第十四話「秒速三〇〇〇km」①
「……皆は、気付いてるのです?」
隣のアヤメさんは、大事そうに抱えたお茶を飲みながら、呑気に星空を見てうっとりしてる。
完全に日常モード。
下にいる皆も、エリー部長の地上活動の事前講習とかで、色々注意事項の説明とかを真剣に聞いてるようだった。
要するに、皆は今、何が起きてるかすら把握してない。
けど、それでいい。
皆は、戦いなんて縁がない……平和な世界だけ見てれば、それでいいのですよ。
ユリは、こう言う平和な世界で暮らしてる人達を守れるだけの力がある……。
そこは、過酷で残酷な世界だって、知ってるけど。
自分は本来その為に、デザインされ強化された存在なのだから。
友達の為に戦うとか、むしろ本望なのですよ!
ユリは戦闘意欲が低い……なんて言われてたけど。
今は違うのです……戦うのだって怖くない!
『その辺りは抜かりありません。現在、正確な情報はユリコ様のみに提供中です。とりあえず、降伏はお勧めしませんね。正直、直に聞かせるには忍びない程度には、下卑た欲望丸出しの言葉を並べております……。なんと言うか、ならず者のテンプレと言った雰囲気です。軍か企業関係者なのは、間違いないのでしょうが、こうも下品だと……いったい、何者なのでしょうか……彼らは』
うわぁ……なにそれ。
そもそも、こんなステルス戦闘艦がクオンみたいな辺境星系を堂々と闊歩してるって時点で意味がわからない。
200m級の中型艦なんて、ゲート経由で持ち込むとしても、一旦ブロック単位で50m単位くらいにバラしてから持ち込む形になる。
これは、銀河連合の超空間ゲートの共通規格として、通過最大制限が50m四方となっているから……。
昔はもっと大きかったらしいんだけど、星系間戦争をなくすために、誰かがそう言う制限を設けることを提案して、そんな規格ができたって聞いてる。
この制限のおかげで、航宙艦ってのは、エーテル空間経由での星系間輸送を想定して、基本的に50m単位のブロックでバラバラに分解できるようになってる。
船体がやたらと角ばってるのも、大きさがきっちり50mの倍数なのもそれが理由。
エトランゼみたいな小型万能艦が作られたのも、分解せずに、梱包するだけでそのままゲートを超えられるお手軽さが評価されていた部分もある。
とは言え、戦闘艦のブロックなんて、解りやすい大物……そんな簡単に持ち込めるようなものじゃない。
このレベルの戦闘艦を星系内に、持ち込むとすれば、ゲート管理公社側で手引きでもしないと不可能。
もしくは、クオン星系内に秘密工廠か何かがあって、イチから組み上げたとか……。
いずれにせよ、こんな宇宙空間戦力が展開できてるって時点でもう尋常じゃない。
この分だと、そもそもクオン政府自体が真っ黒なのかもしれない。
ちなみに、連中の暴言……エルトランは聞かせたくなかったみたいだけど、割り込みかけてちらっと聞かせてもらった。
……そりゃもう酷い内容……向こうの宣言通りだと、ユリは薬漬けにされた上で裸にされて、えっちぃ事されまくり……。
具体的に何されるかとか、ユリの知識が追いつかないから良く解らないけど……。
おトイレ代わりがどうのとか、腹ボテがどうのと……なんだか、凄いことをされてしまうのは確実っぽかった。
おまけに、乗ってるのは、女子高生だけだって解ってるっぽい。
まさに、美味しい獲物……とか思われてる。
結論:降伏するくらいなら、徹底抗戦あるのみ!
「……ユリの身柄を狙ってる連中の手のもの……なのかもです。と言うか、この人達、何言ってるのです? 良く解らないけど、えっちな事されるってのは、解るのですよ! もう降伏とかありえない! 徹底抗戦なのですよ!」
どんな事されるかとか、聞いてもいまいちピンと来ないけど……。
自分自身が性的欲求の対象として、そのはけ口として扱われるとか……なんと言うか、生理的嫌悪の方が先にくる。
気持ち悪い、気持ち悪いっ! 気持ち悪ーいっ!
エッチなこととか、そりゃ興味はないと言えば、嘘になるけど、相手くらい選びたいもん!
なんとなく、マリネさんが男嫌いなのも解ったような気がする……。
『まったく、わざわざ強制割り込みまでして、交信内容なんて聞かないくださいよ。これだから、聞かせたくなかったのですよ。いずれにせよ降伏しないと言うのは、私も賛成ですな。まったく、あのような輩……万死に値します。しかし、実際問題、逃げるが勝ちと言うべき状況ですが……』
「それが出来たら、苦労しないのですよ。ステルス性を高めた艦で、奇襲の上で優位ポジションを確保。確かに悪くない戦術なのですよ」
『そうですな。このような安全な宙域でこんな真似をやられたら、為す術などありません。ですが、降伏を拒否する以上、戦うしかありません……。データがない艦なので、なんとも言えませんが、艦級からすると、グローバル級汎用輸送艦に近いスペックだと思われますので、重力機関フルパワーで戦闘可能速度まで急減速した上で、機動戦闘に持ち込めば、勝てなくはないと判断します。燃料を確実に使い果たすので補給の手配をしないと帰れなくなる点と、艦内加速度の点が懸念点となりますが……』
エルトランの戦力評価。
銀河連合200m級汎用航宙艦のデファクトスタンダード、グローバル級……。
それなりにハイパワーなメインエンジン、それなりのペイロード、燃費も良好、お値段もお買い得。
良くも悪くも、可もなく不可もないバランス型汎用艦のベストセラー。
滅多矢鱈とある各種オプション装備の数々により、多彩なカスタマイズが可能。
今どきの航宙艦としては、まさに「ザ・普通」の艦。
このグローバル級のせいで、同クラスは、どれも似たり寄ったり……200m級の艦艇なんて、そんなものなのです。
多分、それにステルス戦闘装備を増設した特殊戦闘艦ってところなのです。
自分から偽装解除した以上、ステルス装備がただのデッドウェイトになってるって考えれば、むしろ戦闘艦としてのスペックは低いと考えていい。
武装らしきものは、舷側部に並んだ二門の固定式300mm口径レーザーキャノンと上下に搭載された旋回式連装50mm口径プラズマキャノンが全部で四基八門……。
大気圏内飛行も想定してるみたいで、空力翼付き……全翼機型なのは、正面投影面積とかも考えてるんだろうね。
妙に細長い増槽っぽいのがあちこちに設置されてるけど、亜光速爆雷の一種なのかも?
形としては、地上で使う対戦車ミサイルとかに近いような……? っていうか、ガチミサイルだこれっ!
正面と側面に多数のレンズが並んでる様子から、小口径レーザーを並べてるっぽい。
正面のは、対デブリ用だと思うけど、固定式の上に横にも並べるってなに?
んー? もしかして、対宇宙戦闘機用……いや、あんな小口径じゃ今日日の宇宙戦闘機は落とせないよ。
なんなんだろ? この違和感。
どうも、銀河連合の標準的な宇宙戦闘艦と、設計思想自体が違うように見受けられる……ホント、なんなんだろ?
何を相手にすることを想定した武装なのか、さっぱり解らない。
それに、何やら誇らしげにカギ付き十字……マンジマークみたいなのを飾ってる。
一応、見覚えはある……エスクロンの観光名所、地球のお寺ってのを再現した施設にあんな感じの地図記号が付いてた。
宗教団体の所有物か何かなんだろうか? そう言えば、どっかの平和主義団体もあんなシンボルマーク掲げてた。
でも、この戦闘艦……そう言うイメージとはちょっと違う。
感じからして、国旗とか企業の識別マークだと思うんだけど、画像検索でデータベースみても、20世紀のナチスドイツのシンボルマークとかしか、該当するものはない。
戦争犯罪のシンボル扱いされてたせいで、長年禁忌とされてたみたいなんだけど、本来は幸運とか繁栄を示す宗教的なシンボルらしい。
なんで、そんなのを識別マークに使ってるんだか。
まさか、噂の別の宇宙から攻めてきたって言う宇宙人……じゃなかろうか?
そもそも、レーザーとか……ALスモークや、ナノマシン熱反射シールドによる集中防御であっさり無力化されるから、あんな中途半端な代物何の役にも立たない。
銀河連合戦闘艦艇のトレンドとしては、大口径レーザー使うくらいなら、小口径レーザーを束ね撃ちして一点集中させた方が効率がいいってことで、レーザー砲に関しては、固定砲台化するよりも艦体に取り付いて、自在に動き回る機動砲塔システムとして、使うってのが主流になってる。
ミサイルタイプの実弾兵装も、重力機関を内蔵してて、自力で亜光速まで加速できる亜光速爆雷が主流だから、あんなロケット推進の宇宙用ミサイルなんて、今どきお目にかかれない。
なんか、随所随所に銀河連合製のものとは違う技術系統ってものが垣間見える。
と言うか、なんか全般的に時代遅れな感じがするのですよ。
対するエトランゼは、レールガンポッドと対デブリレーザー位しかついてないけど、重力機関は現用の物ではありえないほどのハイコスト小型高出力型……スラスター類もやたらと数が多いから、空間機動戦となれば、宇宙戦闘機なみの超高機動を発揮出来る。
対艦戦闘なんて考慮してなかったから、使えそうな武装は、レールガンポッド程度。
レーザーは一点集中砲火すれば、それなりに効果あるだろうけど、向こうの対レーザー防御のレベルが解らないから、なんとも言えない。
いずれにせよ、火力に不安はあるけれど、向こうから近付いてくるのなら、レールガンポッドだけでもやりようがある。
総論として、戦闘力差自体はそこまで絶望的じゃない。
機動戦に持ち込めば勝てるってエルトランの判断も頷けるのですよ。
さすがに、ユリも本格的な実戦は経験してないけど。
不利なポジションだからって、やってやれない相手じゃない。
ユリ達みたいな女子高生しか乗ってないからって、弱い者いじめ感覚で調子に乗って、身体目当て感いっぱいの下卑た挑発とか……許せないのです!
でも、機動戦とか派手な動きとなると、エルトランの言うように、艦内重力加速度もちょっとシャレにならないレベルになる。
皆、シートベルトくらい付けてるけど、イナーシャルキャンセラーを使ってても、機動戦ともなると、二桁Gとか普通に行く以上、ナノマシン強化措置なしで、訓練もなしだと、耐えられるとはとても思えない。
エルトランも緊急医療措置くらいは出来るって言ってたけど、レッドアウトやブラックアウトの挙げ句……要入院精密検査コース。
楽しいはずの地上降下キャンプを前にそんなの気の毒すぎる。
なのでここは、最新の宇宙戦闘戦術を使って、エレガントに微動だにせず一方的に追い払う……これで行くのですよ!
そうと決まれば、話は早いのですよ!
「「解析機関」起動承認要請……ユリの本気みせちゃうのですよ!」
どうでもいい設定資料。
200m級ステルス強襲艦「マウザー級」(シュバルツハーケン製)
主砲:300mmレーザーキャノンX2
副砲:50mm連装プラズマキャノンX4
その他:250mm宇宙魚雷X8
30mm対デブリ、対空レーザーキャノンX24
100mmプラズマシールド
シュバルツハーケンの標準的宇宙戦闘艦。
乗員は薄い本に出てきそうなシルエットだけの人達みたいなのがいっぱい。
セリフだけで、この作品をノクターン行きにさせそうな勢いなので、セリフはカットされた。(笑)
なお、横とか後ろに回られるとまるでダメ。
ユリちゃんも言ってるけど、銀河連合の宇宙戦闘艦相手を想定してないんで、あんまり強くない。
見た目はハーケンクロイツばっちりでキメキメなんだけど、ステルス偽装破られると、とにかく弱い。
200m級高速戦闘艦「スターゲイザー級」(エスクロン製)
主砲:250mmプラズマキャノン(シールド併用型)X1
120mmレールガンX2
副砲:70mmレーザーキャノンX4
その他:40mm連装レーザーマルチプルターレットX8
参考までに、このエスクロン製戦闘艦が、銀河連合最新鋭でユリちゃんもよく知ってるタイプ。
レールガンの弾体は自前の飛行能力やら誘導機能付きで、避けてもどこまでも追いかけてくる面倒くさいヤツ。
エスクロンは、割とあちこちで利権衝突でガチ星間紛争しかけたり、しかけられてて、喧嘩慣れしてるんで、
戦闘艦も他と違って、自前の専用設計艦を持ってます。
イスラエルみたいな実戦の鬼。
亜光速戦闘も想定してるんで、汎用のグローバル級改とかに比べると、かなり強い。
対レーザー装甲で銀ピカキラキラ、超目立つ。
シールド併用型の艦首プラズマキャノンは、どうみても波動砲。
実は、ユリちゃん専用のカスタム艦なんてのもこっそり作られてるけど、本作には出てこない予定。