第十一話「あなた、だぁれ? なのです!」④
うん……この制空圏が分かる程度には、この人は解る人……。
スポーツ空手のアマチュアさんかと思ってたけど、そんなレベルじゃない。
本気の殴り合い……実戦空手とか、そう言うのの経験者。
これが腕に覚えがある程度の人だったら、お構いなしに突っ込んできてただろうけど。
それをやったらどうなるか……理解できてしまっている。
だからこそ、動けない。
そこから入った瞬間、ユリは即座に迎撃行動に入る……踏み込みに合わせて、カウンターでベアリング弾を顔か脛にでも叩き込んでやるつもり。
ポケットに右手を突っ込んで、身体を半身にして、まっすぐ正面から見据える。
向こうは、蛇に睨まれた蛙みたいに、微動だにしなくなる……。
いや、動けないんだと思う……いわばロックオン状態。
『殺意の波動』……殺気とも言われるむき出しの殺意。
エザキさんは殺気がどうのと言ってたけど、あんなのは子供の遊びレベル。
あの程度で、イイ気になられても困る。
一歩でも動いたら、躊躇わず撃つ……その覚悟を込めた気迫。
電磁加速なしの指弾と言えど、5g強の鉄の塊……急所に当てれば、生身では一発貰っただけで、ほぼ確実に行動不能になる。
エザキさんは、こっちの攻撃手段は把握してないだろうけど、5mの間合いを一瞬で詰める何かを持ってることには気付いた。
……だから、これ以上動けなくなってる。
誰もが固唾を呑んで、見守る中……一瞬とも、果てしなく長い時間とも思える沈黙が走る。
たまに、ピクリと動こうとするのだけど、ジリッと後退。
それを繰り返しつつ、顔中に滝のような汗をかいている……。
ここまでの重圧を掛けているにも関わらず……割としぶとい方だと思う。
大抵が耐えられなくなって、背を向けて逃げ出すか、やけっぱちの突撃……その二択になると言うのに、未だに真正面から正対し続けてる。
ならば、さらに制空圏を拡大する。
ポケットから手を抜く寸前にして、膝を曲げて姿勢を低くして、攻撃準備態勢に入る……。
当然のように、それに反応して、ビクッとして、大きく後ろに下がったところで……不意に予鈴が鳴った。
キンコンカーンと、間の抜けた音が響く。
それを合図にしたように、向こうは不意に構えを解くと、その場にお尻からぺたんと座り込む。
「……ちょっと! エザキ……何やってんのよ!」
会長さんが声を荒げる。
半ば無意識の行動だったのだろう……エザキさんもなんとも気まずそうな顔をする。
慌てて、立とうとするのだけど、立ち上がれない。
どうも、腰が抜けたらしい。
「ははっ……なんだこりゃ。立てねぇってなんだよ? おいっ! 動けよっ!」
自分の膝を八つ当たりするように叩いてる。
「……エザキ! 遊んでんじゃないわよ! 教訓を与えるはずじゃなかったの? 馬鹿やってんじゃないわよっ!」
会長さんが叫んでる。
そう言う自分も前に出る根性は無いらしい。
「で……どうするのです?」
さすがに、ここからどうこうしてくるとは思えないのだけど、一応確認してみる。
「ああ? 見てわかんねぇのか? 見ての通り、こっちは立てねぇ……お手上げ、白旗だよ……! ははっ……なんなんだ、お前……そんな大人しそうなナリしてて……まるで打ち込む隙がねぇ……。つか、お前……マジで殺る気だったんだろ? ……ず、随分とおっかねぇヤツだな」
……少なくとも、もうやる気はない……全身でアピールしてるのです。
ユリもポケットから手を出して、パンパンとスカートを叩いて、後ろ手に手を組んで、もうやらないよアピールをする。
向こうは……立つ気力もないらしい……だらしないとか、思わない。
本気の殺意を叩き込まれて、この程度で済んでるあたり、大したものなのです。
本物の玄人相手に、殺意放つとか、あまり意味もないけれど、素人相手なら露骨に効く。
相対した相手を殺す気でかかれば、戦わずして気迫勝ち出来る……そんな風に聞いてたけど、上手く行ったみたいなのです。
周囲の皆も、完全に雰囲気に飲まれてたみたいで、よれよれと座り込む子とか続出してる。
「ユリの勝ちって事でいいのです?」
一応、手でも貸すつもりで、前に出る……けど、露骨に身体を大きく震わせて、ずりずりと後ろに下がっていく。
「そ、そうだな……すまん、それ以上近づかないでくれねぇか? それより、アンタ……相当な使い手、いや……化け物か何かか? あそこから何やっても、当てられるイメージが沸かねぇどころか、返り討ちにあうイメージしか沸かなくて、身体が動かなくなりやがった……。アレは……本物の殺意ってヤツか? 睨まれただけで、動けねぇとか、本気のお師匠様以来だぜ……こんなの。ははっ……なんだこれ、今頃になって、身体が震えてきやがった……」
強がってはいるものの、青ざめた顔でガクガクと笑い始めた膝を懸命に抑えようとしている。
……都合、38回の臨死体験。
頑張った方だと思うのですよ?
「何のことやら……なのですよ?」
「はっ、言ってろよ。なぁ、タムラ、悪いことは言わねぇ……。この一年生……ヤバすぎる! 力づくでどうにか出来るような奴じゃねぇし……お前なんかとは格が違う……いいから、もう諦めろ!」
「な、何もしないで負けを認めたって言うの? 狂犬エザキともあろうものが……みっともないって思わないの?」
「馬鹿か? そんなもん、犬にでも食わせとけってんだ。アタシはまだ死にたかねえよ……こいつは、そう言う手合だ。本気でやり合うなんて冗談じゃねぇよ……」
「はぁ? 何言ってるの……怖気づいたなら、素直にそう言いなさいよ! この臆病者っ!」
「もう、そう言うことでイイよ……。ああ、そうだよ……あたしは、ブルっちまったんだよ。なぁ、お前……ガチの本物ってやつだろ? 教えてくれっ! 一体何をやったら、そんなになるんだよ……」
なんだか、物騒な事言われてるのです。
偽物とか本物ってなんのコッチャ……なのです?
「良く……解らないのですよ……?」
「……そうかい、そうかい。なら、そう言うことにしておいてやるよ。一年共も騒がせたな……すまなかった……そんな訳で、アタシは先に戻るよ……タムラ、忠告はしたぞ? 本気でそいつに手を出すなら、腕の一本どころか、死ぬ覚悟を決めてやりあうんだな。そいつはその気になれば、躊躇いなく人を殺せる……それくらいにはヤバいやつだ」
……なんか人聞きが悪いけど、悲しいことに事実なのですよ……。
エザキさんもそれだけ言うと、フラフラに憔悴しきった様子で立ち上がると、黙って背中を向ける。
「ちょ、ちょっと! 何、勝手に……」
「二度は言わねぇ……そんなにやりたきゃ、一人で勝手にやってろ! ……もう、ゴメンだ……」
エザキさん……宣言通り、会長さんの制止を無視して、さっさと帰ってしまう。
その様子を見て、取り巻きさん達も露骨にうろたえて、オロオロしてる。
どうも、あのエザキって人が生徒会の切り札……頼みの綱だったみたい。
けど、この会長さん、ヒステリー持ちで、酷いポンコツだけど、権力ってもんの本質を多分解ってる……。
権力ってのは、それなりの実力による裏付けと言うものとセットになった上で、成立するものなのですよ。
例えば、国家権力を国家権力足らしめているのは、その実力装置である軍事力。
戦争がなくなったこの世界でも、どの星系もそれなりの軍事力を保有しているのは、それが大きな理由。
権力を持つものってのは相応の武力、財力や正当性……そう言った実力と呼べるものを保有しているからこそ、権力を保てる。
武力と権力ってのは表裏一体……無法地帯なんかでも、武力があるものこそ、正義ってなるのも、当然の流れ。
力なき正義なんて、何の意味もない。
とにかく、実際問題……生徒会長の権限なんて、何の裏付けもないんだけど……。
ああ言う、恫喝担当が居るだけで、その権力の裏付けとして、十分なものになっていたんだと思うのです。
女子高で、あんな空手の有段者なんて、反則なのです。
暴力をちらつかされたら、大抵の子が屈するしか無いのですよ……女の子って、基本的にか弱いのです。
多分、邪魔者やうるさ方をあんな風に実力行使で黙らせるなんてのも、一度や二度じゃなかったんだと思う。
それでも、あまり大きな問題にならなかったのは、あのエザキさんって人は、これまで誰かを殴ったり、怪我させたり、そう言った事だけは、しなかったのだろう。
とにかく、脅し役のハッタリ……それでも、十分効果的だったのは、想像に難くないのです。
けど、それだって暴力以外の何物でもない……本来ならば、痛い思いでもさせて償わせたっていいくらいなのですよ?