第九話「それは、当たり前の日常」⑤
「……私もこれ以上動きたくない……。ちょっと頑張りすぎたわ……」
流石に冴さんは、ジャージのファスナーを少し下ろした程度で、慎ましい姿。
「あら、優等生の委員長がサボり宣言?」
「人には、向き不向きがあるの……。元々、身体動かすのは苦手なのよ。ユリコさんが羨ましいわ……」
マリネさんの挑発するような言葉に冴さんは軽くスルー。
人間出来てる人なのですよ。
「ユリは……ちょっとインチキなのですよ?」
「なんだっけ……。強化なんとかってヤツだっけ? キリコ先生が言ってた。でも、思ってた以上に、私らと一緒だよね……触った感じとかも私達と全然一緒! ここの触り心地も抜群だったしね!」
マリネさんが、ニヤニヤと自分の胸を揉む仕草をする。
……い、一緒なんだ。
ちらっと見ると、マリネさんの二の腕が目に入る。
そっと手を伸ばして、もにもにと摘んで、自分のと比べてみる。
ユリは……ちょっと硬いような。
「ちょ、ちょっとは違う……? マリネさん、ユリよりもやわっこいのです」
そんな事をやってると、マリネさんにやりかえされる。
二の腕のところをモニュモニュと……なんだかくすぐったい。
「ふむふむ、これがユリコちゃんの二の腕の感触……。ねぇ、知ってる? ここと胸の触り心地って大体一緒なんだって……つまり、これはですな……」
ゴクリ……そう言うことなら、今、ユリが触ってる二の腕の感触は、マリネさんの胸と同じって事?
確かにとってもやわやわで……触り心地抜群。
試しに自分の二の腕と胸を触り比べてみる……確かに……似てるかも?
「にひひ……どう? そんなとこだけじゃなくて、お腹とか……太ももとかも触っていいわよ? なんなら、二人で誰も居ないところに行って、もっと凄い触りっこ……してみない?」
マリネさんが耳元で囁く。
なんだか、顔が熱くなる……二人きりで誰も居ないところで……。
も、もっと凄い触りっこってなんなのですーっ?
「マ・リ・ネ……。何度、同じこと言わせる気かしら?」
冴さんが立ち上がって、腰に腕を当てて仁王立ちする。
は、迫力あるのですよ。
「い、委員長……れ、冷静に……私、まだなんにもしてないしっ! み、未遂じゃない。ねーっ! ユリコちゃん!」
「は、はい! なのですっ! べ、別にマリネさんの身体を思う存分、触ってみたいとか思ってませんからっ!」
危ない危ない……。
いくらなんでも、やって良いことと悪いことがあるのですよ。
いくら自分のが貧しいからって、人のを触ってみたがるとか……そう言うのは駄目なのですよ。
「うふふ、なんかもうすっかり仲良しって感じだよね。そうだ、ユリちゃん、私と持久走でもしてみる? 私、体力結構自信あるよ! こう見えて、お爺ちゃんとお婆ちゃんがエスクロン人だから、かなりタフなんだよ」
……そう言うことかと納得。
筋力とか体力って、環境要因が大きいんだけど。
エスクロン人は、もう遺伝子レベルで他の星系の人達より、身体能力が総じて高い……。
薬物やナノマシンとかも容赦なく使って、身体強化するに留まらず、遺伝子レベルでの強化までやってたから、ある意味他の星の人類より、進化してると思う。
エスクロン人の末裔という時点で、リオさんも相応に高い身体能力を持っていると思ってよかった。
「……リオっちは、体力昔から人並み外れてるのよね……。いっそ、運動系部活でもやればよかったのに……もったいないよ」
「ああ、ダメダメ。エスクロン人の血を引いてる時点で、チート扱いされて、公式大会には出してもらえないし、家の手伝いとかもあるしね……。私は、帰宅部で一向に構わんのよ」
……三世世代ともなると、一般人と比較しても一割二割増し程度とかだと思う。
結局、体力や筋力なんて環境要因に左右されるし、何もトレーニングしてないと、一般人と大差ない。
もっとも、限界値は一般人以上なのは確実だから、鍛えれば軽く常人以上の身体能力を得ることが出来る。
けど、だからこそ、スポーツ業界ではエスクロン人は全く歓迎されない。
エスクロン系人類という事を隠して、銀河オリンピックで金メダル取った人も居たけど、バレた結果、スポーツ界を永久追放されてしまったし、その手の話はもう無数にあって、エスクロン人と言う時点で公式のスポーツ界では全く相手にされない……そんな風潮がまかり通ってるのですよ。
でも、普通の人だって高重力環境でゆっくり時間を掛けて、身体を鍛えればエスクロン人に負けないくらいの身体能力くらい手に入れることも出来るんだよね……。
もっとも、スポーツ業界ではあくまで、地球環境準拠と言う条件で身体も鍛えて、ドーピングとかサイバネティック技術とか、不自然なものはとにかく排除……それが常識とされてしまっている。
だから、宇宙のあっちこっちに移住したエスクロン人やその子孫達からは不当差別……と言う声も上がってる。
でも、スポーツの世界の人達は、地球基準で自然な人間の肉体がーとか、そんな事ばかり言ってる。
……考え方が古臭いのですよ。
「私は、勉強も運動もイマイチなのよね……。ぶっちゃけ何の取り柄もないから、肩身狭いわ」
マリネさんがため息を吐く。
「勉強なら、ユリも色々教えてあげるのですよ?」
「そう言えば、ユリコさんって転入テストの成績、抜群に良かったらしいわね。キリコ先生が自慢してたわ」
さすが、冴さん……その手の話にも詳しいみたい。
「そ、それマジ? ねぇ、ユリコちゃん……テスト前になったら、一緒に勉強会とかしない? 解んないとことか付きっきりで教えて欲しいなっ!」
「私もーっ! なんなら、うちに来てもらってもいいよ? 売れ残りパンとか食べ放題だよ?」
……いいなぁ、それ。
お友達と一緒にテスト勉強とか……!
高校一年生レベルの試験とか、ユリ的にはむしろ余裕なんだけど。
一人で黙々と勉強するよりも絶対楽しい……実は、そう言うのも憧れだったのですよ。
……そんな感じで、取り留めのないおしゃべりをしてると、首筋がチリっとするような感覚。
木の陰……何かいた。
ぱっと見、何も見えない。
そうなると、昆虫サイズの偵察ドローンか何かの可能性。
探ってみる……いた。
3cm程度のハチに偽装した小型偵察ドローン。
……監視されてた? いつから?
こんな盗撮みたいな事、治安維持局のやり口じゃないし、今のはロックオンされた時とかと同じ感じだった……。
つまり、悪意を持った敵の視線……。
でも、やってる事は盗撮犯同然って……なにそれ? くっだらないっ!
指先から、ピンポイント高出力電磁波を放出。
傍目には軽く指を振った程度……けど、確実に捕まえた。
無線アクセス……ポートスキャン。
逆侵入を試みる……。
間髪入れず、微かにポンッ……なんて言う間抜けな音が響いて、アクセスが強制カットされる。
もはや、防ぎきれないと判断しての自爆コマンド実施。
……なかなかの腕利きなのですよ。
「……ユリコちゃん、何してんの?」
リオさんが怪訝そうな様子で尋ねてくる。
「な、なんでもないのですよ?」
……物騒な事に、お友達を巻き込むとか心外もいいところなのです。
うーん……パトロイドや警戒ドローンの監視網をくぐり抜けて、偵察ドローンのこの距離まで送り込むとか……この様子だと相手もプロっぽい。
おまけに逆ハッキングを仕掛けた事に勘付いて、即座にドローンを自爆させる……。
これ、完全に諜報関係者のやり口……お父さんから聞いたまんまだ。
やだなー。
こんな調子で定期的に仕掛けられたら、むしろ能力に磨きがかかっちゃう。
いっそ、放っといて欲しいくらい……。
……やがて、放課後になった。
一時期は、学校行きたくない……なんて、言い出すほどだったけど。
クラスメートのお友達が出来たってだけで、なんだか随分と楽しくなった。
一見閉鎖的に見えたクラス社会も、一人、二人に受け入れてもらえたら、後は簡単だった。
あっという間に、クラス皆がユリの事を受け入れてくれて、すっかり輪の中に溶け込めてきた。
授業は、ぶっちゃけ知ってることばかり。
そこら辺はしょうがない……ユリはすでにハイスクール課程修了と同等の資格、大学受験資格を所得済み……それも一学期のボッチ課程で修了してしまったのですよ。
だから、今更授業の内容と言っても、知ってることのなぞり直し……だから、とっても退屈。
だったんだけど、唐突にお手紙回ってきたり、退屈しなくなった。
内容は美味しいスイーツのお店発見! とか、今度のドラマに何々君が出演するよー! とか、しょうもない内容ばっかりだけど、ただの落書きを回したら、四コマ漫画になって戻ってきたり、色々と楽しい。
お昼も冴さんや、マリネさんと一緒に食べたりして……いい感じ。
ユリ手創りお弁当のおかずも割と好評で、いいお嫁さんになれるとか褒められたのです!
こう見えて、花嫁修業に余念がないのです!
放課後になると、部活とかアルバイトの子達は、さっさと帰ってしまうんだけど。
帰宅部の子とかは、意味もなくおしゃべりしてたり、寄り道の相談とかしてたりするのですよ。
マリネさんとリオさんは、バイトの日だとかで、バタバタと帰宅。
せっかくだから、宇宙活動部の部室でも顔だそうかなーと思って、帰り支度を進めてたら、冴さんが話しかけてきた。
「ユ、ユリコさん……よ、良かったら、途中まで一緒に帰らない?」
やけに緊張した感じなんだけど、とっても魅力的な提案なのです。
「お誘い、とっても嬉しいのです……。でも、今日は部活に顔だしていくので……一緒は無理なのです。ごめんなさいです」
「部活! そ、そうなんだ……残念ね。えっと……何部なんだっけ?」
「……宇宙活動部なのですよ」
「あ、あまり聞かない部活ね……どんな部活なの?」
「宇宙船で、惑星降下してキャンプするのですよ……。先週は勢いで惑星降下日帰り往還なんてしちゃったのです」
「惑星降下って……惑星クオン? あれって、そんな気軽に行けるものなの?」
「宇宙港に部専用の航宙艦があるのですよ! ……冴さん、興味あったりするのです?」
「あれって、お金持ちの道楽だと思ってたけど……。高校の部活なんてあったんだ! う、うん、興味あるわよっ! と言うか、クオンコロニーの居住者なら、皆一度くらい惑星クオンには行ってみたいって思ってるのよ」
なんか、興味津々って感じなのです。
そう言えば、一年生の部員もユリだけって言ってたし。
ここで、一人で帰ればーなんてやるのは、あんまりなのです。
「冴さん、一緒に来てみるです? 部員三人しかいないので、きっと歓迎してもらえると思うのです」
「そ、そうね! クラス委員ってもたまに会合ある程度で、要するに、帰宅部同然なのよ……わ、私ねっ! 前にも言ったけど、ユ、ユリコさんとは仲良くしたいし、その宇宙活動部ってのに興味出てきたから、是非! お願いしますっ!」
まるで告白でもするかの勢いで告げる冴さん。
「じゃあ、一緒に行くのでーす!」
言いながら、冴さんの手を握って、カバン持って出発!
何故か、アワアワしながら、冴さんも一緒についてくる。
……例の倉庫みたいな部室到着……でも、誰もいない。
と思ったら、壁の所に張り紙が……。
『ユリちゃんへ。うちら、エトランゼ号のとこに行っとるで! こないだ買ったモンも届いとるみたいやし、ハセガワ先輩が預かってた部の備品なんかもまとめて、届けてくれたんやってー。そんな訳で、今日の活動は備品整理や! お待ちしとるでー!』
やたら可愛い丸文字で、アヤメ先輩とエリー先輩の似顔絵付き。
「あら、置いてけぼり? 先輩達も随分、慌ただしいのね……」
「追いかければ、すぐに追いつくのですよ……冴さん、どうするのです? 宇宙港まで行くのですけど……」
「ここで、帰るとか言わないわよ……一緒に行くわっ! あ、私、自転車通学だから、後ろに乗せていってあげるわよ」
かくして、冴さんと一緒に自転車置き場へ、れっつらごーっ!
自転車二人乗りで、宇宙港を目指すのです……!