第七話「お買い物行くのですよ?」②
こ、こう言うときは……。
「……さ、索敵機を出します!」
未知の危険地帯に入り込んだとなれば、真っ先にすべきはとにかく索敵! 情報収集っ!
これは戦場での常識なのです!
いそいそと、ハンドバッグから携帯型の索敵ドローンを取り出す。
ぱんぱかぱーん!
超小型索敵ドローン「Ladybug」!!
5cmほどの楕円形を半分にしたようなフォルム。
文字通りのてんとう虫みたいな形で、飛び方もてんとう虫みたいに羽ばたいて飛ぶようになってる。
スイッチを入れると、頭の部分のカメラアイがオープン。
背中がパカっと開いて、フィルム状の羽が展開されて、高速で羽ばたきだす。
大気中を軽々と飛んで、ユリと感覚共有して、天の目を提供してくれる素敵メカ!
赤一色だけでかわいくないので、マジックで目と眉毛やら、お星様マークやらを書いたのは良いんだけど、微妙に失敗してガチャ目っぽくなってる。
でも、でもっ! 軍事教練で一緒になった子からは可愛いって言われたし!
「な、なんやその不気味なのは……」
ぶ、不気味って言われたっ!
とは言え、上昇限界高度は10m程度……ビルの上にも行けないから、路地裏の俯瞰視点が得られただけ。
思った以上に、役に立たなかった。
「……ユリコさん……あの……何をやってるのですか?」
プワーンなんて言う、微妙な羽音と共にフヨフヨ飛ぶ虫型ドローン。
なお、特に新たな発見はない……唐突に何やってんの? そんなエリーさんの疑問はもっともなのです。
「さ、索敵なのです……。危険がないかどうか……未知の領域に足を踏み入れた時にまっさきにやるべきことなのです!」
未索敵領域に無造作に足を踏み入れる……最も警戒すべく状況。
トラップ、待ち伏せ、奇襲、狙撃……想定される危険なんて、いくらでもあるのです。
「……き、危険って……? なぁ、ユリちゃん、ここらは旧市街区画って言ってな。昔は人も住んでて、賑わってたんやけど。設備なんかが経年劣化で、古くなっとるから一度更地にして、区画整理する予定になってるんや。けど、まだ住んどるヤツもおるし、急ぎでもないからってほったらかされとってな。もしかして、映画なんかに出てくるスラム街とか無法地帯と勘違いしとるんやないか?」
アヤメ先輩がそんな風に言う。
……雰囲気的には、スラムみたいな感じなんだけど……確かに、人がほとんど住んでない。
周辺にも、それなりの建物もあるんだけど、ほとんど無人。
確かにあちこち老朽化が進んでるけど、ライフラインなんかの提供もしっかり維持されてる。
人が居ないとそもそも、物騒なことも起きない……そう考えることも出来るのだけど。
逆を言うと、人目がない……それはすなわち犯罪の温床となりかねないとも言えるわけで……。
「人がいない……そう言うところこそ、要警戒なのです!」
言いながら、俯瞰映像に意識を向ける。
うまい具合に空調の上昇気流を捕まえて、ドローンの高度を一気に上げる。
元々10mってのは、それくらいが安全高度ってだけの話だから、リスクを許容すればそれくらいは可能。
もっとも、高さを確保できたところで、得られた情報は大差ない。
市街地上空に定位してる治安局の観測飛行船から、飛行目的確認コール受電……周辺リスク測定作業中と返信。
飛行船の搭載AIから、現場交付の飛行許可と共に、リスクマップが転送されてくる。
近辺エリアリスク判定E+……一番治安の良い区域はE判定となるので、とっても安全ってことだった。
キリコ姉のアパート周辺がリスク判定D-なのを考えると、こっちの方が安心安全なのです。
コレ以上の空中索敵は無用……ドローンに撤収コマンドを入力。
ゆっくりと帰還中……その間に目視確認……周囲を見渡す。
とっさに、物陰に隠れた人影とかは、無し。
6時方向、追跡者の痕跡なし……後方50mほどに男性二名。
単なる通行人? 歩き方や周囲への無警戒ぶりから、全くの素人……ただし要注意。
一般市民を装った工作員可能性も想定される。
ドローンの視点で再確認……建物屋上、及び射線の通る建物に狙撃兵の配置なし。
IEDやワイヤートラップの類も見当たらない……セントリーガンや地雷なども無い。
スラム街でありがちな、危険物や危険人物は見当たらない。
アヤメ先輩の言うように、ここは単なる古い建て替え予定の区画ってだけっぽい。
そこまで考えて、やっと我に返ったのです。
そもそも、何処の誰がユリたちみたいな通りがかりの女子高生相手に、そんな物騒な迎撃体制とか整えるのかと……。
もちろん、ユリは歩くトップシークレットみたいなものなので、狙われる理由なんかいくらでもあるんだけど。
ここクオンでの生活を始めて一ヶ月……ユリはちょっと見かけが珍しいってだけで、普通に生活できてるのです。
お父さんを人質にして、ユリ達の身柄を狙ってるクリーヴァ社の工作員とかも居るとは思うけど……コロニーにまで侵入するとなると、相当ハードル高い。
実際問題、強化人間としてのスペックを発揮するような出来事なんて、ちっとも起きてない……。
と言うか、武器なんか持たなくても安心して過ごせる……ここはそう言うところなのです。
このスラムっぽい雰囲気の裏通りを見るうちに、戦場における索敵の際の要チェック項目をご丁寧になぞってた。
治安局のAIも生真面目に応対してくれたけど、あれ……人間だったら、笑い飛ばされるのが関の山。
でも、リスクマップなんて転送してくれた様子から、杞憂だから、要らん事するなと遠回しに言われたようなもの。
これじゃ、戦場帰りの痛い人みたい……。
なんだかんだで、子供の頃からちょくちょく戦闘スキル訓練で軍関係に出入りして色々やってた上に、軍事シミュレーターやら、テストパイロットだのやってたからだと思うんだけど……。
思考が何かと言うと軍事、アーミー思考に染まってるらしかった。
キリコ姉も、ユリのこう言うところを直したかったのかも知れない。
うん、ここは平和でのんびり、安心安全の宇宙コロニー。
ユリも銃の代わりに学生カバン持って、オシャレや遊びに人並みの青春ってのを送るのですよ。
世間一般では、これに彼氏とかもいれば最高……らしいんだけど。
ユリに、そんなの縁なさそうなのです……悲しいかな。
と言うか、男の子と二人きりとか……何すれば良いんだろ? お、お話したり、手を繋いだり?
まぁ、男の人に身体触られたりとかは、検査や調整でしょっちゅうあるけど……。
ドラマとかみたいに、ギュッと抱きしめられたりなんかしたら……わーっ! きゃーっ! なのですっ!
と、とにかく、こうやってみれば、この裏路地もちょっと寂れてるってだけで、そんないかがわしい雰囲気でもない。
偏見フィルターで見てたから、スラム街……みたいに思ってたけど、周囲の風景は思ったより平和な感じ。
ビルの屋上に洗濯物が干されてたり、建物の間のロープにもそんな感じのものがバタバタと揺れている。
道端にはイミテーションじゃない本物の植物の鉢植えとか置いてあったり、屋上菜園とかがあったり……現在進行形の人々の生活の痕跡ってのが垣間見える。
この通りも、建物の影になってて、道も狭いから、ちょっと薄暗いけど。
よく見ると、ゴミなんかも落ちてないし、誰かが定期的にお掃除くらいしてくれてるようだった。
「おい」
唐突に背後から、野太い声をかけられて思わず飛び上がってしまう。
振り返ると、強面で顎がしゃくれて、ニット帽を被ったゴツいおじさんがどーんと立っていた。
一歩飛び下がりながら、姿勢を低くしつつワンピースのポケットに手を突っ込む。
電磁励起……螺旋状のレールラインで即席コイルガンを撃てる状態にして、弾体代わりのベアリングを握りしめる。
……対象は二人。
手前のしゃくれアゴは、筋骨隆々で如何にも強そう。
後ろのも背も高くて、横幅もあって、とっても大きい。
けど、アヤメさんがちらっとこっちを一瞥すると、前に立ってくれる。
「なんや、いきなりっ! びっくりするやろっ!」
「ととっ、驚かせちまったか。わりぃわりぃ! いや、その……そんな道の真中に立ってられると、俺達も先行けなくてな……」
強面なんだけど、安心させようとしてるのか、ニッコリ笑顔で両手をぱたぱたとやって、敵意が無い事を伝えようとしてる……そんな感じだった。
「お前みたいな強面がいきなり女の子に声かけたら、そりゃ怖がられるに決まってるよ。ごめんね……お嬢さん達。ところで、何してたの? こんなとこで……こんな旧区画なんて、女子高生が来るようなところじゃないでしょ」
もうひとりは、太めでメガネをかけてワークキャップかぶった中年おじさん。
こっちも、デッカイんだけどよく見ると、人畜無害っぽい顔であんまり怖くない。
慌てて、ポケットの中で握りしめてたベアリングを手放す。
こう言うのは、駄目って、解ってたのに……条件反射で、攻撃態勢に入ってる辺り、ユリのソルジャー脳も大概なのですよ……。
ゆりちゃんのソルジャー脳っぷりは、相良宗介みたいなもんです。