンドボディが支給される上に、メンテナンス費用とかが全額、社から生涯補助が出るからって、自分から志願した。
なにせ、不自由な身体を中途半端に義体で補った状態で生きるか、強化人間として自由に動かせる身体を手に入れるかの二択……家族からは反対されたけど、私自身には、迷う理由はなかった。
どうもクスノキの一族から、強化人間候補者を出す話になってたらしく、同じクスノキ一族の人達からは手厚くお礼を言われたらしいけど……別にお礼を言われるようなことかなぁって思う。
さすがに、フルボディ強化体だと、赤ちゃんを普通に授かるとかは無理なんだけど。
今どきは遺伝子合成でデザイナーベイビーとか作れちゃうし、お嫁さんになるって夢だって、叶えられなくもない……ご飯とかも普通に食べられるし、ソフトスキン仕様だから、外観上は普通の人とほとんど一緒。
一般的に思われるような機械化人間の悲哀とか、ユリはあんまり感じてないのですよ。
「まぁ、全面改修とまではいかないから、そこまではやらないと思うわよ。新型のナノマシン統率制御システムとか、ハードウェアハッキングシステムの増強とか、新規格接続ポートの増設だって聞いてる……どっちかと言うと、メンテ間隔を長く取れるようにって、消耗パーツのクオリティをあげるとかそう言うのがメインみたいよ。一応、クオン側との協定があるから、戦闘兵器扱いされるほどあまり派手にはできないし、学校も何日も休みたくないでしょ?」
「皆には、早ければ明日には帰れるかもって言ってきたのです……」
「うーん、明日は……無理かな。多分、二泊三日は最低かかるから、そこら辺は……キリコから伝えさせるって事で勘弁して」
まぁ……ハードウェア換装となると、その後、慣らしと調整。
やっぱり、丸一日はかかるかなー。
メンテ明けで、身体が馴染んで本調子になるまでは、一週間……今週いっぱいは、大人しくしてよっと。
でも、ダイエットもしないとだし……皆も、多分一緒だから、今頃ダイエット企画とかしてたりするかも……?
ちなみに、身体が馴染むまで想定される問題としては、階段踏み外したり、なにもない所でコケたりするようになったり、壁にゴツンって引っかかったりするようになる……。
なんと言うか、視覚情報と命令伝達と身体の動きが、それぞれ微妙にズレたような感じになるので、何かにつけてドジっ子みたいになるんだよね……。
でも、本来なら、一週間くらいラボで24時間管理下に置かれて、リハビリと調整繰り返す事になるのを考えると、二泊三日で帰してくれるってのは超スピード対応。
文句を言えた義理でもないから、そこは妥協……かな。