第十一話「あなた、だぁれ? なのです!」⑤
とにかく、威嚇だけでの勝利。
これは戦術的には、満点と言える。
抑止力の勝利と言い換えてもいい。
エザキさんが物分りの良い人で本当に良かった。
でも……暴力を見せびらかすことで、邪魔者を屈服させるとか。
そんな暴力的なルールを平和な女子校に持ち込むとか、その時点で間違ってるのですよ。
……もっと平和的に、地道に活動して人望集めて、誰からも好かれる生徒会長とか目指せば、良かったのに……。
変に権力の本質を理解してて、権力志向みたいなのを持ってたから、こうなったんだと思うけど。
いざ、その強権の源たる暴力装置を失ったら、もう手立てがない。
要するに、これは軍隊がまとめて降伏しちゃった国みたいなもんなのです。
軍隊を失った国なんて、もう無条件降伏するくらいしか道はない。
他のクラスからも野次馬が集まってきて、口々に今の状況を説明したり、会長酷くない? とかザマァみろ……とか、囁き合ってる。
あのコ凄くない? とか、ユリを称える声もチラホラと……。
タムラ会長、完全敗北!
クスノキ・ユリコ……大勝利なのです!
これで、ユリが本気のカウンターショットとかで、エザキ先輩を撃沈してたら、皆ドン引きだったけど……。
表面的には、睨み合ってるうちに、エザキさんが勝手に勝負投げちゃったように見えてると思う……。
実際は、数えきれないほどのカウンターを貰って返り討ちにあうイメージの繰り返し。
歴戦の戦士ですら、反射的に避ける殺意の波動……下手に武道をかじってただけに、さぞ鮮烈なイメージが沸き起こってたんだと思うのですよ。
その挙げ句の無条件降伏ってのが、実情なんだろうけど……とにかく、平和的にコトは収まったのです。
「くっ……お、覚えてなさいっ!」
完全アウェー状態で、援軍もない……そんな状況だと気付いたらしく、まるっきり悪役の捨て台詞と共に会長さんと取り巻きさんが大慌てて、帰っていく。
「……す、凄いわね……。結局、何もしないで、あのエザキ先輩を追い返しちゃうなんて……」
冴さんが、呆然と呟く。
「この勝利はユリコだけじゃないのですよ……ここに集まった皆の勝利なのですよ」
実のところ、ユリはあんまり会長さんとも口論してないし、エザキさんとにらみ合いの末勝ったってだけ。
リオちゃんとか、マリネさん、冴さん……それにクラスの子達が頑張ってくれたから、会長さんも負けを認めて大人しく帰ったようなもの。
「でも、ユリコちゃん、凄いわっ! 今のエザキ先輩ってインハイ出て、いい線行ったくらいの人なのに……。ねぇ、何やったの? ガン付けだけで、空手の有段者を返り討ちって、古の剣豪とかみたいで、マジでカッコいいっ!」
マリネさんが抱きついてきて、同じ様にカッコよかったーとか、言いながら、クラスメートや通りがかりの知らない子達までが周りに集まってくる。
……ど、どうしようなのですっ!
「お前ら……こんな所に集まってたら、邪魔だぞー。解散! 解散ーっ! 午後の授業が始まるぞー!」
そんな中、今頃になって呑気な雰囲気のキリコ姉がやってきて、生徒達を追い散らし始める。
「キリコ姉……遅いのですよ? んと……説明した方がいいのです?」
「いや、何があったのかは、そこで見てたから知ってるよ。生徒会長だろ? アイツも馬鹿だねぇ……ユリコを力づくで屈服させようとするとか……。ライオンに喧嘩売るようなもんだろ。ユリコも良く、最後まで手出ししなかったな。偉いなぁ……さすが、我が妹だ」
あの修羅場に介入せず、見てるだけとか。
でも、下手に介入されてもややこしくなってただろうし……そこら辺はなんとも言えないのです。
と言うか……ライオンとか、酷い例えなのです。
ライオンとか見たこと無いし、戦ったことないから、相手になるのかなぁ……。
うん、デカっい猫ちゃん……なんだよね?
「厳密には、やらかしたのですよ?」
「そうだなぁ、なんにせよ今のはエザキの完封負けだな。アイツの中では、それこそ数限りない回数、踏み込んでいっては返り討ちに合うイメージが繰り返されたんだろうさ。やり合うまでもなく、力の差を実感して、素直に負けを認めた……その潔さは、買ってやるべきだな」
キリコ姉も、同じように殺意の波動だけで、為す術無く返り討ちにされた経験はある。
アレを食らう怖さは、身にしみて解ってるらしかった。
ちなみに、キリコ姉は無謀にも捨て身の特攻をかけて、眉間にベアリング弾もらって悶絶と言う派手な負けっぷりを晒してる。
どこでユリがこんなのを身につけたかと言うと……。
お父さんキャンプの最中、食料調達中に悪天候でお父さんとはぐれて、思いっきり遭難した。
そんな状況で、山ごもりしてた自称剣豪さんと出会って、保護してもらったのだけど……。
その数日間の共同生活の中で、スジが良さそうだからとか言って、色々修行つけてもらって、その時に身に着けた技のひとつ。
それがこの「殺意の波動」
どんな相手でも攻撃に入る直前に放ってくる攻撃意思……そんなものを目で見ずとも把握し、またそれを相手にぶつけることで相手の行動を支配する。
……ある種の超常能力に近い奥義。
これをわずか一週間程度で身に着けてしまったユリは、剣豪さんに「最高の弟子」呼ばわりされるようになり、思い出したように稽古をつけて貰いに行ったりとかしてるのですよ。
一応、こう見えて剣術とかも使える。
剣術ってのは三倍段とも言って、空手とか徒手空拳の武術の三倍は強いって言われるほどで。
実は、傘やら木の枝なんかでも、十分武器になる。
本来は、型とか重視してたみたいなんだけど、お師匠様のは実戦想定剣術なので、はっきり言って何でもあり。
ユリが元々持ってた射撃戦闘システムを接近戦に応用したベアリング弾による近接戦闘もアリだって話にはなってるのですよ。
ユリの持ってる特殊能力。
超索敵能力も……多分、この時、殺意の波動を会得したのもあると思う。
気を探り、気を見、気を放つ……割と通じるところがあるんだよね。
「……もうちょっとスマートにやるべきだったのです」
具体的には、もうちょっと話し合いとか。
あんな拳と拳で話し合い……肉体言語とか、なんか違うのです。
「十分スマートだったよ。エライ、エライ。エザキの奴は、会長の昔なじみでな……。義理立てしてるんだか知らんが、生徒会の用心棒みたいな事やっててなぁ……。会長のタムラもそんな仲間がいることをいいことに、割と好き放題やらかしてくれててな。あたしら教師も何度か注意はしてたんだが、生徒自治がどうのって屁理屈こね回して、全然言う事聞かなくてな……。まぁ、これで少しは大人しくなってくれるといいんだけどね」
ギリギリの非暴力によるある種の恐怖政治。
困った人達ではあるのです……教師としても対応に苦慮してた。
キリコ姉の様子から、そんなのが見て取れる。
「ユリは……どうなるのです? 処分とか嫌なのですよ?」
「処分? それはないから、安心しろって。エザキとお前がガチの殴り合いとか始めるようなら、止めて喧嘩両成敗ってやるところだったが、お前が何もしなかったってのは、誰の目にも明らかだろ……。なんだ、しっかり親父のやり方を受け継いでるんだな。さすがユリコ……。あたしだったら、あの場の全員はっ倒して終わりだったろうからな。はっはっは!」
うん……キリコ姉なら、そうしてた。
口より先に手がでる……キリコ姉ってそう言う人。
とりあえず、この分だとお咎め無しで済みそうなのです。
かくして、この騒ぎは一旦幕引きとなったのです。
……ちゃんちゃんっと。