エピローグ「恋に恋する彼女の物語」⑪
正直……一番会いたくなかった相手だったかも知れない。
いっそ、この場から逃げ出したいくらいなんだけど……。
でも、これは避けては通っては、いけない。
これから戦う事になる人達だからこそ……。
まっすぐに向き合って、その全てを受け止める……覚悟を決めなくてはいけない。
「わ、解ってますわよ! それくらい……。そうね、政治家たるわたくしが相手取るべきは、帝国の政治家の頂点……超AIにも匹敵すると言われる頭脳の持ち主、辺境帝国皇帝ゼロ・サミングス……! 他はあの方の使い走り程度なんだから、そうせざるを得ないでしょう……。他に話が出来そうなのは「電脳世界の魔王」なんかもいるけど、正直、アレの相手なんてしたいとは思えないですわ……言い負かされて、門前払いの未来しか見えませんわ!」
「つまるところ、そう言うことですね。連日、モノの見えない本国との板挟み状態で、あの辣腕政治屋でもある二人を相手にしていた結果、ブロッケン侯爵はストレス性胃潰瘍で緊急入院……本国療養中。いい機会なので、いっそ評議会に帝国駐在外務官候補として、名乗り出てみては如何でしょう? 恐らく、他に志願者など居ないでしょうから、希望は叶うかと思いますよ」
……これには、さすがに絶句。
ブロッケン侯爵……なんか、かわいそうになってきた。
その上、代打が不在……外交窓口がない状態。
そんな状態で良しとしてる時点で、やっぱりシリウスって終わってるのですよ。
向こうは気分だけで、一発ぶん殴ってやらないと気が済まないとかそんなノリで盛り上がってるんだろうな。
けど、路上のチンピラの喧嘩じゃあるまいし、一発殴ったら、殴り返されるのが当たり前。
エスクロンなら、一発どころか、マウント取って、相手が動かなくなるまで殴り続ける……。
その辺、解ってないんだろうなぁ……。
案外、平民は貴族に殴られても、やり返せないなんて、シリウスの常識でモノ考えてるのかも。
「それじゃ、時間がかかりすぎるのよっ! シリウス評議会に外務官立候補の要望書なんて出してたら、提出から採決まで早くて半年、下手したら2-3年くらい普通にかかっちゃうじゃない! そんなに待たされたら、辺境伯領が先に消滅してるわ!」
……ごもっともなのです。
シリウスの構造的欠陥の一つとして、権力と言うものが酷く分散してると言う問題があるのですよ。
基本的に、貴族という特権階級に権力が集中しているのだけど、そんな貴族達を仕切るべき、王様とか皇帝と言った絶対権力者が居ないのですよ。
爵位による上下関係もあるけど、そこには実は何の裏付けもない。
伝統と歴史と言うなんとなくの序列があるだけなのですよ。
まぁ、これは権力と表裏一体となる責任と言う重圧を薄く広く伸ばしたかったんじゃないかなと思うんだけどね。
要するに、万事において無責任……シリウスって国は、そう言う国なのですよ。
なお、物事については、シリウス最高評議会と言う有力者会議の多数決で決められてるんだけど。
過半数以上の賛成が得られない場合は、再審議となったりする……それはいいんだけど、その場合、再審議まで2年後とかそんな風になるのが当たり前。
そんな調子だから、採決すべく案件が大量に溜まっている割に、遅々として採決が進まないので、マイカさんの言ってるような事が実際に起きてるのですよ。
「ええ……恐らくそうなりますね。ですが、それが本来通すべき、筋道なのですよ……。何をするにも立案から決定まで年単位……。誰もが無責任でいたいが為の腐りきった政治システム。どれも今に始まったことではないのは確かでしょうが……。そんな欠陥だらけの枠組みで良しとしたのは、シリウスの大貴族達……マイカお嬢様もその一人である以上、責任は免れないでしょう」
「ああ、やだやだっ! ああ言えばこう言う! 確かに、シリウスは欠陥だらけで、人で言えば老衰一歩手前の老害大国……沈みゆく泥船なのは事実……そんなの言われるまでもないわ! でも、だからこそ……わたくし達若い世代はシリウスに未来を……希望を繋げたいと思ってるの! こうなったら、精一杯あがくまでよ! 悪い?」
……なんだか、とっても悲しくなる。
シリウスって国は、どうしょうもない国だって、ユリ達も思ってるんだけど。
こんな風に内部から、希望をつなごうとあがく人だっている。
それこそ、なりふりすらも構わずに……。
醜い悪あがきだって、笑い飛ばすことも出来るかもしれないけど。
ユリには、そんな事……とても出来そうにもないのですよ。
「ええ、見事、御見事な覚悟でございますよ。であればこそ、私も先代辺境伯の追放劇にご協力した甲斐がありました……。ですが、もう一年決起が早ければ、もっと良かったのですがね……。私はあのブリタニアとの決戦前夜が決起クーデターの最適のタイミングだと助言しましたよね? せっかく、私が英雄への道をご用意していたのに、土壇場で怖気づいてしまわれるとは……」
……月夜中佐の言葉に再び絶句する。
マイカ辺境伯の代替わりは、ほんの一ヶ月ほど前。
けど、本当はもっと前の段階……一年以上前に代替わりのクーデターを起こせた……そう言う事だった。
もしそうなっていたら、彼女……マイカ辺境伯はあの決戦の地に自ら赴いていただろうし、シリウスの英雄……そんな立場になっていたかもしれない。
彼女がそう言う立場ともなれば、外交権限なども持ち、シリウスの守護者のような立場になっていた可能性も……。
「……悪かったわね。けど、あのタイミングで代替わりを迫っていたら、間違いなくお父様と殺し合いだの辺境伯領での内乱は確実だったんじゃないの? 折からの病と帝国との関係悪化からの心労で気弱になっていたからこそ、すんなり無血で代替わりを受け入れてもらえたのよ……。わたくしは、これで良かったと思いますわ……」
「……そうですね。マイカお嬢様はお優しい。ですが……優しさだけでは、何も救えませんよ? まぁ、今更言っても、詮無きことですが」
「……解ってるわよ。そんな事……ああ、ごめんなさいね! ナイトワン卿……これがわたくし達の現実なのですわ。コレでも精一杯やってきたけど、どうやら時間切れみたい……。実際、ナイトワン卿……どうなのかしら? シリウスとの開戦はいつなの? Xデイはすでに確定してるんでしょ? シリウスは自分たちの意思で宣戦布告しようとしてるけど、その実、帝国の誘導で自らの死刑執行書にサインをする……そう言うことなんでしょう? それはもうほど近い未来の話……なんですのよね?」
その言葉に月夜中佐が苦笑する。
けど、ユリはその言葉に返答を持ち合わせてない。
私の立場では、それは決して口にしてはいけなかった。
何も言えない。
黙して語らず……私にはそれしか出来なかった。
「マイカ……いい加減にしてくださいな。評議会のボイコット要請をぶっちぎって来た上に、この場にいるシリウス関係者の最高位階者ともなれば、その発言は極めて重いです。と言うか、彼女に声をかけていただいたのは、私がナイトワン卿にちょっとした用向きがあっただけですからね。これでも食べて、しばらく大人しくしててください」
……凄い。
迫力満点だったツクヨ辺境伯が頭にぽんと手を乗せられただけで、一瞬で静かになった。
流れるようにローストビーフの乗った取皿を手渡されて、ポカーンと見てたけど、なんとなくと言った調子でハムハムと食べ始めて、必然的に静かになった。
こうやって見ると、小動物チックで可愛い人なのですよ……。
もしも戦場で相対したら……手加減くらいはしてもいい……よね?
「……なんと言うか、見ててハラハラするような展開だったし、私は傍観者でいるべきだろうと思って、敢えて黙ってたんだけど。見事、綺麗に収めてくれたね……さすが月夜中佐。直接会うのは、いつぞやかの合同演習以来かな?」
「そうですね……天風大佐。あの時は勝ちを譲っていただき、誠に申し訳ありませんでした。こちらは胸を借りる立場でしたのに……華を持たせていただき、恐縮でした」
その言葉に思わず、遥提督に向き直る。
まさか、遥提督……この人に負けてるの?
「そう言ってくれるなよ。あれは接待なんかじゃなくて、本気で勝ちに行って負けたんだ。それも完封負け。これでも、演習無敗記録を更新してたんだがね。まんまとしてやられてしまったよ……。そんな風に謙られると、流石に嫌味が過ぎるな」
「……ふむ、そうですか。実を言うと、私はあまり勝者になる機会がなかったので、勝って、どう振る舞うべきか、良く解らないのですよ……嫌味と取られてしまったのなら、申し訳ない」
「勝者は、ただ胸を張ってればいい。アタシと戦って、勝ったことを誇ってくれ! それだけだ。実際、君の戦術家としての手腕は、大したものだよ……戦場のすべてを見据え、一手二手どころか、始まりから終わりまで全て見据えている……そう言っても過言じゃないんだろう? まさか、こんなとんでもない逸材が中央艦隊に居たなんてね……。君がもう少し真面目に先の戦争に肩入れしてくれていたら、アタシらももう少し楽が出来ただろうさ」
「ふふっ、それは買いかぶりというものですよ、たまたま勝てた……時節の風に乗れただけ。そう言うことにしておきましょう……勝負は時の運。同じ条件で再戦したら、次は私が負ける番かもしれない……そんなモノでしょう?」
「たまたまね……そうだね。そう言うことにしておこう。それにしてもXデイか……君もシリウスと帝国の戦争は避けられない。そう認識してるのかい? だとすれば、さすがとしか言いようがないな」
……うーん、遥提督って、指揮官としても相当なレベルで、対黒船戦では割と負けなしの無敗提督の一人なんだけど……。
辺境流域で戦いが起こると、いつも絶妙なタイミングで参戦して、負け戦をひっくり返したり、致命的な敗北を許容範囲の敗北に留めると言った戦略レベルでのフォローを僅か四隻の駆逐艦で実現する……「神の見えざる手」の異名を持つ稀代の戦術家。
まさに名将と言って差し支えない程の強豪。
その遥提督が負けたなんて、にわかには信じられない話だった。
けど、勝者なのに驕らずに、勝たせてもらっただけなんて謙遜するなんて……。
嫌味のない良い人なんだね……。
それに……なんとなくだけど、多分この人、個人戦闘でも相当なやり手だと思う。
体捌きとか気配とか……割と達人の領域の人だって解る。
それと同時に、気付く。
来たるべき戦で私は……この底知れない実力をもつ名将と戦うことになるのだと。
「ええ、シリウス国内はゼロ皇帝陛下の度重なる挑発に乗せられて、もはや開戦でまとまりつつありますよ。外交官の引き上げは……やむを得ない事情ですけど。建国式典に招待されていた有力貴族たちも元々は何人かは出席するつもりだったみたいですが、連合最高評議会通達として、伯爵以上の有力貴族全員に出席を拒否し、今後帝国との対話をすべて拒絶するよう通達があったようです。もっとも、このツクヨ辺境伯だけは例外的に、ご挨拶に伺う事を決めていたようでして……。私はその足代わり兼付き人として、この場にねじ込ませていただいた次第ですよ」
「……当たり前よ! 帝国と事を荒立てることになったら、うちは確実に最前線になるし、今のシリウスで帝国に勝てるとか夢物語を信じるほど、私はアンポンタンじゃありませんの! どうせボッコボコに負けるのは目に見えてるんだから、せめて命乞いが通じそうな奴を見定めて、いざって時に備える……。そんな訳で、このナイトワン卿辺りなら、話し通じそうだと思わない?」
……ツクヨ辺境伯。
もう恥も外聞もなくぶっちゃけた。
あー、うん……そう言うことなんだね。
「はぁ、何しに来たんだかって思ってたら、負けた時の算段付けに来たとか、しっかりしてるねぇ。うん、解った……ツクヨ・マイカ辺境伯、君の名前と顔はこの私が覚えておくよ。まぁ、君の言うようにどうもシリウスの方から、宣戦布告ブチかましてきそうだから、この戦争はもはや止められないだろうからね。その時は、我々銀河連合軍は間違いなく中立化するだろうけど、停戦の仲介役くらいは回ってくるだろうさ。無事に生き延びることが出来たなら、アタシの名前と権限で、身柄の保護くらいしてあげるから、あまりユリコちゃんを困らせないように!」
「あら、ありがたい話ですわ。では、事前密約ということで……戦後のシリウスにおけるわたくしの辺境伯の身分の保証。次に領土の保全、戦後、独立国として継続統治を認める旨、一筆いただけませんか? それと、一時的な艦隊進駐と基地化、辺境伯領軍の武装解除は認めますが、恒久基地化して長々と居座るのは、ご遠慮いただきたいので、その旨も……」
「ちょっ! 待て待て、そこまでのご要望は、さすがに承りかねるよ! まぁ、アタシが出来るのは、君が降伏して、捕虜になった場合に、その命を保証するくらいだよ。捕虜にもなれずに、艦と運命をともにしたとか、城にこもって諸共に焼け落ちたとかなったら、どうしょうもないからね?」
「そうですか……それは残念です。けど、遥提督が中立に立つというのは悪くない情報ですわね。そうなると辺境艦隊は中立を保つ……そう言うことですか?」
その言葉で遥提督も無言になる。
ううっ、遥提督って意外と腹芸出来ないタイプ。
ユリもだけど、ユリはとりあえず黙ってることで、躱すくらいは出来るのですよ。
「悪いね……。あたしは、帝国とも銀河連合軍とも違う枠組みで動く第三勢力ってところさ。その立場で言えるのは、シリウスと帝国の戦いで、あたしはシリウスにも帝国にも付くことはないってことだけさ……。悪い、あんまりツッコんだこと聞かれるなら、全部ご破産ってことにして、この場では何も聞かなかったことにするよ?」
「あら、それも困りますわね。まぁ、良いですわ。ここで見聞きした事を本国に報告する義理はありませんからね……。まぁ、遥提督にわたくしの身柄の保証を頂いた事で良しとしましょう。そんなことより、枯葉。貴女は、こちらのナイトワン卿になにかご用向があったのでは?」
「ええ、まぁ……そうだったんですけどね。ナイトワン卿……少しばかりお話よろしいかな?」
「あ、はい。ロクな権限もないので、大した話も約束もできませんが」
「それは承知の上さ。いずれにせよ、この方……ツクヨ辺境伯は、本国の意向はともかくとして、帝国とは出来るだけ、仲良くやっていきたいと言うのが本音……。本国の手前、戦ってみせねば立場がないので、戦となれば、敵対するのはやむを得ないでしょうが、彼女が降伏せざるを得なくなったら、その時は、寛容なる精神で受け入れてあげてください……これは私からの個人的なお願いです」
「……こ、降伏した敵への扱いは、特に規定はないですけど、捕虜への虐待とか無意味な処刑とかはありえないのですよ。帝国は文明国を自認してるので、当たり前なのです」
いかんせん、銀河連合って内乱とか想定してないので、戦時規定とかが無いのですよ……。
そもそも、連合内での内輪もめとかそう言うことを想定してなかったみたいで、最低限の交戦規定とか、捕虜の取り扱いとかそんなルールすら無い……。
けど、帝国も文明国としての良識ってものがあるので、捕虜への虐待とか降伏した敵の指揮官を現場判断で処刑とかそんなのは、普通にありえないはずなのですよ。
「うん、悪くない回答ですね。帝国の誇りにかけて捕虜への蛮行は許さない……くらい言って欲しかったですけど、当たり前と来ましたか。マイカ……彼女の言葉は間違いなく帝国軍の一般的な認識のようだから、負けた時の事はあまり悲観的に考えなくても良さそうだ。その様子だと、シリウスを制圧しても、恒久統治下に置く気もないんだろうな……実に賢明だ」
あくまで保身……シリウスと運命を共にしたくないから、負けて捕虜になっても、殺さないで欲しい。
色々言ってたけど、そう言う事なら話も早いと思うのですよ。
降伏した人へ慈悲をかけるとか、今時、そんなの当たり前で済む話だと思うのですよ。
それに、帝国の本音としては、別に400億もいるシリウスの人達の統治なんて頼まれてもやりたくない。
出来る限り、従来の枠組みのままで自分達の国民の面倒は自分達で見て欲しいのですよ。
シリウスと戦う理由……戦略目標としては、一度ボッコボコにして、二度と逆らう気も起きないようにする。
その上で、銀河連合と言う枠組みを正式に消失させ、帝国を中心にした新たなる枠組みを作り上げる。
帝国の戦略目標は概ね、そんな感じだから、別にマイカ辺境伯みたいなシリウスの統治者たちをまとめて粛清しようとか、民衆を解放しようとか、全然考えていないのですよ。
ゼロ皇帝と銀英伝のラインハルト辺りとは、この辺が決定的に違います。
ラインハルトは、銀河全てを統一に拘ってたけど、
ゼロ皇帝は来るものは拒まずで550億を傘下にしたけど、これ以上面倒見きれるかと思ってるので、銀河を統一する気なんてサラサラありません。
要するに、その他大勢が二度と歯向かってこなければ、好きにやってろと。
シリウスの統治者達=銀河連合評議会なので、評議会解散させて、銀河連合が消滅すれば、戦略目標達成なので、あとはどうでもよかったりします。




