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第十五話「ディープダイバー」②

 彼の呼びかけに、通信機の向こうの相手は、少し調べ物でもしているようで、しばし沈黙していたが、再び言葉を続ける。

 

「お待たせしております……。報告によると、惑星クオンの地上に落ちたモノもあるようですし、クオン治安維持局に要請すれば、サンプルの横流しくらい受けられるでしょう。もっとも……これは先方への借りになるので、出来れば自前で回収しておきたいところですね。それにしても……今の銀河連合評議会は、正気を失ってるとしか思えません……。いい加減、なんとかなりませんかね。平和だの友愛精神なんて、寝言を口にして堂々と外患誘致……どうかしていますよ」


「いかんせん、議会タカ派の代表格……サリバン女史が不在なのが痛いね。うちの代表議員達もまとめて連中の人質になってるから、事実上議会への発言権も封じられてしまっている……。そのうちタイゾウさんが上手くやってくれると思うんだけどねぇ……第三課に、何か連絡とか来てないのかな?」


「今のところはなにも。こちらから無闇にコンタクトを取ると、タイゾウ氏の身の危険を増やしかねないし、第三課の行動予測報告では、これ幸いと向こうの情報を食い漁っているのではないかと。いずれにせよあの方の心配なんてするだけ無駄でしょう」


「そうだね……危うくタイゾウ氏の足を引っ張ってしまう所だったけど、最悪の事態は回避できた。あの人にはこのまま、獅子身中の虫として、好きなように動いてもらおう。ここはひとつ、遥提督や永友提督に期待ってところかな。彼らは銀河連合のお偉いさんの意向なんてお構いなし……まさに正義の味方だからね。そう言えば、彼らへの支援体制はどうなってるんだい?」


「永友艦隊については、ご存知のように我々の社有中継港プロクスターを母港としていますし、アドモス社とも提携の上で、クスノキ女史率いる専属支援チームを付けています。我が社の新型エーテル空間戦闘機「ゼロ・スナイパー」も空母祥鳳の習熟訓練が完了したとの報告が来ております。先方には極めて好評のようで、あとは実戦投入を待つばかりです」


「まったく……ユリコちゃんがボッコボコに鍛えてくれたおかげで、空母祥鳳の戦闘経験値が凄いことになったらしいね。あの娘には、頭が上がらない……彼女の戦闘適正があそこまでだったとは……。まさに戦闘の申し子だ。さすがタイゾウ氏の娘さんだ」


「そうですね。さすがに「大佐」のお相手は、厳しかったようですが。ほんの数回戦っただけで、「大佐」の戦闘機動パターンを読み切ってしまい、互角以上に渡り合えるほどになっていたそうです。あの方は本職の戦闘機乗りではないとおっしゃっていましたが……。その上、本格的な実戦では誰も予想していなかったような戦果をあげた。我々としては、彼女を有している事で極めて、大きなアドバンテージを得ていると言っていいでしょう」


「まぁ、間違っても、最前線に出す気なんかないけどね。なんにせよ、これは大きな借りだよねぇ……。だからこそ、彼女の意思とクスノキ家の意向は、最大限尊重するし、彼女の身柄の安全確保に我々は全力を尽くす……いいね?」


「了解しました。そうなると、そろそろ、我々も本気でクオン政府に圧力をかけましょう。さすがに今回の件……向こうの失態以外の何物でもないですからね。本格的な敵性戦闘艦の存在が確認された以上、あの国には我が国からの移住者も大勢居ますので、国民保護を口実に、こちらも宇宙艦隊を進出させて、駐留させる……これで行きましょう。通常宇宙での紛争については、銀河連合は原則不介入……これは、古来よりの伝統でもありますし、クオン星系自体、先代CEOが締結していた安全保障条約が未だ有効ですので、武力介入の法的根拠も十分あります」


「宇宙艦隊の駐留派遣はさすがに、自重すべきじゃないかな。20世紀じゃあるまいし、そんな事やってるとますますうちが悪者にされちゃうし、クオン星系を巡っての全面戦争になりかねないよ。ここはもう少しエレガントに行こう……それもきっちり、筋道ってもんを通してね。ひとまず、ユリコちゃんの医療メンテナンス名目で技術支援バックアップチーム派遣……それと無償支援と称して、うちの汎用航宙艦をダース単位で送りつけるってのはどうだい? クオンって航宙輸送艦が不足気味って話だしね。本格的な地上開発もそろそろいい頃合いみたいだから、タイミングとしては悪い話じゃないだろう」


「畏まりました。クオン星系は、何かと物騒な事件が多発してるので、当然自衛用の戦闘モジュール付き、運用は我が社の社員で行うと言うことで、よろしいでしょうか? そうなると専用のメンテナンス施設も必要となりますので、以前買い上げていた資源小惑星を拠点としましょう。我が社の艦艇は独自規格が多いので、当然の措置です。必要人員については、軌道防衛艦隊から有志を募った上で異動とさせます……名目上は、我が社の名義ではなく、独立法人を用意した方がよろしいですね。それと直掩警護のトロメア隊も増強としましょう……ひとまず今の重サイボーグ4人体制ではなく、100名ほどに……これはPMCスターウルフへの出向と言う形に致しましょうか」


「うんうん、君も解ってきたね。それなら、エレガントで大変よろしい! オーケー、そのプランで行こう……。それとクオンの独立法人の拠点だけど、km級の揚陸戦艦クラスの建造も想定した大型工廠も付けといてよ。それとAIデータ転送も出来る大容量超空間ネットワーク回線構築も頼んでいいかな?」


「……なるほど、クオン星系の武力制圧を想定……ですね。まぁ、その方が早いかも知れないですからね。では、オーダー通りに……。それと、揚陸戦艦エグザバイトの第三陸戦隊に遠征準備を発令しておきます。他に何かリクエストはありますかね?」


「そうだね……。例のユリコちゃん専用機の開発実験……あのプロジェクトは凍結中だけど、再開するようエリコ女史に伝えといて。それと他の第三世代の子達についても、エーテル空間への転換計画と実戦投入を前倒しにする……ついでに、エーテル空間艦隊整備計画も前倒しにしよう。多分、これから一気に状況が動く……状況が動いてから慌てないために、今から出来る限り備えておこう」


「御意にございます。確かに、戦の備えは重要ですからね。それは我が国の国是でもありますからね。しかし、色々と思い切りましたね……。ですが、肯定です……」


「うん、多分我々はすでにルビコン川を渡っている。もちろん、戦力は使わないに越したことはない……けど、備えあれば患いなしだ。どうも、この様子だとクオンの地上世界にもネズミが入り込んでるみたいだからね……。見てよ……どうも、この分だと第二ラウンドが始まりそうだ。宇宙での戦いに負けた腹いせってところかなぁ……まったく、連中にはエレガントさってものが欠けてるね」


 彼が示したクオン地上のデータには、無数の兵が一塊となって動き出す姿が映し出されていた。


「こ、これは……奴ら、ここまでの兵力をクオン地上に展開していたのですね! 閣下……如何致しましょう……」


「うん、例の彼ら、勇敢にもこの未知の軍勢に喧嘩売る気満々みたいだ。凄いな……ただ一人の女の子を守る……たったそれだけの事の為に、彼らは軽くルビコン川を飛び越えるつもりみたいだ。こんな形でシュバルツの軍勢とこっちの銀河の軍勢の初めての衝突が起きるとか……銀河連合評議会も思ってもいないだろうね。どうやら、彼女は大きな流れを生み出してしまったようだよ」


「……了解しました、PMCスターウルフに至急電を送ります。しかし、敵兵力推定5千……さすがに、兵力差がかなりありますね……。旧式の機械歩兵が主力のようですが、これはさすがに厳しい戦いになるかと」


「うん? 衛星軌道に敵影なしなんだろ? それなら、なんとでもなるでしょ。それに……さっきの戦闘集計報告に面白い報告が混ざっててさ……。いやはや、これはどう言うめぐり合わせだったんだろうね。我が国のかつての英雄の一人……ここは彼女、いや彼に手を貸してもらおう……と言うか、今の状況をそのまま伝えてあげればいいと思うよ。あの歴戦の勇者なら、この程度なんてことないだろう」


「……ま、まさか、こんなビックネームまでもが……。解りました! PMCスターウルフの軍事顧問団にも情報共有の上でこちらからコンタクトを取っておきます。これならば、なんとでもなりそうですね」


「そうだね……。いやはや、彼女は完全に僕らにとっては、勝利の女神なのかも知れないね……。彼女の導きなら、ちょっと負ける気がしないよ。それでは、静謐なる戦争を始めようとしよう……。連合評議会もこう言う戦争なら黙認せざるを得ないみたいだしね。ここは評議会のお望み通り、平和的にネチネチコソコソと戦おうじゃないの」


「……こんなことばっかりやってるから、合法的侵略国家とか言われるんですよ……。それにしても、彼女一人の為にここまで派手に手駒を動かすとは……。日和見主義者のあなたが、そこまで肩入れする理由ってのは、なんなのですか? もう少し臆病、いえ……穏当な方かと思っていましたよ」


「ふふっ……知りたい? 好奇心は猫を殺すって言うよ」


「どっちでもいいですよ。単なる気まぐれとか、ロリコン趣味だから……なんて言われても、別に驚きませんけどね」


「そうだねぇ……。僕も彼女に当てられてしまった……と言うのはどうかな? 戦の申し子が、先陣きって戦いの筋道を描いてくれるんだ……。僕はせめて、共に歩き、その道行きを照らす灯火になりたい。そう思ったからって言うのはどうだい?」


「思ったより、立派な心がけですが……なんとも、軽い理由なんですね」


「軽いかなぁ? と言うか、これだけ好き放題やられて、このまま大人しくしてるってのは、僕らとしては性に合わない。さっきも言ったけど、僕らはすでにルビコン川を渡った。いっそ、このまま彼女を先頭にすべてを蹴散らして、全銀河を統一するまで駆け抜ける……それだってありじゃないかな。僕らの崇高なる目的のためにはさ」


「……あまり、冗談に聞こえないですが。我々は……銀河の守護者たりえん。その日に備え続ける。確かに我々が銀河を総べてはいけないとは、預言者も言ってませんからね……。でも、冗談と受け取っておきますよ……さすがに、閣下の立場で言っていい言葉ではありませんよ?」


「おやおや、なんともつれないね。ああそうだ、アベニール君……よければ今夜一緒に食事でもどう? シャルル星系産の最高級ワインを仕入れたって、馴染みの店からの招待状がさっき届いてね。一人手酌で晩酌ってのも悪くないけど、やっぱ酌の一つでも欲しい所だからね……それが美人なら最高だと思うんだ」


「一晩一緒にとか言ってたら、即お断りでしたが、最高級ワインに免じて、お付き合いしましょう」


「ありがとう。君はやっぱり優しいね……そう言う事なら、一晩一緒にどう? もちろん、これは社交辞令だけど、本気に取ってもらっても一向に構わないよ」


「……第二世代戦闘用強化人間相手に何を言ってるんだか。あんまり、馬鹿言ってると、グーで殴りますよ? それでは、またのちほど……CEO」

 

 通信が切れると、あたりは再び静寂が戻ってきた。


「さてさて、どうやら銀河が本格的に動きそうだね……。僕は決めたよ? 君が往く道を僕は共に駆け抜けると……さぁ、行こうか!」


 芝居がかった仕草で彼は沈みかけた夕日に手をのばす。

 ――遠く海鳴りが響くなか、彼はなんとも眩しそうに目を細めた。

 

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