第九話「それは、当たり前の日常」①
そして、月曜日。
なんだか、久しぶりの学校って気がする。
学校から、キリコ姉のマンションまでは歩いていける距離なんだけど。
通学路の各所にパトロイドやハウンドが配備されて、頭上には飛行船が周遊してる。
なんだか、一夜明けたらすっかり物々しいことになってたのですよ……。
パトロイド自体は、丸っこい身体のゆるーい外観をしてて、横断歩道を渡る子供たちを誘導してくれたり、お年寄りの荷物を持ってくれたりと、とっても親切なので、皆からは親しまれているようだった。
ちなみに、ハウンドってのは、小型の犬型パトロイド。
威圧感を与えずに、自然に風景に溶け込めるように、30cm程度とコンパクトでモコモコ毛玉のおバケみたいな偽装カバーに覆われてて、まるでぬいぐるみみたいな外観をしてる。
はっきり言って、超かわいい。
けど、こんなでもテイザーガンや無力化ガスランチャーだのを装備してるから、制圧力は割と高い。
どうも、ユリがエスクロンの重要人物で、要警護人物だと言うことが治安維持局側にも認知されたようで、割と厳重な警備を敷いてくれたようだった。
……そこまでしなくてもって思うんだけど、エスクロンはクオンに多くの植民者を出しているし、結構な大口出資者でもある。
あくまで憶測だけど、あの後、恐らく敵性工作員の痕跡くらいは見つかったのだろう。
だからこそ、警護レベルを高く設定した……そんな様子が伺える。
それに多分、エスクロンからも警備強化の要請が届いたのかも……。
「ドラグーンハンターやってたら、銀色ドラゴンの封印が解けちゃって、大変だったんだー! お姉ちゃん、今度ヘルプよろ!」
エリコ姉さまに送ったメールの内容がこれ。
一見、ゲームの話だと思われるような内容なんだけど、メールや通信はすべて情報漏洩の可能性があった。
だからこその符牒を使った暗号で、エリコ姉さまに窮状を知らせた。
ドラゴンハンターと言うVRゲームは存在するけど、銀色ドラゴンなんてモンスターは出て来ない。
お姉さまとのやり取りで銀色の呼称はユリを示す隠語なのですよ。
その上で「ヘルプよろ」……助けて欲しいと言う意思の提示。
間違いなくお姉さまなら、動いてくれる。
返信は、「任せて」ととても短い一言だったけど、早速クオンの治安維持局を動かしてくれた。
ユリの超能力については、お姉さまも知ってるし、お姉さまはエスクロンCEO……最上級経営責任者とのコネすら持っているから、この話は確実に上層部に届けられるだろう。
危険すぎるが故に封印され、平和に慣れさせて、平凡に埋没させる。
多分、それがユリに課せられていたシナリオで……。
ある意味、とても優しい処遇と言えた。
けれど、本当に些細な事で封印措置は壊れてしまった。
こうなってしまっては、その優しいシナリオも破棄される可能性が高いのですよ。
ひとまず、ユリの周囲はクオン治安当局による厳重な警戒態勢が敷かれたのだけど。
向こうも必要以上に干渉する気もないようで、警護を置くだけで、ユリが治安維持局に呼び出されたり、行動予定を聞きだされるとか、監視カメラや盗聴器などで、プライベートを侵害される……なんて事もなかった。
もちろん、ユリも警護隊に話しかけたり、邪魔をする気なんて一切ない。
守るもの、守られるもので適度な距離感を取る……要人警護オペレーションでは、常識なのですよ。
当面は、どこに行くのもこんな調子で、ぞろぞろとお供に付いて回られるだろうけど、致し方ないのですよ。
……そして、いつもどおりのぼっち登校。
15分前登校はいつものこと。
今の所、クラスの子達とはお世辞にも上手く行ってるとは、言い難い。
今日も軽く挨拶だけして、自席に向かおう……と思ってたんだけど。
いつもと違った展開が待っていた。
「……おはよーっ! クスノキさん、ねぇねぇ……昨日、フルーレハウスにいたよね?」
誰だっけ……名札には「神田マリネ」って書いてある。
赤いボブカットでアホ毛みたいに一房だけピョンと跳ねてるのが特徴。
背も割と高めの人懐っこい子だと、記憶してる。
「うんうん、ケーキめっちゃ山盛りにして、めっちゃ嬉しそうに食べてて、びっくりした」
隣りにいた背の低いおかっぱ頭のタレ目でちょっと気弱そうな子がそんな事を言う。
こっちは「高木リオ」……うん? この虹彩パターン……エスクロン人特有のだね。
ご同胞なのかな?
話を聞く限り、この二人……どうやら、昨日のケーキバイキングにいたらしかった……全然気づかなかったよ。
「……み、見てたのです?」
あの場にいたとすれば、当然……あのプチケーキ全種類コンプリート、お代わりしまくり……と言うスイーツの祭典な光景を見ていたはずだった。
別に恥じるような話じゃないと思うんだけど……先輩達も呆れるくらいの食べっぷりを披露してしまったので……。
ど、どうなんだろう……?
「ご、ごめんね。声くらいかけようかと思ったけど、なんか先輩達と一緒だったし、すっごい嬉しそうに食べてたもんで、すっかり声かけそびれちゃったの。でも、クスノキさんって、無表情で無愛想って思ってたけど、あんな顔もできるんだって思っちゃったのよ」
「と言うか、あそこであんなガッツリ食べる子って始めてみた。私も大概くいしんぼだけど、こりゃ負けたーって思っちゃったっ! 店員さんもプチケーキを補充する矢先から、ドンドン無くなっていくから、すっかりアワアワしてたよ! なんと言うか、ギャップ萌え! 思わず、写真撮っちゃった!」
携帯端末で、写真を見せられる。
そこに映っているのは、大皿をミニケーキで埋め尽くしたものを前に、満面の笑顔を浮かべてもりもり食べまくってるユリの姿が……。
ハメ外しまくってたって自覚はあったけど、こんなだったのか……。
両手にフォーク持って、プチケーキを串刺しにして、満面の笑顔……。
ちなみに、この大皿ギッシリを4セットほど、頂いちゃいました。
それと、スパゲティを三皿くらい……?
ピザ、唐揚げとかポテトについては、いくつ食べたか覚えてない。
だって、食べ放題だって言うんだものっ!
元取らなきゃ、もったいないの一心でお腹ポッコリになるくらい食べちゃったんだけど……。
まさか、クラスメートに目撃されてたなんて……ユリ、まさかの大食いキャラ認定っ?
「……と、とっても美味しかったのですよっ! でもでもっ! ユリは別に大飯食らいとかじゃないのです……。お腹が空いてたし、食べ放題ってだったから……ね!」
「あはは、気にしなくていいって、そんなの……。まぁ、私らもクスノキさんには、興味はあったんだけど、中々話しかけるタイミングが掴めなくてさぁ。けど、昨日たまたま街で見かけて、意外な一面見れて、なんかすっかり親しみ持てちゃったのよね」
「そそ、皆気後れして、話し掛けられないとか言ってたけど、ホントは私達と一緒で食べ放題でがっついたり、女のコ同士でイチャイチャしたり、やってる事、全然変わんないんだーって思ったんだ」
「それでさー。せっかく話のネタもできたし、ちょっとお話しよーかなって! め、迷惑だった?」
「そ、そんなことないのですよ! こ、こちらこそ、仲良く……して……くださーい!」
感極まって思わず抱きつきっ!
困ったように、照れくさそうにマリネさんが頬を掻いてる。
「あ、そいえば、今日は一時間目から運動なのよね……。よりにもよって、月曜にってないよねー」
マリネさんが苦々しそうな顔をする。
確かに、週明けの月曜、それも朝イチでとか普通に辛い。
強化人間もそのへんは一緒なのですよ……。
……けど、土日で食べ過ぎちゃったから、ちょうどいいかなって気もする。
「い、嫌がらせみたいですよね……。で、でも、昨日カロリー取りすぎちゃったから、今日は運動がんばるのですっ!」
なんて言ってたら、タイミング悪くお腹がくーと鳴く。
昨日、食べすぎたからって、朝ごはん控えめにした結果がこれだった。
「クスノキさん、もう腹ペコ? しょうがないなぁ……食べかけだけど、メロンパン食べる?」
リオさんが、一口二口ほどかじりさしのメロンパンをカバンから取り出す。
この娘、何気に授業中にこっそりおにぎりとか食べてたりする。
なにげにクラスメートの観察とかしてたから、知ってたっ!
リオさんが手に持ったままの状態で、首を伸ばしてメロンパンをハムっと齧る。
あっまーい! 超、美味しいのですっ!
これ……天然小麦と天然酵母使った手作りパンだっ!
「もごもご……。めっちゃ甘くて美味しいのです!」
「……ちゅ、躊躇するかと思ったのに、割と遠慮なく来たね。しかも、めっちゃかじってったぁ……」
悲しそうにリオさんが、メロンパンを見つめて、いそいそと残りを食べ切る。
……一口のつもりが半分くらい持ってっちゃったのです!
「ご、ごめんなさい……なのです。そ、そうだっ! これで勘弁してくださいなのです!」
……お財布を取り出して、中に入れてた1000クレジット紙幣をぴらっと広げてみせる。
お買い物は、もっぱら電子マネーが主流なので、リアルマネーとかあんまり使わないけど。
定期メンテやら、トラブルとかで使えなくなることもあるし、星系によってはリアルマネーしか使えないって事も多い……なので、いつも持ち歩いてるのです。
「えっ? リアルマネーとか私、始めて見た……というか、何故に?」
「お詫びの印なのですよ……」
「要らないよー。友達からお金取っちゃったら、それじゃ悪い子だもん」
と、友達……。
知らない間に、お友達認定? こんな簡単に?
「ユ、ユリは、もうお友達なのですか?」
「……あ、すっかり、そのつもりだったんだけど……違った? うち……パン屋さんなんだ! 良かったら、こんど買いに来てね。お友達割引くらいするよー」
……な、なんだか、嬉しすぎて、涙が出て来たのです。
「わっ! わーっ! ユリコちゃん、なんかごめんっ!」
謝られちゃったけど、違うのっ!
感極まって、思わずリオさんにも抱きつく。
もうユリずっと、こんな調子……涙もろすぎるのですよー。
「おお、なんか知らないけど。よしよしだよー。メロンパン、もう一個あるから、泣かない、泣かない」
背中ぽんぽんされてるのです。
リオさんもちっこい子なんだけど、優しいのです。
でも、抱きついて解ったこと……意外とバストサイズがご立派。
ちっこいのにおっきい……リオさん、なんかズルいのですよ?
それから、メロンパンをなんとなく受け取ってしまって、モニュモニュと齧りながら、席に着こうとすると、キリコ姉……じゃなくて、キリコ先生が教室に入って来て、出席を取り始める。
「……ユリコっ! ちょっと、アンタ! なんで、メロンパンを後生大事に抱えてんの? ホームルームなんだから、飲食禁止っ!」
……教室中が爆笑に包まれたのですよ。