第二話「ユリちゃんの夏休み」①
西暦2671年8月。
ユリこと、クスノキ・ユリコは夏休みを利用して、キリコ姉の住むクオン星系に遊びに来ていたのですよ。
実際のところは、長い夏休みで取り急ぎやることも無くなって、とっても暇を弄ばしてたし、だらし姉そのもののキリコ姉を案じたお父さんから、様子見に行ってこいと言われたってのもある。
お父さんから、少なくない額のお小遣いをせしめたので、要するにアルバイトみたいなもんなのです。
コンビニでいらっしゃませーとか、やれたら良いんだけど……コミュ障なユリでも出来るバイトって意外と少ないので、こう言う臨時収入はホントにありがたいのです。
おかげで、新型VRゲーム機「ファイナルステーションVR4サイバーコネクトエディション」が買えました。
ゴーグル式の脳波同期式じゃなくて、サイバーコネクト直結のダイレクトネットワークダイブ式のエスクロン限定販売の最新型。
データリンク速度やレスポンスが段違いのはずなので、ちょっと色々捗りまくり。
筐体がちょっと大きめだから、実家に置いてくるしかなかったんだけど……帰ったら、夏休みの残り目一杯使って、VRゲーム漬けで楽しめると思うと、もうワクワクなのです。
キリコ姉は、辺境の開発中星系クオンの……惑星環境開発が終わるまでの一時居住コロニーの私立高校の先生をやってるのですよ。
あの暴力魔人で、がさつそのもののキリコ姉が教育者とか、何かの間違いだと思ったくらいだったのだけど、仕事自体は特に問題も起こさずに、真面目に勤務しているようだった。
なにせ、学校関係者がネット発信してる情報を見ても、悪評なんて全然ない。
キリコ先生大好きっ! とか、キリコ先生ありがとうとか、そんな調子で、生徒達の作った応援ページなんてのまである始末で、なんかとっても人気者っぽかった。
あのキリコ姉が教育者として、尊敬されて、慕われてるなんて……。
妹としてはとっても複雑……なぜ、その素質を実の妹たるユリに向けなかったの? って思う。
もっとも、所詮はだらし姉。
モノの見事に汚部屋になっていた部屋は、お父さんの懸念したとおりだった。
キリコ姉は、これでも何処に何があるかは解ってるし、効率的な配置になってるだの、色々と言い訳を並べてくれたけど。
つべこべ言わず、片付けろと言う事で、キリコ姉が頑張って……というより、途中から遊びに来たキリコ姉の教え子達が手伝ってくれたおかげで、思ったより早く終わった。
「……お姉……ちゃん……お礼……言えっ!」
ユリと教え子さんが、お掃除と片付けに四苦八苦してる中、一人で休憩とか言って、喫煙ボックスでくつろいでたお姉をちょっとプンスカしながら引きずり出して、それだけ言う。
「ん、ああ。二人共、悪かったね。こんな事に付き合わせちまって……すまん、すまん」
誰のせいでこうなったのか、全く自覚してない様子。
「良いから……頭くらい……下げるっ!」
無理やり頭を下げさせると、二人の教え子達も苦笑してた。
と言うか、ヤニ臭ーい……今どき、タバコとか……それもコロニーの中でとか、あり得ないのです。
こんな喫煙用密閉気密ボックスなんて買ってまで、タバコ吸ってたなんて信じられないっ!
いっそこんなの捨ててきたいくらいだけど、お姉が涙目になって、それだけは許してって懇願したので許した。
ちなみに、お値段100万クレジット……48回ローンで購入したとかなんとか。
もう馬鹿か、阿呆なのです……この姉。
「あはは、すまないねぇ……二人共。あたしとしては、ちょっと散らかってるけど、問題ないって思ってたんだけど。抜き打ちで妹がいきなりやってきちゃってね。もう何もかんも全部捨てるくらいの勢いで片付けられ始めちゃったのよ……。この子、一度こうなると手に負えなくてねぇ……。二人が手伝ってくれなかったら、あたしもへとへとになるまで、こき使われるところだったよ」
「いえいえ、クスノキ先生には、わたくし達もいつもお世話になってますから。先生も夏休みで暇そうだから、遊びに来たら、引っ越し? みたいな騒ぎになってましたので、ビックリしましたわ……」
先生の教え子Aさん?
ちっこい金髪縦ロールのコ……中学生……かなぁ?
割といいところのお嬢様って雰囲気なんだけど、制服着て、ちょこんと正座して、茶渋の付いたコップで麦茶飲んでる。
……ゴメン、コップ漂白してる時間が無かったのです。
でも、文句一つ言わない辺り、いい子なんだと思う。
「主にあたしと妹ちゃんが頑張ったんだけどねぇ……。キリコセンセ、掃除とかはこまめに、ちゃんとしないと駄目だよ。その点妹ちゃんは偉いね! 自分の部屋でもないのに、こんな徹底的に綺麗にするなんてさ。手際も良かったし、いい感じやったで!」
対照的にこっちは黒髪サイドテールのちょっと大きいコ。
絶対、私より年上……あらゆるサイズが私を圧倒している。
でも、ちっこい子と同じ制服を着てる様子から、同級生らしい……。
うっすらお化粧とかもしてて、造花の髪飾りとかピアスみたいなのもしてて、オシャレにも気を使ってるようだった。
ほんのり、柑橘系の香水の臭いもして……大人だよっ! 大人っ!
いつもタバコ臭が漂ってるキリコ姉とは大違い!
こっちは駄目なお姉さん、あっちは素敵なお姉さん。
うん、この人とキリコ姉、とっかえてもらえないかな?
お掃除とかすごーく手慣れてる感じで、実質ユリと彼女が頑張ったようなものだった。
なんでも、妹や弟が四人もいる大家族のお姉ちゃんなんだって! アルバイトなんかもやってて、すごくしっかりしてる。
そんな人に褒めてもらえて、ユリも嬉しくなる。
「あ……あり……が……とぅ」
ありがとうもスムーズに言えないユリ……でも、これが精一杯なのです。
でも、気持ちは伝わったようで、にっこりと微笑まれる。
見た目は不良っぽいけど、いい人だ。
ちっちゃい子は、一生懸命手伝ってくれてたけど、重いものを持ち上げたり、ゴミ捨て場とお姉の部屋の往復なんてやってるうちに、早々に力尽きてしまった。
高重力惑星で鍛えられた上に、身体のほとんど全部をサイボーグ化してる強化人間のユリと一般人を比べちゃいけないって解ってるけど。
それ考えると、このおっきいおねーさんは、結構すごいと思う。
キリコ姉の部屋が、思ったよりも、酷いことになってなかったのは、どうもこの教え子達という通い妻を何人も抱え込んでるからのようだった。
キリコ姉は、異性よりも同性に好かれるタイプなので、男っ気はなくてもお嫁さんのようにフォローをする女の子が必ずいるってのは、割と昔からだった。
中学の時もハーレム状態だったし、高校になってからもやっぱり女子校ハーレム。
もっとも、本人はいたってノーマルらしいので、その誰もが報われることはなかった。
キリコ姉……生まれる性別を間違えたんだと思う。
「あっはっは、そうだね。アヤメちゃん、大活躍だったね! うちの妹……名前はユリコってんだけど、この子、生まれも育ちもエスクロンでね。おまけに色々身体イジってるから、人よりパワフル、かつタフなんだよ。あたしもこっち暮らしが長くて、身体なまってるし、この子若いからねぇ……あたしじゃもう、体力じゃ勝てないよ」
……おっきい人。
アヤメちゃんって言うらしい。
「エスクロンって、あの星間大企業エスクロンの本社星系の巨大海洋惑星ですよね。って事は……もしかして……先生の名字のクスノキって、あのクスノキ? エスクロン五大家の……」
「あれ言ってなかったっけ。エスクロンの重役、第三執行部長のクスノキ・タイゾウってのが、あたしらのお父さん。一番上の姉貴はエリコ……こないだTVに出てたよね。姉貴の開発した兵器が黒船を返り討ちにしたって事で話題沸騰中。あたしはドロップアウトして、流れ流れてこんなとこで落ち着いちゃったけど、出来る身内を持つと、なにかと比べられるから、色々と辛いのよねぇ……」
キリコお姉は、レールが敷かれた人生なんてまっぴら御免とか言って、かなり早い段階でドロップアウトしちゃった。
高校を卒業するまでは、エスクロンにいたんだけど、大学は他の星系の普通の大学に行って、教員免許を取って、この春めでたく、この未開発星系の女子高教師に就任となった。
別にそう言う事なら、エスクロンに戻って、教鞭を取るって選択肢もあったと思うんだけど……。
このコロニー生まれの大地を知らない子供たち相手に、教鞭を振るう……そんな生き方も悪くない。
……そんな事を言ってたのですよ。
「エリコお姉さま……すごい人。ユリ……尊敬」
キリコ姉はキリコ姉で、そう言う選択もありかなーって思うけど、エリコお姉さまやお父さんは、どっちも身内ながらとってもすごい人達だった。
まぁ、クスノキ家自体がエスクロンの五大家と言われる名家でもあるんだけど……。
ユリも、実はすでにエスクロン社への入社は確定してる……と言うか、エスクロンは住民として生まれた時点ですでに社員として登録されているので、厳密には業務従事義務が発生する……と言うべきかもしれない。
お姉さまは、軍用兵器開発局のエースエンジニア。
銀河人類の要、エーテル空間に侵略を繰り返す黒船との宇宙戦争に勝つために、エスクロン製の兵器が投入され、事実上初の本格的な戦果を挙げたのですよ。
エリコお姉さまは、その兵器開発に多大な貢献したと言う事で、高く評価されるようになったのです。
お父さんは、肩書としては、第三執行部長。
エスクロン第三執行部ってのは、要するに対外諜報部のことを指す。
そこの親分のお父さんは、要するにスパイのボス……カッコいいよね。
お母さんは、専業主婦って言い張ってるけど……実際は、どうだか。
今回も、お父さんは何やらキナ臭い事になってるクリーヴァ社との交渉の場に出向いているって聞いてた。
最悪、企業間戦争になるかもしれない……そんな物騒な話も聞いている。
もっとも、それはあくまでも宇宙の向こう側の世界……エーテルロードでの話。
エーテル空間は、地上世界とは隔たれた星と星を繋げる単なる通路のようなもの……ユリ達のような一般人には、あまり縁がない。
ユリもここに来るまでに6時間ほど滞在した計算にはなるんだけど、旅客船で居眠りしてたらもうクオン星系中継ステーションに着いてた。
窓に映る風景も作り物の嘘の光景だって、知ってたから、興味なくて寝てた。
亜光速ドライブ中の流星のシャワーみたいなスターボウのほうがよほど見ごたえある。
けど、中継ステーションの周辺は、環境制御が整ってるから、普通に青空が見えて、青空の光を反射したエーテル流体も青く輝いて、記録映像で見た地球の海みたいだった。
まぁ、泳いだら確実に死ぬって言ってたけど……ちょっと暑苦しいだけで、言われるほど怖い場所でもなかった。
エスクロン星系から、クオン星系までの物理的な距離は、光の速度でも7000年かかるとかそんな調子だけど。
エーテルロード経由なら、無理すれば日帰りも出来なくもない……その程度の距離なのです。
クオン星系は、エスクロンの資本も入っているとは言え、ショボいガスジャイアントといくつかの小型惑星がある程度。
そこそこ大きくて、ハビタブルゾーンに位置する惑星クオンも開発中でさしたる利権もない。
まさに平和そのものと言った独立星系国家……。
住民もまだまだ、開発出資者の一族や居住予定者やら、惑星開発技術者の関係者とかが、近隣のコロニーに在住してる程度……少しばかり窮屈なのを除けば、悪くないところだった。
惑星開発も10年単位でゆっくり時間をかけてやるそうなので、居住開始まではまだまだ時間がかかるって話なのですよ。
植物の成長促進や大規模ナノマシン散布で人工的に環境開発を加速させることも出来るんだけど、その結果がエスクロンのような何かと過酷な惑星世界化では残念すぎるので……。
時間をかけて、なるべくゆっくり環境調整しつつ、ある程度自然のなりゆきに任せる……そんな放任主義的なやり方で理想的な惑星環境を作る……息の長い計画みたいなのです。
企業国家エスクロン社国ってのは、宇宙駆け本編に何度か名前が出てきてますよね。
まぁ、体のいい社会主義国家みたいなもんですが。
理念がそもそも、お金儲け万歳! なので、中国とかロシアみたいな感じじゃなく、むしろ一昔前の日本みたいな感じです。