エピローグ「恋に恋する彼女の物語」⑩
「ふぇっ……な、なんとも気の抜ける挨拶ね。けど、悪くない反応ですわね。その分だと、この私がこの会場にいる意味も解ってもらえたのかしらね?」
「はい、なのです! 調べた感じだと、辺境伯さんってシリウス上位トップ10入りするくらいには、偉い人なのですよ。そう言う偉い人が来てくれたなら、むしろ、大歓迎するのです! あ、これ飲むのですよ……ストロベリーカーニバルって言って、超美味しいいちごジュースなのです!」
「大歓迎してくださるのですか……。なんだ、身構えて損しちゃいましたわね。いちごジュースですか、随分と子供っぽい……いえ、私もですが貴女も未成年なんですよね。いいですわ、いただきますわ」
そう言って、グラスを差し出すと嬉しそうに受け取ってくれる。
ストロベリーカーニバルをタァーと注ぐと、遥提督が無言でユリの分を用意してくれてたので、三人で乾杯してクイッと飲む。
「カンパーイっ! なのですよーっ! くぅーっ! いちごーっ!」
「あら、やだ……凄く美味しいじゃない……。いちごジュースなんて、子供向けの飲み物かと思ったら、すごく上品な味で……これは確かに癖になりそうね」
「永友スイーツブランドのスペシャルなスイーツドリンクなのですよ。ユリもすっかりお気に入りなのです。偉い人に喜んでもらえて、光栄なのですよ-」
「意外とお世辞が上手いのね。けど、そう言うことよ。これでもシリウスの貴族社会ではそれなりの立場なんですからね。まぁ、本国としては、面目丸つぶれだけど、これで本当に誰も行かなかったら、シリウス全体の恥になってたでしょうからね。さすがに、それは見過ごせないですわ……。でも本来、シリウスの外交代表は全権大使のブロッケン侯爵なんですけどね。先日より、本国に帰国してしまってるので、現状このわたくしがシリウスの外交窓口の最上位位階ということになるんですよね……」
思わず、キョロキョロしてしまう。
大使さんが本国帰国中ってなにそれ?
招待されて、全員ボイコットってのもなかなか酷いけど。
全権大使までもが帰国中ともなると、シリウスとの外交チャンネルはこっちがシリウスに派遣してる外交官のみってことになる……開戦前夜でもない限り、そこまでお寒い状況にはならないと思うんだけど……。
ゼロ皇帝陛下? ユリ、そんな話、聞いてないよ?
けど、辺境伯ともなると、それなりの有力貴族でもあるから、シリウスとしては一応面目は立ったことにはなる……そこも計算してってなると……。
うーん、この人って結構なやり手なのかも。
データベース参照……ツクヨ辺境伯領について……もっと詳しく!
……なるほど。
シリウスの勢力圏でほとんど唯一の辺境流域に入り込むような形となってるシリウスの最前線的な要衝。
フレアス星域を中心とした交差ストリームを抑えてる大貴族さんなのですよ。
フレアス星系の他にも周囲20個くらいの星系を統括統治してて、シリウス建国の頃から続く由緒正しい実力者……フレアス中継港についても、要塞化してて、フレアス大城塞なんて、異名があるような重要な防衛拠点でもある。
大戦中は、辺境流域で撃ち漏らしたはぐれの黒船の襲撃とかも受けてて、シリウスにしては珍しくエーテル空間での独自武装もして、中央艦隊から分艦隊を派遣してもらったりして、なんとか乗り切ったらしい。
後ろに控えてる中央艦隊の士官さんがどうも、その派遣駐留艦隊の司令官……そう言うことみたい。
ただエスクロンの領域とも隣り合ってて、境界線近くの資源星系の利権を巡ってエスクロンと衝突して、星系紛争とかも起こしてたみたいで、要するに昔からエスクロンとシリウスの火種の一つでもあったみたい。
もっとも、今のこのマイカさんに代替わりしてからは、一気に穏健派となって、あまり無茶はしなくなったんだけど。
代替わりについては、先代のお父さんを半ば強制的に隠居させて、かなり強引に実権を取った感じ。
そこら辺はどうも、背後に控える分艦隊の司令官さんが後ろ盾になって……そんな感じだったみたい。
うーん、中央艦隊の分艦隊とは言え、そんなのを私兵同然に扱えるなんて、シリウスでもそうそう居ないと思う……多分、かなりのイレギュラー。
司令官名は、月夜枯葉中佐……第313独立機動巡察艦隊司令……。
でも、シリウスとの関係が険悪になりつつあって、他の貴族がボイコットしてるなか、ただ一人、義理を通すべく単身乗り込んでくるとか……。
これはなんと言うか……称賛以外の何を思えと言うのかって感じだね!
要するに、この人……この場においては事実上のシリウス全権大使ってことになる。
……うかつに対応して、変なこと言ったら、大変なことになる予感。
少なくともユリの手に負える相手じゃなさそう。
最低でもアキちゃん辺りでも、連れてこないと厳しいよ?
けど、後ろに控えてた月夜中佐と目が合うと、こくりと頷かれる。
困ってるのが伝わった?
「マイカ、そこまでにしようか……。今日の貴女は、帝国の好意でお客様の一人として招待されたのであって、シリウスの外交官として招待された訳じゃないのですよ? である以上、安全保障問題のようなデリケートな問題にこの場で触れるべきではありません。実際、思いっきり警戒されてるのが解らないですかね?」
そう言って、月夜中佐はこちらをちらっと見る。
「そ、そうですね。私は……実を言うと、まだ学生の身分なので、対外的な権限は一切持っていないし、陛下へ進言などが出来る立場でもないのですよ」
まぁ、一応そう言う事になってるのですよ。
もちろん、アドバイスとか進言は出来るし、ゼロ陛下も取り入れたりしてくれた事もあるんだけど。
原則、その結果の責任は一切問われない事になっている。
そもそも、帝国になっても、ゼロ皇帝陛下の権限はエスクロン時代と一切変わってないのですよ。
私達側近は判断するのではなく、あくまで判断材料を提供するのみ。
いかなる問題であっても、最終判断を行うのは、ゼロ皇帝陛下。
そして、ゼロ皇帝陛下の決定には、何人たりとも逆らえない。
このあたりは、前からちっとも変わってないのですよ。
この辺が帝国制へ移行しても混乱一つ起きなかった理由の一つなのです。
要するに、ただの看板の付替。
何も変わりないと皆、解ってたから、反対も混乱もなし……そう言うことなのですよ。
「そうですね……。軍人の意見で国の方策が左右されることがない。それは国家としては実に正しい。にもかかわらず、独断専行の挙げ句、自分がシリウスの代表みたいな調子で、帝国軍人であるナイトワン卿に迫るのは、些か失礼にあたりますね。安全保障問題を話し合いたいなら、他を当たるか……いっそゼロ皇帝陛下に直訴すべきかと」
「か、枯葉……。わたくし、そんなつもりでは……。でも、この方は帝国でも相当の上位位階の持ち主じゃないですか……。この方に話をしておけば、皇帝の耳に入るかも知れないのではなくて? 何より、個人的に仲良く……信頼関係を築けば、それが安全保障にも繋がるのではないですか?」
「確かに、個人間の信頼関係は安全保障上、重要な要素になる事もありますが、本来我々軍人は、政治からは距離をおいて然るべきなのです。前にもご説明しましたよね? 軍人の失敗……軍事作戦の失敗を政治家が補うことは可能ですが、政治家の失敗を軍人が補うことは出来ない……と。要するに、軍人であるナイトワン卿にいくら話をして、理解を得たところで、何の保証にもならないのですよ。シリウスはすでに幾度となく無能な政治家達が失敗を重ねた結果、国際情勢はマイカお嬢様の思っている以上に悪化しつつあります……。どうか、現実をご理解ください」
月夜中佐の冷静な言葉に思わずはっとする。
ああ、この人多分、全てを理解してるんだろうなぁと……痛感する。
帝国は、要するに巨大システムなのだ。
銀河人類を、その外敵の脅威から守るためのシステム……。
その役目を担うことをはるか昔、預言者に託された者達の末裔。
そこには、一個人の意見や思いなどは、一切反映されないし、情けも容赦もない。
本当を言うと、すでに銀河連合の解体とそれに伴うシリウスの滅亡はもう確定しているのですよ。
銀河連合という古の超AIに押さえつけらた旧態依然の枠組みのままでは、迫りつつある人類存亡を賭けた戦いを勝ち抜くことは絶対に不可能。
そのことは、すでに先の戦争で実証され、大戦中にすでに計画は立案され、秘密裏に実行に移されることになった。
ユリ達強化人間の戦線投入の前倒しは、その一環で……ユリは皆の好意から、その枠組から一時的に外れていただけ。
けど、そんな優しい時間は、もうすぐ終わりを告げる……。
すでに、銀河連合の解体も秒読み段階に移行しつつあった。
人類の守護者でもあった幾多もの超AI達も、すでにエスクロンの守護超AI「預言者」エリダヌスと、天文学的な数に膨れ上がり、銀河各地にばらまかれた彼女の子供たちと言えるエスクロン製AI群の築き上げた超級ネットワークによる大規模電子攻撃の前に制圧されつつある。
「電脳世界の支配者」……そんな異名を取るアキちゃん。
彼女は、来たるべく日に銀河人類の影の支配者アマテラス系超AI群を制圧することを目的に調整された電子戦特化型強化人間の最高峰……。
彼女は、対電子戦闘に関しては、まさに災厄とも言える存在で……600年間人類の影に潜み、導いてきた超AI達もひとり、またひとりと狩られて行っている。
そして、その事に銀河連合評議会やシリウスの人達は一切気付けないでいた。
……けど、それも致し方ない事。
超AIとその傘下AIが消えた後、何食わぬ顔でその役割をエスクロン系AIが何事もなかったように引き継いでしまっているのだから。
計画はすでに最終段階へと突入している。
銀河辺境帝国の建国と銀河連合脱退……。
こんなものは、日常の裏側で続けられていた暗闘から、人々の目を反らすプロパガンダでしか無い。
帝国の目的は、銀河連合の真なる支配者超AI群の排斥と、銀河連合という旧態依然の枠組みの消失。
それは、すでに達成されつつあった。
そして、銀河連合の終焉の日……その日については、すでに確定していた。
当然ながら、シリウスについても、すでにその命運は確定している。
この方針は恐らく何があっても動かないだろう。
必然的に、ツクヨ辺境伯領の命運も……すでに決まったようなもの……。
このツクヨ辺境伯は、シリウスの要人であり、その素朴で人懐っこい人柄や真っ直ぐな正義感も、ユリとしては決して嫌いにはなれないし、憎むことなんてとても出来そうもない。
立場と出会いが違うものなら、友達になれたかも知れない人。
彼女と帝国近衛艦隊の前線指揮官として内定している私とで、友誼と言う個人的な信頼関係が結ばれたなら、平時であれば、それは安全保障として機能したかも知れない。
けど、平時……そんな平和な時代はまもなく終わる。
600年の歴史を誇るシリウスは、まもなくこの銀河系から消滅する。
人類を平和というぬるま湯に閉じ込めていた古の超AI達がすでに葬られた以上、彼らを守護するものはもう誰も居ない。
ツクヨ辺境伯領……。
正式な名前は失念してたのだけど、シリウス攻略戦の橋頭堡として、なんとしても確保しなければならない戦略的要衝地として、指定されていた要所。
シリウスもそう言う要衝だと認識していたからこそ、辺境伯と言う国家元首にも匹敵する権限を持つ有力貴族を配し、シリウスにしては強力な軍備を整えていた。
けど、所詮は蟷螂の斧……。
ひとたび指令が下れば、ユリも近衛騎士団の皆も、容赦なく辺境伯領を蹂躙する。
それはすでに確定事項であり、VR戦略シュミレーションもすでに何度も実行し、緒戦勝利を飾り、一気呵成にシリウスを攻め滅ぼす、最初の戦火となる事は確定していた。
そして月夜中佐。
彼女は、その責務に従い、辺境伯領を守るための戦いに赴くはずだった。
要するに、彼女達と私は出会ったこの瞬間から、敵同士となることが確定しているのですよ。
厳密には……すでに私達は止まれない流れの中にいて、その流れの中で激突が確定してる……そう言う話なのですよ。
 




