第十四話「秒速三〇〇〇km」④
さて、戦闘結果分析。
デブリーフィングの時間なのですー。
まず、勝利の決定打になったレールガンの弾帯を何故、敵が防ぎきれなかったのか?
一言で言ってしまえば、亜光速機雷の生成する爆散塵や環境由来のデブリと違って、20mm口径の小口径弾なんて、デブリ除去システムの想定外。
今回搭載したレールガンポッドの弾体は、エーテル空間内で撃つことも想定した超耐熱素材弾。
小口径レーザーの熱量なら平然と耐えきるし、プラズマフィールドでも多少体積は縮むけど、余裕で撃ち抜ける。
本来の予測結果は、弾体直撃で敵艦爆散……と予測してたのだけど、どうもかすめる程度で済んだらしい。
ここら辺が、敵艦の性能データ不足故にってところ。
あの半端に大口径のレーザーキャノンが意外と仕事をしたっぽい。
敵も必死だったのだろう……全兵装フルファイアで応戦して、死力を尽くして防御した。
結果、一撃で爆散するところを大破に留めた。
そう言う意味じゃ悪い装備じゃない。
もっとも、あんな無駄に大きいデカブツ……ユリだったら要らないって言って、速攻下ろすなぁ……。
データベースでも見ても、100年くらい前、レーザー砲戦が全盛だった頃に、あんなのがあったらしい……でも、大口径レンズ使ったところで、微妙に当たりやすくなったり、直撃時の被害面積が広くなる程度で、威力自体はそう変わりないのですよ。
要は、大口径だろうが小口径だろうが、ある程度のレーザー耐性があれば、どのみち効かない……そんなものなのですよ……。
今はもう、ナノマシン装甲がリフレクター代わりになるようになり、ナノマシン装甲のレーザー反射吸収率効率の向上で、小出力レーザーでもほぼ減衰されてしまうので、小口径レーザーの準備砲撃の上で本番を撃つ大口径レーザーなんて、エネルギーの無駄使い……お役御免と言った調子になってる。
レーザー砲は……旋回式の副砲やデブリ除去や照準用の小型レーザーくらいしか使われてないと言うのが実情なのですよ。
荷電粒子……プラズマキャノンは、拡散モードで放てば、威力は減衰するものの広範囲で飛ぶようになる上に、意外と防御が難しいので、接近した上で主砲として使うというケースが未だに多い。
でも、弾速は亜光速……光速の10%程度なので、レールガンよりは早いけど、レーザーよりは遅い。
減衰距離は宇宙だと結構伸びるから、1000km程度なら届くんだけど……レーザーの有効射程と大差ない。
レールガンについては……宇宙空間ではゼロ距離とも言える、肉眼での視認範囲くらいでしか使いようがないとされていたのだけど。
以前行ったシミュレーション上では、この未来予測システムと併用した超長距離レールガン砲撃戦術は、極めて高い撃破率を記録していたのだけど、実戦でも十分に凶悪な攻撃力を発揮した。
言ってみれば、今のはハメ技みたいなもんかも。
相手もこちらの反撃は、完全に想定外だったようで、ガッツリハマってくれた。
おまけに、実装されたのはこちらの予想を上回る……超光速索敵。
ユリも含めて、なにこれ? みたいなチート能力に仕上がってしまった。
今のは……勝って当然なのです。
バックマウントを取ったくらいで、勝ち誇ってたみたいなのだけど、甘いのです。
とはいえ、この「解析機関」自体も、理論とシミュレーションのみで、実戦で試したケースはこれまで一度もなかったのですよ。
ユリもVRシミュレーションで研究用のサンプルデータ取りで何度か試した程度。
標的艦相手の実弾演習すらもまだ先の段階……装備の最適化とか、色々課題だらけの状態……。
今回にしたって、エルトランは装備も艦艇自体も「解析機関」を想定してない思いっきりノーマル装備の民生仕様艦……。
本国側で大慌てで立ち上げてくれた仮想演算サーバーやら、観測網の乗っ取りで無理やり体裁を整えただけ。
ハードウェア的な要求水準で言うと、理想値の半分にも達してないお粗末な状態。
にも関わらず、ぶっつけ本番で起こったのは、想定を遥かに上回る異常な結果。
ホント、何が起きたのです?
いずれにせよ、この戦闘データは、とっても貴重……本国側では、きっと今頃大騒ぎなのです。
なにせ、この解析機関による、史上初の宇宙空間の亜光速戦闘での艦艇撃破事例なのだから。
いずれにせよ、お咎めどころか、臨時ボーナス出ちゃうくらいのお出柄だったみたいで、運用責任者達からも称賛や無事を喜ぶメッセージが続々と届いている。
と言うか「超光速索敵ってこれ、なにごと?」とか「君、今、軽く相対性理論ぶっちぎったの、解ってる?」だの。
そっちの方が注目の的みたいで、大騒ぎ中。
あー、これ……本国招聘物かも。
な、なるべく、穏便にお願いします……。
『海賊船……強制軌道変更に成功しました。……なんと言うか、神業とは今のようなものを示す……ですかな。私の想定を遥かに上回る凄まじい戦果でした……さすがですな。それにしても、さすがエスクロン……ユリコ様を通じて、瞬時にここまでのバックアップを構築する体制を整えていたとは……』
兵器ってのは、後方支援も含めた包括的なシステム。
エスクロンは、そう言うドクトリンで兵器を作る企業。
言ってみればユリは、この「解析機関」システムの末端端末みたいなもの……本国のバックアップや艦艇システムを含めた巨大システムの一部に過ぎない。
ここまでやって、やっとオリジナルの解析機関の背中が見えてきた程度のものが開発できた。
人間サイズの頭脳体単独で、これをこなすオリジナル……どれほどのものなんだか。
オリジナルを有するエーテル戦闘艦……その名は、駆逐艦「初霜」
彼女が見た光景を……私も垣間見たのかも知れない。
「……喧嘩売った相手が悪かったのですよ? 今のが、エスクロンが開発した最新亜光速戦闘戦術……本邦初公開なのです。航宙管制センターに一応、海賊艦を撃退したと、通報しといて下さい。外宇宙コースに乗ってるので、亜光速救難艦で追跡しないと、追いつけない……急がないと」
さすがにあのまま、遭難とかされちゃったら、夢見が悪いのですよ。
あれだけ派手にスピンしたら、艦内は怪我人多数……大惨事になってると思うのです。
でも、同情なんてしてやらない。
やる気満々で戦場に出てきたのだから、やられる覚悟くらいしてて当然なのです。
そもそも、非戦闘宙域で白昼堂々と民間船を拿捕しようとするとか。
無法にも程があるのですよ!
命があるだけありがたいと思うべきなのですよ。
『了解しました。航宙管制センターから、戦闘データの提出を求められていますが、エスクロンより、国家最高機密に属するデータだとの緊急声明あり、本件は国家案件となったようです。ユリコ様……今のはどう言うものなのでしょう? 少なくともあのような戦術、私のデータベース上はもちろん、過去の宇宙空間戦闘でも前例がありません……そもそも、亜光速領域で敵の正確な位置を測定するとなると、光速を超えた索敵手段が必要なはず……ですが、相対性理論の壁の前ではそれは決して超えられぬはずです!』
「ごめんねなのです……エルトラン。ホントは、今のって極秘だったのですよ。一応、機密データとして扱ってくれると嬉しいのです。それと……細かいこととか聞かないで……実は、ユリもよく解ってないのですよ……」
今の所、解析機関による宇宙空間戦闘への応用研究ってのは、エスクロンでも最高機密……。
この研究を進める事は、宇宙空間戦闘の軍事革命を起こしかねないって事と、肝心要の最高適性値被検体だったユリが開発から、抜けちゃったもんで、一旦凍結状態になってたんだけど……。
ついカッとなって、トンデモ戦果出しちゃった。
と言うか、皆に気付かれずに、ステルス艦を撃破する方法って他になかった。
本来は、ユリの独断で使えるようなものじゃなかったけど、運用責任者の過半数の承認を得ているので、そこら辺は問題ないのですよ。
ユリがやった結果、何が起きたとしても、それは運用責任者の責任になる……。
……それ故の厳重な管理システムなんだしー。
実際問題、本気で拿捕される寸前だった上に、初の実戦データが取れるチャンスということもあってか、本国側では相当なリソースをつぎ込んだ上で、急遽バックアップ体制を仕立て上げてくれたみたいなのですよ……。
と言うか、あの手際の良さ……いつでも使えるように準備してたか、こう言う事態を想定してたとしか思えない。
でも、エスクロンの上層部ってそれ位やりかねない人たちだから、別に驚かない。
戦果としては、上々だったようで「後始末はこっちでやっとくけど、あまり戦果の吹聴とかしないでね。あとブラボーっ! 君ヤバい! ヤバ過ぎ!」なんて、軽い感じの個人宛メッセージも届いてる。
これ……誰だろ? こんな軽い人って承認者にいたっけ?
ちなみに、承認権限者の一人はエリコお姉さま……無茶するなとご立腹な様子だったけど、真っ先に承認してくれて、あの短時間で色々根回しまでしてくれたらしかった。
もうひとりの身内承認者……お父さんは、現在音信不通……欠席扱いはしょうがない。
意外なことに……エスクロンCEOまでもが、臨時承認者に名を連ねていた。
……日和見主義の穏健派って話なんだけど、どうもこの人の鶴の一声で承認過半数でまとまったようだった。
あそこで、ゴネられて承認が得られなかったり、承認保留多数とかなってたら、もっと無茶することになってただろうから、素直に感謝するのですよ。
『かしこまりました。それと他の皆様、今の戦闘……全く気付かなかったようです。なんともはやと言ったところですな』
「そう言う事なら、別に何もなかった……エルトラン、解ったのです? 色々と」
『御意でございます! 私、感服しました……かくなる故は、ユリコ様に一生ついていく所存です!』
……エルトラン大げさ。
とりあえず、無法者との戦闘自体は一瞬で終了。
相手の正体とか色々気になるところだけど、エスクロン本国が乗り出してきたなら、もうお任せなのですよ。
ユリは、自分と友達の身を護るため、自衛のために持てる技術を用いただけなのです。
あのまま、大人しく拿捕とかされてたら、捕まった挙げ句に、皆揃って、えっちぃ事とかされたり、売り飛ばされてたかもしれない……そんなの、最低で最悪なのですっ!
「ユリコさん、飲み物いかがです? ところで、いつまでも、そんな大仰なカッコしてると、女子力低いって言われますわよ」
下からエリーさんが上がってきて、ドリンクカップを差し出してくれる。
うーん、敢えて艦内モードを戦闘モードにしてなかったのだけど、ほんとに全然気付かなかったらしい。
「女子力低いのは困るのですよ」
苦笑しつつ、各種拘束を解除していく。
大気圏降下プロセスは、もうエルトラン任せで良いような気がする。
ヘッドマウントディスプレイを外すと、割とベッタリと汗かいてたみたいで髪の毛がぐっしょり。
なんだかんだで、ユリも緊張してたっぽい。
と言うか……オーバーロード気味らしくて、体温がめちゃくちゃ上がってる。
でも、何も言わずともエルトランがパイロットスーツに割り込みをかけてくれたみたいで、強制冷却モードが起動……すっずしー!
……でも、無事に済んで本当に良かった。
「エリー……なんなら、あたしの膝の上で見るか? だいぶクオンの近くまで来とるみたいやからな」
「あら、そうしようかしらね」
『まもなく、大気圏突入プロセスに入ります。乗員各位は、シートに着座の上でシートベルトを締めて下さい』
エルトランの艦内アナウンス。
「なんや、エルトラン……硬いこと言うなや、ちょっとくらいええやん」
『一応、航宙管制法でも規則の一つで大気圏降下中は安全のため、乗員拘束の義務がございますし、惑星重力との干渉防止の為、大気圏内では人工重力機関を停止させますので、艦内は一時的に低重力状態になります。危険ですので、決まりは守っていただくようお願いします』
「……大気圏突入……。今度は、わたくし達があの下に見えてる流星のひとつになる……ロマンチックですわね。仕方ないですね。アヤメ、わたくしは下で一年の皆様と一緒にいますので……また、地上で!」
「せやな! ユリちゃんもちょっと緊張気味みたいやけど、後はあたしに任せとき! ……と言っても、あたしは座っとるだけやけどな」
「了解なのです! それでは、エリー部長の着座を確認次第、降下シーケンスに入るのです!」
「あら、まるで、わたくしがいけないみたいじゃないの。どのみち、下級生の面倒くらいみるのが部長として当然の努めですからね。こちらは、わたくしにお任せあれ……ですわー!」
「じゃあ、皆のことはエリー部長にお任せなのです! エルトラン……降下プロセスは、おまかせモードなのですよ!」
とりあえず、おじゃま虫はお引取りいただいたし、クオン周辺はほぼクリア。
静止衛星軌道にいた「ブルゾン号」も邪魔にならないように気を使ってくれたようで、上昇軌道で先行するのが見えている。
他にも数隻、周回軌道を取る艦艇がいるけれど、どれも十分な距離を取った安全圏にいる……クオンの空はとってもクリア、まるで皆がいってらっしゃいと見守ってくれてるようだった。
エルトランから、全員着座完了のサイン。
惑星大気シミュレーション完了……どうもブルゾン号や軌道掃宙艇が、各艦のレーザーでデブリ掃除をしてくれれたようで、随分デブリが少なくなってる。
「良く無事で……良き空の旅を」……そんなメッセージを受け取る。
「それでは、只今より、当艦エトランゼ号は、惑星クオン大気圏突入フェイズに入るのです! 多少揺れるのですけど、気にしないで、なのです!」
……降下、開始っ!