エピローグ「恋に恋する彼女の物語」⑭
「あ、あのさ! ユリコちゃん。そろそろ、他行こうか! ツクヨ辺境伯……今日はお会い出来て光栄だったよ。君のような聡明な方がいるなら、シリウスも捨てたもんじゃない。後日、辺境伯領に挨拶に出向くから、その折はよろしく……頼まれた件も前向きに検討しておく! 月夜中佐も……次の演習は、絶対に負けないから覚悟しててくれ!」
なんだか、慌てたような感じの遥提督の言葉に我に返る。
なんとも微妙な空気になってたからか、ユリをこの場から連れ出すつもりらしかった。
遥提督って、こう言うときの直感って凄いからね。
確かに、ヤバい……これ以上ここにいると、絶対ユリが何かやらかす。
自分が……抑えられなくなりそうなのですよ。
「そ、そうですね! ツクヨ辺境伯閣下……本日は、ご足労ありがとうございました。それでは、閣下のご要望……間違いなくゼロ陛下のお耳に入れておきますので、なるべく早いうちに間違いが起きないような体制の構築に取り組みましょう。月夜中佐も……お元気で!」
一応、ユリもお別れの言葉を告げる。
けど、それは本心とは程遠くて……まるで、別の誰かが話しているかのように、虚しく響いた。
「あ、ああ、色々とすまなかったね……。けど、私も俄然君に興味が出てきたよ。もっとも、シリウスと帝国の関係がこれ以上悪化しないことを心から祈るべきだね……我々の立場としては……。でも、本音を言うと……いや、いい……なんでも無いっ! それでは……またいずれ」
そう言って、月夜中佐も微笑んでくれるんだけど。
その出かかった彼女が伝えたかったであろう本音の言葉は最後まで続けられずに、飲み込まれてしまった。
でも、彼女の眼がその言葉の続きを告げていた。
そして……彼女の目に浮かんでいたのは……深い失望だった。
……立ち止まり、振り返る。
ああ、すべて解ってしまった。
私も彼女もお互い、これをやりたかったんだ。
きっと彼女は応えてくれる……私なりの心を込めたご挨拶に。
すっと目を閉じると、振り返って敢えて一歩踏み出す。
大きく深く……一瞬で10m近い距離を一歩で踏み越える。
無拍子……隣りにいた遥提督ですら、ユリの姿を見失ったようで、慌てて見渡してる。
半ば無意識にユリは、月夜中佐の制空圏内に入らないようにしていた。
何故なら、そこに入ってしまったら、最後……抜かずには居られなかっただろうから。
けれど、敢えてその中に無造作に踏み込み、すっと半身になって片腕をまっすぐ構えて、体の力を抜く。
そのうえで、見るもの全てを萎縮させるほどの殺気を一瞬だけ放つ。
その瞬間、月夜中佐の目に浮かんだのは紛れもない歓喜っ!
「月夜中佐、別れ際のちょっとした余興など如何でしょう? この私と……一曲踊っていただけますか?」
そう言って、手をのばす。
しん――と……唐突に静まる会場。
交わされたのは、笑顔だけではなく、その場にいた誰であろうと、戦慄を覚えるほどの濃密な殺気。
遠くから、楽団の奏でるフレデリック・ショパンの前奏曲第7番が流れていた。
静かな曲調に合わせて、ゆっくりと殺気の刃を下段に構える。
待ってましたと言わんばかりに、月夜大佐も一歩踏み出して、頷くとユリの殺気のイメージに応えてくれる!
見える……上段の鋭くも美しい白刃の構えっ!
もう言葉なんて要らない。
……激突ッ!
次の瞬間、再び会場が水を打ったように静まり返る。
この場の誰もが何が起きたのか理解していない。
けれど……私達は理解していた。
殺気の応酬……双方全くの互角のタイミングだった。
……討ち手ならず。
つまり、引き分け。
続く応酬……一手、二手、三手!
双方微動だにせずに、殺気の刃の応酬を続ける!
次にここに来る……次はそこ。
もう手にとるように解る……先読みで打ち返す! そこっ!
けど、的確に応えられる。
お互い同時に続く一手を見切りあって、まるで打ち合わせでもしていたかのように正確に合わせていく。
どんどん、容赦なくアクセルを踏み込んでいく。
それでも、全く同じタイミングでの互角の打ち合いが続く。
……もはや、自分でも未知の領域へと突入していた。
極限の先読み、極限まで早く打ち込む……早く早く! もっともっと!
けれども、その極限の一撃すらも、応じられる。
この速度域に応じれる相手なんて、ユリと同じ強化人間でも恐らく無理!
でも、すごいっ! この人外の速度域、反応域に平然と応じてくれる!
ユリも殺気の先読みの上で、先手を打ってるつもりなのに、向こうは更にその先手を打ってくる!
一瞬でも気を抜いたら、負ける……けど、それはお互い様!
全身にゾワッと鳥肌が立つ。
背筋が痺れたようになって、思わず腰砕けになりそうになる。
いいっ! 凄く良いっ! なにこれ、この人、最高っ!
……もう、心からうれしくなる。
こんなところに……こんなところに居たんだっ!
私の……ユリの運命の人がっ!
……静寂の中、お互いの視線が交錯する。
もう言葉なんて何も要らない。
きっと向こうも同じ思い……それが、もう……ただ、ただ嬉しくて……。
とても、とても愛おしくて。
私はこの人を殺し、殺されたい。
この人も同じ様に……私を殺し、殺されたい。
まさに相思相愛。
……寸分違わず同じ思いが刹那の際に交錯する。
ああ、この人とは、きっとまた巡り会える。
きっと、恐らく戦場で……。
お互いの命を出し切って、全力でぶつかり合う日がきっと来る。
「……ユリコちゃん……何やってんだっ! こんなところで抜くなんて! 正気かっ!」
遥提督が絶句しながら、駆け寄ってきて、ガバっと後ろから羽交い締めにする。
ああ、この人には何が起きたか、解っちゃったんだね。
「……え? 丸腰……そうか、今のは殺気のイメージ……例のやつかっ!」
「うふふ、そうなのですよぉ……ただの余興ですよ。大げさに騒がないでくださいよ……ふふっ。遥提督、少しもたれかかっていいですか? ちょっと腰が抜けたのですよ……」
そう言って、遥提督に身体を預ける。
……うわぁ、思いっきりオーバーヒート状態だ。
なんか、身体がビクビク痙攣してるし……。
「やりたい放題やってくれて、何言ってんだかね。……後でお説教ものだよ? ツクヨ辺境伯……すまないっ! 彼女にはよく言って聞かせるから……この場で起こったことは、すべて水に流してくれっ!」
「えっと……な、何が? か、枯葉? 貴女はなんで笑ってるのです?」
ただ一人、ツクヨ辺境伯は何が起きてるのか解ってないみたいで、ひたすら困惑するのみ。
なにせ、私も月夜中佐もお互い殆ど動いていないし、お互い剣なんて始めから持ってない。
ただ、お互いに殺気を応酬して、お互い互角の技量と能力を持つと理解した。
そして、お互い全くの同類なのだと確信しあい、二人だけの約束を交わした。
たった、それだけの話。
でも、勘がいい人たちには、この場で切り合いでも起きたと思ったかも知れない。
殺気の応酬は、達人だけが解る領域の、剣を持たないだけの本気のぶつかり合い。
今の応酬は、どちらも一歩も譲らず。
双方、剣を持って切り結んでいたとして、同じ結果に終わっていただろう……。
……言ってみれば、これはただのご挨拶。
ゼロ皇帝陛下とダゼルくんとケリーくん。
ダーナちゃんやフランちゃんと言ったお馴染みの面々が血相変えてこっちに走ってきてる。
さすが、皆。
この場で何が起きたか、瞬時に理解したらしい。
残念、今宵はここまで。
「枯葉お姉様……またいずれ」
……戦場で。
と心のなかで付け加えつつ、深々とお辞儀。
ああ、頬が熱い。
体の芯から火照ってる。
心が……身体が歓喜に包まれてる。
こんなの始めて……もう、さいっこう!
……そして、枯葉お姉様もすっと歩み寄ると、優しく手を握ってくれると軽く頬ずりされる……。
とても暖かい手だった……。
「ああ、クスノキ卿……いや、我が運命の人よ……そうだね……また会おう」
……少しばかり上気した顔で、そう微笑み返される。
ああ、なんて……素敵なお姉様。
我が運命の人なんて……嬉しいことを言ってくれた。
以心伝心……。
続く言葉も解ってる……『戦場で』……。
きっと次に出会う時は、交わす言葉なんてもう要らない。
間違いなく、その瞬間から、私達は殺し合う。
そして……心から、愛し合うのだ。
誰よりも深く、誰よりも激しく、何よりも美しく。
そう、これが……。
私の終生忘れ得ぬ人となる「月夜枯葉お姉様」との出会いの瞬間だった。
きっと今日は記念すべき日。
ずっとずっと探し求めていた私の半身。
いつかきっと、彼女と私はそのすべてを賭けて、殺し合う……そんな約束を交わした瞬間。
とても……とても……大切な約束。
……そして、どちらかが果て、戦いの決着がついた時。
この思いは最高潮を迎える事になるだろう。
この日、私は本当の恋をした。
……そして、銀河を二分する戦争が始まった。
――FIN――
かくして、この物語はこれにて終幕を迎えます。
話自体は、帝国とシリウスの泥沼の戦乱、ユリちゃんのお姉様との決戦と続いて行くわけですが……。
物語としてはここで区切り……終わりとします。
まぁ、このユリコちゃんの話って、
ここで終わるのが多分、一番キレイな終わり方なんじゃないかなって思ったんですね。
身も心も人間離れして、半ば壊れかけてた機械化少女が人間らしさを取り戻して、自らが輝ける舞台、戦場での戦いに価値を見出して、命を賭けて戦うに相応しい相手と出会い……。
「この日、私は本当の恋をした」
こう締めくくって終わる。
百合少女の物語のラストシーンとしては、これ以上無いんじゃないですかね。
何より、その上で凄惨な二人の戦いを描くなんてのは、無粋と言うものでしょう。
ここで終わり……それが様式美なのではないかと思います。
なので、これは予定調和……打ち切りとは違いまっせー?
この作品、当初は日常物を目指してましたが、途中から、宇宙駆けの続編の要素が強くなっていき、
百合要素も強くなって、最後の最後でもやっぱり、百合かよっ! ってなりましたが、
この作品はGL……「百合SF」なので、この結末に文句は言わせません。
初志貫徹! ユリちゃんはやっぱり女の子好きな百合っ娘でした。
さて、宇宙駆けも含めて、この作品を最後まで読んでいただいた方へ……。
この時代西暦2700年代の話はこれにて、いったん終幕とさせていただきます。
続くとすれば、また別の時代の話かな?
このエーテルロード銀河の世界も、色々と後付設定が増えまくって、世界観含めて、なかなか奥深いものに仕上がってます。
スター・ウォーズや銀英伝、ガンダムシリーズよろしく、色んな時代、いろんな人物にスポットを当てながら、今後色々と関連作を増やしていこうかなって思ってます。
……まだまだ終わらんよっ!
と言うかSFを書くってのは、こう言うことなのだよ。
確固たる未来銀河世界の歴史をじっくりと刻みながら、少しづつ築いていく。
壮大なるロマンッ! 銀河の歴史がまた1ページ。
ちなみに……宇宙きゃんの物語としてはここで終わりですが、
外伝と銘打って、エピローグ前の百合ちゃんの女子高生活の一コマとか、宇宙時代の惑星アウトドア生活みたいなのもやってみたいかなーと思ってます。
同一世界観での、エーテル宇宙の武装個人宅急便業者の話とか、SF悪役令嬢モノとかも面白そうだよなーとか思ってますが、その辺はもう別作品かなー。
なんで、完結設定にせずに外伝でもダラダラやるかって考えても居たんですが、
ここはケジメってことで、ビシッと完結設定にします!
まぁ、別に一度完結設定外してから、追加エピソードマシマシとかも普通に出来ちゃうので、今後追加エピソードだの、新作宣伝ページだの付け加えるかもですねー。(笑)
それでは皆さん……ここまでご愛読ありがとうございました。
……御機嫌ようっ!




