第十七話「クローズドサンセット」①
夕日が沈もうとする中。
何となく、皆で集まってそれをぼんやりと見る。
もう皆、ご飯は無理……でも、美味しかった。
残るかと思ったけど、さすがに男の人がいっぱい居たから、綺麗に無くなった。
夜食はカップラーメンでも食べればいいし、朝ごはんは別に作る予定。
なお、色々相談した結果、朝ごはんはエリーさんとリオさんがオシャレなフレンチトーストを作ってくれるらしい。
ユリ達は、食休みってことでキャンプ椅子に座ったり、寝転がったりして、めいめいに空を見上げてる。
遥か上空を飛ぶ、降下艇が飛行機雲を棚引かせ、小さなうろこ雲の群れが夕日を浴びて、幻想的な彩りを醸し出していた。
「……何とも綺麗やなぁ……」
「ですわね……。わたくし達……こんなの見るのって、初めてじゃないですかね。夕日って言うんですよね?」
ああそうか。
コロニーでも一応、ドームガラスに調光をかけて、夕方や早朝の演出はやってたけど。
惑星……それも地上でないとこう言う光景は見れない。
宇宙じゃ、夜も昼もないから。
宇宙に居ると、ついつい忘れがちだけど、昼と夜の間の一瞬の時間。
黄昏時とも言う幻想的な一日の終り。
これは、惑星の……地上でないと見れない光景のひとつだった。
「……エスクロンでも、こんな見事な夕焼けはあんまり見れないですよ」
エスクロンって、海がほとんどなだけに、水蒸気や雲が多いから、雲ひとつ無い青空って滅多に無い。
むしろ、恒星のスペクトルの関係で夕焼けって言うより、徐々に空が全体的に黄色っぽくなって、何となく暗くなっていくって感じになる。
ユリの知ってる夕焼けは、赤って言うよりも、赤紫って感じなのですよ……。
ここは、恒星スペクトルが地球に近い関係で、空の色は割と地球に近いって話なのだけど、見応えある。
「写真やムービーで見たことはありますけどね。生で見ると凄いですね……山の方には、雲がかかってるけど、夕日が反射してすごい綺麗……」
冴さんも呆然とした感じで呟いてる。
リオさんやマリネさんも言葉が出ないって感じ。
「これからが本番なのですよ」
うん、宇宙の空とは一味違う地上の星空。
皆にも見て欲しい。
お兄さんたちも、気を使ってくれてるらしく、遠くの自分たちのキャンプ地で、無言でビールジョッキでお酒飲んだりしてる。
口出しとか解説なんて、野暮だって解ってるっぽい。
大人なのですよ。
なので、ユリもここからは黙ってみてるのです。
はるか遠い空の色。
夕焼け色に染まる空。
暗闇がやがて、東の空からゆっくりと天上を覆い尽くしていく。
そして、ぽつりぽつりと浮かび上がる瞬く星空。
……ああ、いい夕焼けだった。
それに空気が澄んでるからたちまち、満点の星空に変わっていく。
宇宙では星は瞬かない。
このチラチラと揺らめくような星のあかりは、地上ならではのもの。
私達、星の時代の住民でも、こんな星空を見ているとやっぱり、地上世界の住民なのだと、感じさせる。
ああ、世界はこんなにも広く……美しい。
同時に気温も一気に下がりだすんだけど。
敢えて演出のために消してた焚き火に再点火。
「……あったまるのですよ……」
焚き火に手をかざすユリを見て、皆慌てて上着を着ると、バタバタとキャンプ椅子を引きずって、焚き火の前に集まってくる。
「……あかん、あかん……。思わず見とれてもうて、寒さも忘れかけとったわ。なんや、いきなり寒うなったなぁ」
「ですね……。言われたとおりに防寒具用意してたんですけど、これは正解です。と言うか、何なんですか……この冷蔵庫みたいな寒さは……温度調整おかしいんじゃないですか?」
冴さんが変なこと言ってるけど……。
コロニー環境は10度以下には下げたこと無いから、この程度の寒さでも未知の領域。
マリネさんやリオさんも寒そうにしてる……特にマリネさん……思いっきりナマ足だから、物凄く寒そう。
「今はこれでも7度くらいなのです。最低気温予想は、マイナス8度……めっちゃ寒いのですよ。マリネさんも下、なんか履いた方が良いのです」
「そ、そう? 確かに足元の冷えがヤバイって思ってた! リオっち、お着替えしない?」
「そ、そだねっ! 夜になったら、制服着て無くてもいいんだよね? とりあえず、足元がスースーしてヤバイ!」
こう言う空気が澄んでるところって、放射冷却効果で物凄く冷え込む。
エスクロンは全般的に湿度高いから、寒さも若干マイルドなんだけど、クオンは空気は乾燥気味。
体感温度は、相当低く感じる。
マリネさんとリオさんがバタバタとテントに引っ込んでって、制服から防寒服に着替え始めてる。
……でも、なんだかシルエット見えてて……どうなんだろ。
冴さんは……発熱素材のストッキングに長袖シャツの上に制服着込んで、割とバッチリ。
先輩二人も、ちゃんと前回の教訓を生かして、防寒対策は万全。
ちなみに、一応キリコ姉に部活動中の制服、ジャージ縛りについて、確認したけど。
日が暮れたら、問題ないって言質はもらってる。
何故なら、学校は夜時間になったら無人になって、いわゆる営業終了状態となる。
……生徒に対して、保護責任もないし、義務もない。
なので、学校公式の部活動でも夜になったら、服装なんかも好きにしていい。
……とまぁ、そんな理屈らしい。
って言うか、夜時間帯は皆、家に引っ込むってのがクオンの常識。
もっとも、キリコ姉には、それ以前の問題で、地上活動で制服着てろとか、ナンセンスだって笑い飛ばされた。
ユリもそう思うのです。
そもそも、惑星の地上環境とかコロニーみたいに制御されてるものじゃないから、服装とか装備を駆使して人間側が環境に適応する……当たり前の感覚なんだけど、コロニー生まれにはなかなか理解されない。
クラスメートの三人だって、半ば無理やり買わせたり、ユリの持ってた発熱素材ストッキングの予備を押し付けたりした。
先輩達は、体験しないと解らないって言ってたけど、実際三人は、寒いって感覚が良く解ってなくて、最低限の肌着や防風用の上着程度を持たすのがやっとだった。
さすがに、それだけじゃ厳しそうだったんだけど。
ふかふかなブランケットや毛糸の帽子……マフラーなんかがあるから、そのへんを渡しとく。
ちなみに、これらもやっぱり、お兄さんたちの差し入れ。
夜は冷えるから、良かったら使って……とか言って、色々置いていってくれた。
一年生の服装……可愛い制服なんだけど、それだと厳しいって解ってて、差し入れしてくれた辺り、やっぱりあの人達って手慣れてるんだなぁと。
屋外用のストーブやら、テント用の暖房も置いていってくれてるあたり、気を使ってくれたのは確かみたい。
防寒装備が足りてない三人も、ふかふかブランケットにモコモコ帽子であったかそう。
テント村のお兄さんたちは……手慣れてるようで、昼間は半袖Tシャツとかの人も居たけど、今は防寒具装備ばっちりで、あちこちで焚き火を焚いたり、暖房付きのテントとかもチラホラある。
色々気を使ってくれてるみたいで、騒いだりもしないで、時々こっちを見ながら、向こうは向こうで対戦ゲームとかやってたり、カードゲームとか麻雀とかやってたりして、それなりに楽しそう。
よく見ると、お酒入ったりしてるみたいだけど、そこら辺は、さすが大人。
ユリは、あと4年は経たないと駄目。
お酒飲んでいいのは、20歳過ぎてから。
これは銀河連合条例で決まってることなのですよ?