第十二話「放課後ティータイム」①
「なんや……すると、タムラ会長……ユリちゃんとこに殴り込みに行って、軽く返り討ちにあったんか。そりゃ傑作やな!」
なんとなく、恒例になった放課後の宇宙港、エトランゼ号前。
ここでテーブルを囲んでキャンプ椅子に座りながら、夜時間になるまでの数時間を過ごす……この数日の習慣みたいになってるのです。
学校の部室は……もはや、伝言板程度にしか役に立ってない。
なんとなく、気分を出すために部の備品の3Dプロジェクターで、森の中の風景を映し出してるもんで、如何にもそれっぽい雰囲気になってる。
こんなものがある辺り、先輩達もこんな風になんちゃって地上キャンプとかやってたのかもしんないっ!
宇宙港の中は程よく寒くって、早速防寒服も役に立ってる。
今日の生徒会長との一件を話したら、アヤメさんもよほど、痛快だったみたいでお腹抱えて笑ってる。
「笑い事じゃないのですよ。こーんな顔して、一年の教室に押し掛けてきたのです! 軽くホラーだったんですよ! あの人違う意味で怖すぎるのです!」
言いながら、目を指で引っ張って釣り目にしてみる。
「私も会うのはやめた方が良いって、止めようとしてたんですけどね。会長もあんな醜態晒しちゃったら、もう立つ瀬が無いって奴ですよ……まったく、困った人です」
冴さんも、今日は何も言わなくても、エトランゼ前まで来てた。
なんか、フワモコな感じのダウンジャケットとか着てて、割とオシャレ。
「でも、エザキさん、彼女……むしろ清々しい顔してましたよ。まるで勝てる気がしない奴に始めて会ったって……あれって、ユリコさんの事だったんですのね。いったい、何をやらかしたのです?」
「そいや、エリーはエザキと一緒のクラスやったっけ……。アイツも空手部で練習でもやってりゃいいのに……生徒会の用心棒みたいな事やっとったからなぁ……。しっかし、返り討ちって何したん? 冴ちゃん達も見とったんやろ? ユリちゃんも強化人間とは言え、エザキなんかとガチでやりあって、よく無事で済んだなぁ……」
……今日は冴さんのならず、マリネさんとリオさんも一緒なのです。
お昼の一件もあって、気遣ってくれたみたいで、放課後一緒に遊ぼうって誘われてたんだけど……宇宙活動部の備品整理が終わってないし、今週末には二度目の地上降下の予定。
その準備の買い出しやら、お料理の練習だの、やる事いっぱい……。
コロニーだから、火は使えないんだけど、本番で失敗したら悲しいので、練習は必須なのです。
アヤメさんは、失敗するのも含めてキャンプだから、ぶっつけ本番で良いって言ってたけど。
どうせなら、美味しいのが食べたい。
地上でご飯は、5割増しくらいで美味しくなるって言うから、ユリも期待大っ!
……こう見えて、お料理は得意、裁縫や洗濯、お掃除……主婦スキルは完璧なのです!
と言うか、最近家で晩ごはん作ってない。
ここで、色々チャレンジングな料理作って、試作品食べてたりして、晩御飯まで食べたら、確実に体重増える。
なので、家に帰ってもご飯は作らずに、お風呂入って、次の日の支度をして……TVとか見て寛いだら、さっさと寝る。
そんな規則正しい生活がここ数日のユリの日常。
……なお、コンビニ弁当や余り物持って帰ってるので、キリコ姉が飢えたりはしてない。
そもそも、キリコ姉も立派な社会人……ご飯は適当に食べてとメール一つで、適当に済ませてくれる。
ほっとくと、外食やコンビニ弁当、ジャンクフードのオンパレードになるんだけど。
栄養バランスとか、それくらい自己管理して欲しいのです。
さてさて、今日は……マリネさんとリオちゃんと言うお客さんが一緒なのです。
あの後、宇宙活動部の話をしたら、部活動の様子を見てみたいって言ってくれて、一緒に来てくれたのですよ。
さっきまでお菓子作りにチャレンジしてて、一段落ついたので、皆で生焼けクッキーをつまみながら、ティータイム中なのです。
ちなみに、先輩達二人は折りたたみ式のハンモックにふたりで潜り込んで、ギューギューな感じて寝っ転がってる。
宇宙港の中で焚き火が出来るなら、むしろここでキャンプしても良いような気もしないでもないのです。
でも、やっぱり、キャンプといえば焚き火……焚き火のないキャンプなんて、物足りない……そんな先輩達の言い分ももっともなのです。
ちなみにクッキーは……水が多かった上に火力不足で、ソフトクッキーみたいになっちゃったけど、美味しいのですっ!
あと、微妙に重力や気圧が低いので、予想外に膨れちゃったってのも……。
お料理って、一般的には1G重力環境下で調理するってのが前提だから、ちょっと重力係数が違うと、予想の斜め上な結果になって失敗したりするのですよ。
なお、エルトランは周知の事実だったのらしいんだけど、敢えて口出しせずに見守ってたらしい。
ちなみに、エスクロンの管理区域外の高重力エリアでは、パン焼くと生地の密度が偏って、下が固くて、上がスカスカ……みたいになるので、バームクーヘンみたいに生地をグルグル回転させながら焼いたり、無重力空間用の重力調整機能付きの焼き窯とかがいるのです。
……これ、宇宙豆知識っ!
でも、そう言う事知ってて、この失敗を予見できなかった辺り、ユリも所詮、実経験が足りない頭でっかちじゃあるのですよ。
「そ、それがですね……。なんか、ユリコさんとエザキ先輩……ただ睨み合ってただけに見えたんですけど……。向こうが勝手に負けを認めてひっくり返っちゃって……皆もう、何が何だかって感じでした」
「確かにねー。二人して、随分長い間睨み合って……いきなり、先輩が座り込んじゃったとしか……。ホント、何やったんだか……ユリちゃん、あれってなんだったの? なんか、ポケットに手を入れて、構えてたみたいだけど……何しようとしてたの?」
冴さんやマリネさん視点だと、やっぱりそんなんだったらしい。
……二人共、そう言う武闘派な世界とは縁がない。
傍から見たら、そんなだったろうなぁ……。
訳が解らないと思う……普通に。
「……私、解っちゃった……。あれって、殺気の応酬って奴だよね? うちのお爺ちゃん……柔道の有段者だったんだけど、そんな話、聞いたことあるよ。達人同士の闘いって、睨み合ってる時点でお互い動かずに、気合だかなんだかの応酬だけで、戦いが成立するんだって……。エザキさん、どうやっても負けるイメージしか浮かばなくて、心が折れちゃったんじゃないかな……」
さすが、リオさん。
よく見てたのです……。
ちなみに、エスクロンって、その高重力環境が武者修行に最適だとかで、銀河各地からその手の武道家……それも達人クラスの人達が管理区域外に住み着いたりしてるのですよ……。
例のお師匠様……剣豪さんもその一人だし、リオさんのお爺ちゃんもそう言う手合だったのが、エスクロンに居着いて、クオンに引っ越したとか……そんなんだったのかも。
なんと言うか、人に歴史ありって感じなのです。
「リオさん、正解なのですよ。あの時、お互い手出ししなかったけど……。少なくともユリは、戦闘シミュレーションで何度も迎撃判定を取ってたのです」
……ユリの戦闘シミュレーション上では、エザキさんは38連敗を喫していた。
まぁ、向こうがどう捉えていたかは知らないけど、少なくともそれくらいは踏み込んできて、迎撃するチャンスがあった。
先輩もなかなかの使い手で、こちらの迎撃を察して、キャンセルしたり、殺気のみで動かないフェイントとか……結構熾烈な戦いではあったのです。
ユリもなんともなかったようで、午後の授業はオーバーヒート気味で、熱っぽくって授業とか全然聞いてなかった!
「そう言えば、エザキさんも負けた割には楽しそうに、言ってましたわ……やっと本物に会えたって……。けど、そんなイメージだけの戦いとか、TVなんかじゃ見ないから、何が凄いのかピンと来ませんわね……。ユリコさんが凄いってのは解りますけど……普通、そんな空手やってる人なんて目の前に居たら、それだけで怖気づいてしまいますわ」
「ユリは……軍事教練なんかも受けてるし、そもそもは戦争用の強化人間だったのですよ。本気でやれば男の人にだって勝てるのです。……そこは一応説明したのですよ?」
「うーん、そんな話、一応聞いちゃいたけど、全然実感なかったわ。でも、空手部のホープのエザキを手も無くあしらうとか……やっぱ、凄いんやなぁ……。ユリちゃん、今度遅くなったら、家まで送ってってな!」
……解るのです。
夜のクオンって、照明ケチってるとしか思えなくって、あっちこっちが薄暗くて、最初の頃は涙目だったのですよ。
でも、実戦……か。
戦闘モードでの殺し合いとかは経験あるけど、素のままで本気でやる気の相手と相対したのは始めての経験だったかも。
……お師匠様には、戦闘モードは隙だらけだから、戦場から生きて帰りたいなら、頼るなとは言われてる。
戦闘モード移行時には、基本……目の前で動く相手は殲滅って感じになる……。
防御が雑になるから、確かに死に急ぐようなものかもしれない……。
もっとも、理性を残したままの本気の戦いの経験ってのは、意外と少ない……今回がはじめての経験かもしれない。
けど、エザキさんとやりあってみての感想は、一撃必殺ってのは変わりないんだなって思った。
実際の空間戦闘も似たようなもの……基本的に一発でケリが付けないと危うい。
二発三発と当てないと駄目……なんてのは、火力に問題があるのですよ。
実際の空間戦闘で、レーザーや荷電粒子砲なんて、ロックオンされた時点で終わってる。
そうなったらもう、装甲やアンチレーザーシールドと言った受動防御装置だのみ。
如何にロックオンさせないか……それに尽きるのですよ。
電子ジャミングやら、戦術機動……光学幻惑、お互い射程外でのポジション取りや機雷、ステルスミサイルでの牽制……そんなあの手この手のオンパレードの果てに、射程に入ってからの撃ち合い。
落とされる時は、もう何十手も前から確定してるとか、そんな世界なのですよ。
兵器のスペック上の射程外からの機動予測射撃なんてのも、ハイクラスAIや上級ドライバーだと常套手段。
微細なデブリによる機体動揺ひとつで、勝負が決まる……なんて事もままある。
撃ってくるタイミング、何処へ避けるのか……そんな敵ドライバーの発する意識。
極限レベルになると、そんなものすらも感覚のひとつとして、知覚される……コンマ秒単位の先読み合戦。
今日日の三次元空間戦闘ってそんな感じ……。
エーテル空間での集団空戦ともなると、また事情が違うのだけど……。
一手一手追い詰めていく、何十手も前で勝ち負けが確定するような、将棋やチェスにも似た戦いとも言われているのです。