エピローグ「恋に恋する彼女の物語」⑫
「だ、大丈夫なのですよ。ゼロ皇帝も賢明なお方なので、それくらいは解ってくれてると思いますし、シリウスの貴族を全員粛清するとか、そんなつもりは無いと思います。何よりシリウスの招待客が全員ボイコットした中、辺境伯さんはただ一人、義理を通してくれた。これは帝国にとっては、大きな借りだと思います……帝国は、これでも義理人情を重んじる国です。義理立てしてくれた借りを忘れるほど、薄情ではないのですよ。よかったら、私が直接この事を皇帝陛下にお伝えしておきますよ」
……うん、妙な言質を取られずに、かつ失礼でない範囲の返しが出来たのですよ。
思います、思いますの連続で、その上でお伝えしておきます。
言ってることは、ただの感想で、その感想を上に伝えるって言ってるだけ。
借りうんぬんは……事実なんだから、否定してもしょうがないのですよ。
その辺も含めて、ゼロ陛下に丸投げするつもりなんだけど、どっちみちユリにはメッセンジャーになることしか出来ないのですよ。
個人的には……辺境伯領が戦場になって、辺境伯さんが戦火に巻き込まれるのは、避けて欲しいと思うけど。
シリウスの中枢へ攻め込むとなると、あんな絶好の要衝地……放置する方がありえない。
具体的には、第15周層から20周層……中央流域からもはみ出して、辺境流域に当たる大規模ストリームにドーンと居座ってるようになってて、はっきり言って邪魔……。
おまけに、縦横斜めと四方八方に支流が伸びてるような地形になってるのですよ……。
先代辺境伯の頃は、バカ高い通行税取られてた上に、エスクロンの傘下星系の連絡ルート上に、割り込むように補給港とか勝手に作って進出したりとか、嫌がらせみたいなことばかりされてて、小規模武力衝突も何回か起きてたのですよ。
まぁ、こうやってロードマップを見れば、交通の要衝や紛争地域となるのも当たり前って思う。
おまけに、その支流のひとつは、普段は使われていないものの、帝国の本拠地……エスクロン直通コースになってたりする……。
逆に帝国から見れば、この辺境伯領を抜ければ、割と遮るものもないまま、すんなりとシリウス中枢へ入り込めるようになってるのですよ……。
お互いにとって、辺境伯領を抑えることは、中枢への進撃直通コースを手に入れることになる……つまるところは、そう言う事。
シリウスと帝国の戦争が始まったら、こんなところ、激戦区になるに決まってるのですよ!
でも、そんなユリの要するに何も約束してない、玉虫色の発言に月夜中佐はふっと微笑む。
「ふむ、悪くない返答ですね……。素晴らしく無難な回答……ですが、情勢を理解した上でないと、その返答は出せない。なるほど、なかなかどうして、聡明かつ戦略的見地もお持ちのようだ……よくモノが見えているようで……。噂に違わぬ出来物……さすが、帝国嚮導近衛騎士殿……戦場で相対する相手としては、まさに不足なしですね」
「おいおい、まさか、月夜中佐……中佐は、中央艦隊所属に関わらず、あくまでシリウス側に立つと? どう考えても負け戦は確実だろ……皆、そう思ってるから中立に走ってるんだよ……。そもそも、シリウスのエーテル空間戦力なんて、武装商船が100隻くらいあるだけで、他は中央艦隊頼みじゃないか……。その中央艦隊の主力が動かないとなると、もはや勝ち負け以前の問題だと思うんだがね……」
遥提督が信じられないと言った様子で聞き返す。
うん、実際……そのとおりだと思うのですよ。
帝国軍は、帝国近衛艦隊だけで100隻超えるし、武装商船も入れたら、軽く一万隻はいる。
進撃ルートだって、別に辺境伯領だけに集中なんてしないから、もうあらゆるルートを使って四方八方から進撃する予定になってる。
シリウスって、国家機能中枢をエーテルロードの中心点、ドーンと広いメインストリームに固めてるから、はっきり言って守りには全く向いてない……その癖、メインストリームに繋がってるサブストリームは、無数にある……。
攻めるに易し、守るに難いを地で行ってるのですよ……。
おまけに、メインストリームは幅千キロとか馬鹿みたいに広い上に流れも辺境流域と違って、ほとんどのない緩やかなものなので、大軍や大型艦の運用も楽々なのですよ……。
対シリウス戦略的にも、メインストリームにまで軍勢を押し込めば、その時点であっと言う間に決着が付くだろうと言われている。
「確かに、そうかもしれませんが……私はこれでも騎士を自認しておりまして……。主君と仰いだマイカに頼られては、戦わないという選択は始めから存在しないのですよ。それ故に……ナイトワン卿に、挨拶の一つもしておこうと思いまして……。そうっ! 帝国最強の騎士であり、この私と刃を交えることになるであろうクスノキ・ユリコ卿へ!」
そう言って、髪をかきあげながらニコリと笑う。
え? この人女の人だよね? なんか……冗談みたいにカッコ良かったのです!
ふ、不覚にもドキッとしたのですよぉ……ドキドキッ!
「うっわー、なんかカッコいいなぁ……イケメンすぎるだろ、月夜中佐! ああ、ユリコちゃん、一応言っとくけど、月夜提督ははっきり言って名将だよ? わずか10隻程度の捜索艦隊で辺境艦隊がうち漏らした50隻もの黒船の大群を独力で撃破してるし、演習でこのアタシに軽く土を付けた程だからね……。まったく、こんな逸材を縁故採用出来たなんて、ツクヨ辺境伯は持ってるねぇ……。まぁ、あくまでまだ仮定の話だけど……もしも、シリウスと事を構えるなら、彼女の艦隊との戦いだけは避けるべきだよ……。要らぬ犠牲を出したくないのならね」
「やれやれ……遥提督、そんな風に言わないで欲しいですね……。私はどうも負け戦という奴が大好きみたいなんですよ。絶対に勝てる戦……そんなモノに興味などありません。だって、勝って当然の戦なんて、つまらないじゃないですか……。どうせ、戦うなら勝ち目があるかどうか解らない、命を削るようなギリギリの戦こそ……理想の戦でしょう。それでこの命尽き果てようとも……それこそ、まさに武人の本懐。遥提督なら解ってもらえると思っていたのですが……。些か期待はずれだったようですね……」
そう言って、獰猛な笑みを浮かべる月夜少佐。
……なんか、ゾクゾクってした。
こ、この人……根本的になにかおかしい。
戦場で討たれ倒れることですら、本懐と言ってのけるなんて……。
でも、不思議と目が離せない。
何故なら、その言葉……解るような気がするから。
ドラゴンフェイズ2との戦いを思い出す。
あの勝ち筋も見えない中、ギリギリの命懸けの瞬間の連続。
あの時、感じた感情は……紛れもなく歓喜だった。
「ははっ、アンタ……要するに根っからの戦闘狂……やっぱり、そう言うことかい。ああ、君の戦い方は印象的だったからね。……確かに思い当たるフシがあるよ。演習でも敢えて主導権こっちに譲って、良いようにやらせておきながら、アタシらの攻勢限界を完璧に見切って、ギリギリのタイミングで、絶妙なカウンター決めてくれたからねぇ……。あんな芸術的な指揮で完封負けしたら、ぐうの音も出ないさ……。けど、ギリギリの戦いを望むって……そんな無茶なやつ、そうそう居て……」
そう言って、ユリの方を見て、絶句する遥提督。
あ……ヤバい、ユリ……笑ってた。
「ああ、うん……。そう言えば、いたな。身近にもそう言う頭のおかしいヤツが……。なぁ、ユリコちゃん! 君、なんて顔してるんだい? ……あのさ、今思いっきりだらしないメスの顔してたよ?」
後半、小声そう言われて、思わず表情を引き締める。
「そ、そんなことないのですよ?」
「してた……同性相手にあんな顔するとか、君……どうかしてるぞ? と言うか、前々から百合属性の子なんじゃないかと思ってたけど、割とガチだったんだな。ちょっと君との付き合い方、考えないといけないかな……」
遥提督に怒られる。
ついでに、恥ずかしそうに胸ガードまでされる。
と言うか、メ、メスの顔とか……それって、どんな顔してたのですっ?
それに、百合属性って!
確かに、ユリは男の子に全然縁がないし、女の子と一緒に居て、ああ、この子可愛いなーとか、女の子の身体って、超やわやわで触り心地抜群っ! とか思ったりしてるけど!
女の子にときめくとか……ときめくとかっ!
うん、胸ガードしてる遥提督の胸の谷間にズボって指突っ込んでみたいなーとか、綺麗な鎖骨サワサワっとなでてみたいなーとか思うけどー!
……思うだけで、本当にはやらないしー!
そう思いながら、月夜少佐を視界に入れると、その切れ長の目と長いまつげに思わず、見とれてしまう。
こう言う素敵なお姉さまにギュッと抱きしめられるとか、最高かも……。
じゃなくてっ!
ダメダメ、とにかく一度話と気をそらさないと。
そう言えば、縁故採用って言ってたけど、それってなんなんだろ?
さっきから聞いてると、月夜大佐とツクヨ辺境伯って……ファミリーネームが同じっぽいし。
話の流れを変えるためにも、ここは一つ直球で聞いてみよっと!
「はい! センセー! 縁故採用ってなんですか? 月夜大佐とツクヨ辺境伯って、名前似てますけど関係あるんですか?」
「お、正気に戻ったみたいだね。うん、実に良い質問だ。これはご本人に説明してもらうのが早いと思うよ」
そう言って、遥提督も月夜少佐に丸投げ!
「やれやれ、それを私が説明するのかい? 実は、このマイカお嬢……ツクヨ辺境伯って、どうも私の遠い子孫に当たる方みたいでしてね……。とは言え、私自身は21世紀中ほどに20代半ばで未婚のまま、早逝したので直接のと言うわけではないのですが……」
「ふふふ……この月夜中佐は、正真正銘このわたくしのご先祖様なのですよ。我がツクヨ家は600年の歴史を誇る由緒正しい名家なので、ちゃんと代々伝わる家系記録と言うものが残されておりまして……我が家のルーツを辿るとかの古代日本国、月夜中佐のお兄様、月夜彰様に行き当たるのですわ。彰様は古代日本にて、かの有名な超AIの真祖アマテラス開発に携わり、歴史にその名を残した偉大なる人物なのですよ! そして、彰様の妹君、それが月夜枯葉中佐なのですわ!」
すっごいドヤ顔で語るツクヨ辺境伯。
うっわー! 自分のご先祖様が再現体として、現代に蘇ったとか……すごすぎる偶然だよ!
「へぇ……月夜中佐のお兄さんって、アマテラス開発の関係者だったんだ。そう言えば、ソルバイオテック社にそんな名前の人いたなぁ……。確か……眼鏡のデブ男で兄貴と一緒になって、グヒグヒ怪しい笑みを浮かべたりしてた……まぁ、一言で言えば、頭のネジが逝ってるマッド系エンジニア?」
遥提督の経歴も結構謎……また、ソルバイオテック社とか知らないキーワード出て来たし。
でも、マッド系エンジニアって言われると、何となく解る。
開発者の人達って、皆、そんなのばっかりなのですよ。
「遥提督、まさか兄をご存知とは……。仰るとおり、少しばかり頭のネジが外れた男でしたね……。あの兄に嫁が来て、子孫が残せたという話を聞いた時点で、私は涙が出そうになりましたけどね……」
「え? 彰様って、超絶美形頭脳明晰の天才科学者じゃなかったのです?」
「そんな御大層なものじゃないですよ……アレは。そもそも、私が貴女の先祖だと言われても未だにピンと来てないですからね……。もっとも、縁があるのは事実のようですし、公私ともに大変お世話になってますからねぇ……。マイカお嬢様の事は嫌いじゃないですし、命をかけて義理を貫き通す理由としては十分ですので、ご安心を」
「枯葉……そんな畏まらなくてもいいじゃない。ご先祖様は問答無用で敬うものなのよ! それに貴女は我が辺境伯領の危機に先陣きって戦い抜いて、その武勇を存分に見せつけてくれたじゃないの。それに、銀河連合軍最高の将帥なんて言われる天風提督に演習で完封勝利って……もう、さすがご先祖様っ! サイコーって感じだったのよ?」
解る解るーなのですよ。
ユリも遠いご先祖様の大楠公の戦いの軌跡。
ダイジェストだけど、記録映像化されてるの見て、感動したのですよ。
ご先祖様あっての自分。
そう思うと、感謝と尊敬以外の何を思えというのやら。
もしも、大楠公の再現体なんて現れたら、クスノキ一族総出で応援しちゃうのは間違いないよ。




