第十三話「シューティングドライブ」③
『ユリコ様、緊急事態……問題発生です! 後方6時……200m級航宙艦が亜光速状態で急速接近中です。トランスポンダ応答なし……航宙管制センターからもアンノウン回答……海賊船の可能性が高いと判断します』
秒速3000kmほどまで減速した段階で、唐突にエルトランのアラート!
宙域マップ表示。
相対距離、12万キロ……けれど、その予測軌道は確実にこちらを追っている事が解る。
現在相対速度は、秒速3000km……光速の1%、亜光速領域から通常速度領域へ戻る直前。
対する相手は、秒速3600km。
二割も優速……追い抜きでもかけんばかりの勢い……。
けれど、航宙管制センターがアンノウンをよこす……その時点で違法航宙艦。
何処の誰かも解らない船……海賊船なのです!
「海賊って……本当にいたのです?」
さすがに、今の御時世で海賊とか。
星間国家なり企業がバックについてないと、無理がある……。
その存在をほのめかすような情報は確かにあったのだけど……。
実物がこのタイミングで現れるとか……なんなのです?
いずれにせよ……これは緊急事態。
のんびり、航行なんてやってる場合じゃなくなってしまった。
『現在、亜光速ドライブ法定安全距離を割りこんでいる上に、交差軌道を取りつつあるので、警笛信号送信中……ですが、コース変更の素振りなし。相対速度ではこちらが下なので、捕捉されているとすれば、もはや振り切れません』
「そもそも、いったいどこから、湧いたのです? 広域探査情報でも、そんな情報は一切なかったのです……。監視網に穴でもあったのです?」
広域探査システム……デブリや他の艦艇との位置関係を常に把握しておくのは、宇宙空間航行時の基本。
当然、幾重もの観測網、探査プローブにより、この星系は小惑星やデブリ一つまでリアルタイムで把握されている。
そんな亜光速ドライブの安全距離を割るほどの距離まで、アンノウン艦艇に接近されるなんて、普通にありえないのですよ!
『アンノウン艦ですが、電波反射率が極端に低い上に、ロービジリティ外装を装備……おそらく、本格的なステルス戦闘艦の類かと。武装やシールドも戦闘艦レベルの物を装備しているようです。気が付いたら、すでに12万キロまで接近されていました。まさか、あのようなものが出て来るとは……申し訳ありません。完全にこちらも想定外で、油断しておりました』
宇宙空間に溶け込む空間迷彩を施した上で、電波反射や熱放射を極限まで抑えたステルス艦。
確かに、その手の戦闘艦艇は実在するのですよ。
各種データからも、少し離れると一般的な対宇宙レーダーや光学監視システムでは捉えきれない……その程度のステルス性を備えていることが解る。
確かに、こんなの相手では民間船を想定した観測網では、手に余るのですよ。
……これで、まっとうな民間船である訳がない。
何者? まさかと思うけど、クリーヴァ社? ユリがコロニーから出てきたから、チャンスと思って、強硬手段に出てきた可能性も?
「なんか、いるような気はしてたのですけど、こんなガチな戦闘艦だったなんて……」
出港するまでは、全然平和だったのに……。
しかも、この様子だと有利なポジションを専有した上で、わざと偽装解除したっぽいのです。
小型民間船だからって、完全に舐められてるのですよ! って言うか、そこまでする?
『当たらないと思いますが、いっそ、威嚇射撃のひとつでもしてみますか? 非正規の違法航行船と交戦、撃沈しても、基本的に正当防衛となりますので、法的問題はありませんが……。この位置関係ですと、相手の方がかなり有利な状況と言えます』
うーん、確かにこれはちょっとよろしくない。
敵艦の相対位置は、惑星から見た場合、エトランゼよりも上の位置を取られている上に、完全に背後を取られている。
バックマウントポジションとも言われている……この位置関係での戦いは、圧倒的に不利。
なにせ、相手は位置エネルギーのぶんだけ優位な上に、速度も上。
かなり大きなブースターを積んでいるようなので、こちらが今から増速しても振り切るのは不可能。
思い切って、惑星側へコース変更する手もあるのだけど、この速度でのそれはリスクが大きい。
いくらなんでも、亜光速領域で大気圏に突入なんて、壁に突っ込むようなもの。
要するに、身動きが取れない。
相手は、こっちに合わせて減速すればいいだけの話だから、位置関係も速度もずっと不利なままという状況は変えようがない……。
それで勝てる道理などない……本来ならば、この状況すでに詰んでるとも言える。
亜光速航行の減速中を狙われるなんてのは、本来割とどうしょうもない状況。
まだ撃ってきては居ないけれど、撃つだけ無駄って解ってるから。
亜光速領域では、有効な攻撃手段というものが存在しない。
双方、亜光速で動いている以上、光学兵器ですら簡単には当たらない。
なにせ、亜光速領域では光ですら真っ直ぐには進まない。
見えている姿も、見えた時点で過去のもの……亜光速の世界は、戦闘の常識が通用しない……そんな世界なのです。
これはかつて、大昔の第一次世界大戦の頃。
当時発明されたばかりだった航空機同士が戦いとなっても、単発ライフルとか拳銃くらいしか攻撃手段が無く、お互いさっぱり当たらなくって、戦いにならなかったとか、そんな話に似ている。
亜光速で戦闘になるとすれば、亜光速宇宙機雷を予想進路上に放った上で濃密なデブリ塊に巻き込ませる、亜光速機雷戦ってのが主流。
要するに、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるを突き詰めた戦闘様式がそれ……。
もっとも、亜光速機雷戦なんて……そんな状況になる時点で、それはもう戦争状態。
そもそも、巡航艦クラス以上でもない限り、亜光速機雷なんて、とても詰めない。
レーザー砲戦も戦闘艦クラス相手ともなると、小口径レーザーなんてほとんど効果ない。
戦闘艦相手に有効なレーザーともなると、束ね撃ちするか、1000mmくらいの大口径レンズ径の大型大出力レーザーでないと厳しい。
実体弾の砲戦なんて、真っ当なやり方だと命中率なんて、天文学的な確率……やるだけ無駄。
……とにかく、亜光速状態での戦闘手段自体は、色々あるのだけど、その辺りはもう百年単位であちこちでの実戦を通して、あらかた対策済み。
今、現在知られてる戦術や兵器では、亜光速戦闘で明確な決着はまず付かない……それが一般論。
亜光速戦闘ってのは、もっぱら有利なポジションの争奪戦……十分にお互い減速した上での砲撃戦の前哨戦みたいなものなのですよ。
現在の状況を端的に言うと、そのポジション争いの段階で為す術無く敗北したも同然。
向こうはこちらより遥かに大きい戦闘艦である以上、火力、シールド、装甲、エンジンパワー……すべてが上。
不利なポジションで、まともに撃ち合って勝てる相手ではない。
完全に、制圧下……と言える。
つまり、相手の言うことを無条件で聞く他ない……そんな状況だった。
高度ステルス艦にも関わらず、このタイミングで姿を見せたということは、もはやこちらに為す術がなく、邪魔も入らないと確信した……そう言うことなんだろう。
目的はエトランゼの拿捕、臨検……そんなところ?
クリーヴァ社の手のものと仮定した場合、ユリの身柄を確保……そう思って良さそうだった。
そうなると、他の皆は関係ないのだけど……大丈夫な訳がない。
あんまり考えたくないけど、女子供はブラックマーケットでは商品になる……なんて、話も聞く。
最悪、目撃者は消すとかやられかねないし、そこまでやらないにしても、無事に済むとは思えない。
こんな無法を平然と仕掛けてくる時点で、相手は法の外にいる……そんな人達が紳士であることを期待するとか……。
そんなのは、ただの平和ボケっていうのですよ。
『敵艦より、入電……繋ぎますか? 恐らく降伏勧告かと思われますが』
……降伏勧告。
こちらが詰んでる以上、当然の対応。
相手としては、こっちが観念して白旗あげてくれれば、面倒がなくていい。
降伏勧告する程度には、理性的である以上、降伏すれば、向こうもそう無茶はしないだろう。
抵抗しないことを条件に、皆を無事に返してくれるかもしれない。
でも……降伏はしない!
だろう、かもしれない……相手の善意に期待する?
……ユリは、そう言う世界に生きていないのですよ。
ぼちぼち、ユリちゃん本領発揮。