エピローグ「恋に恋する彼女の物語」②
「遥提督、そんなフリフリで可愛いのに、口を開くと硝煙の香り漂う話題ってのはどうかと思いますよ。今日はおめでたい日なんですから、難しい話はやめません?」
とりあえず、遥提督……凄く可愛らしい格好なのに、口を開くとガサツな感じで、話題もアーミー色。
ユリは、せっかくだから、遥提督とももっと女子トークとかしたいのですよ。
「お、おう……正論。そういや、そうだね。と言うか、君とこんな姿で会うとか初めてだね。と言うか……そう言う君こそ、そんな無骨なフルプレート着て、ガッシャガッシャとか女子としてどうなの?」
「一応、帝国嚮導近衛騎士ナイトワンのお披露目も兼ねてるから、この鎧着て会場一周しないといけないのですよ……。あ、おすそ分けですか? ありがとうございまーすっ!」
遥提督が黙って、手近にあったチーズ盛り合わせのお皿とワイングラスを差し出してくれる。
片手にはワインボトルっぽい瓶を掲げて、まぁ、一杯って感じ……。
「えっと、ア、アルコールはちょっと……。酔っ払ったりはしないと思うけど、一応未成年なのです」
「ふふふ、知ってた。まぁ、一杯飲んでみてよ……。色はロゼワインっぽいけど、中身はノンアルコールなジュース。なかなか美味いよ? さっきからこればっかり飲んでるんだけど、付き合い酒ならぬ、付き合いドリンクってのも、悪くないって思ってさ」
そう言いながら、赤いボトルの中身を注いでくれる。
一見ロゼワインっぽくに見えるんだけど、この爽やかかつフルーティな香り……天然いちごの生搾りジュースだっ!
喉も乾いてたから、遠慮なく一口きゅいっと!
直後に、いちごの芳醇な香りが口いっぱいに広がり、爽やかな酸味と甘味のハーモニィを奏で、お口の中がまさにストロベリィイイッ!
「ふわぁあああ、な、なにこれ、なにこれーっ! とってもストロングストロベリってますっ! いやぁ、数ある飲み物の中で、これに目をつけるとは、さすがの圧倒的女子力ですね!」
遥提督って、言葉遣いは乱暴だけど、黙ってると普通に美少女だし、仕草なんかも女の子、女の子してて、こう言う細かい気遣いも出来るいい子なのですよ……知ってたのです。
「いや、女子力あんまり関係ないような……。あたしも、別にアルコールとか、何が良いのかさっぱり解らないけど、元々コーラとかノンアルコール飲料だって普通に美味いじゃない。しっかし、これ……合成素材飲料なのに、よく出来てるよなぁ……さすが永友スイーツ製だわ」
言われて、ラベル見ると果汁ゼロ%の表示。
要するに、お砂糖水に香料や化学調味料で味をつけたいちご風味に思えるだけの合成飲料……。
「あ、ホントだ……。てっきりイチゴ生搾りだとばっかり……でも、このイチゴ風味は本物です! 本物を知る私が言うからには、本当です!」
「君って、割とジャンク舌だったような……。まぁ、人のことは言えないんだがね。ポテチとかコーラ、プリンにハンバーガーにシュークリーム……どれも割と好きでしょ?」
「大・好・きです! ふふふっ! 放課後買い食い定番メニューです」
そんな風に言って、笑い合う。
そう言えば、遥提督ってこんな風に同年代の子と無駄話したりするのって、割と憧れとか言ってたっけ。
なんだか、とっても楽しそうな感じで、我ながらナイス接待!
「うんうん、美少女同士がわちゃわちゃしてるってのは、実に良い光景だねぇ……おじさん、思わず癒やされてしまったよ! 私もよかったら、話に混ぜてもらってもいいかな? えっと、ナイトワン卿……そして、天風大佐殿。どう? うちのストロベリィスイーツドリンクは……合成飲料にしては、なかなかいい味出してるだろ?」
……いつのまにか近くに居た永友提督さん登場! なのですよ。
「永友提督さん、お久しぶりなのですよ! いやはや、永友スイーツ産業も今やすっかり、スイーツ販売の銀河トップメーカー! いつも美味しくいただかせて頂いております! このドリンクもベリベリストベリィって感じで超美味しいです! ホント、提督はスイーツ大好き女子にとっては、ヒーローですね! そんな閣下に敬意を評して、ビシッ!」
言いながら、敬礼っ!
提督も嬉しそうに笑顔のままで、答礼を返してくれる。
さすが、本職決まってる!
遥提督もおざなりな感じの敬礼返して、軍人同士のご挨拶も終了っ!
「はっはっは! そう褒めないでくれよ……。と言うか、永友スイーツ産業とか言って、すっかり私のブランドも企業化しちゃったからね。もはや、私の手も離れて定期的に報告書とパテント料が振り込まれる程度なんだがね。ああ、もちろん試作品への駄目出し要請とか、監修依頼とかもあるから、完全に手放しってわけじゃないよ? そのストロベリーカーニバルも担当者が涙目になるくらいにはリテイクかけてるけど、その甲斐あって大ヒット商品になってるよ」
覚えたのです! ストロベリーカーニバルなのですね!
コンビニとかで買えると良いんだけどなぁ……。
「……そのパテント料や監修料やらが、もはや天文学的な額になってて、辺境艦隊を裏で牛耳る資金源になってるということは、ここだけの秘密って事にしときますねー」
「んー? 何のことかな、天風くん? とは言え、いかんせん、折からの予算削減のあおりをくらって、辺境艦隊はどの艦隊もまともに動かせないからねぇ……。善意の寄付やスポンサーの回してくれる予算外収入があるからこそ、かろうじて皆を食べさせることも出来てるし、練度維持や兵器更新もなんとかなってるのが実情さ……。それだけに、君たち銀河帝国と戦うなんて勘弁してくれって思うよ。こないだの合同仮想演習でも君達エスクロン……じゃなくて帝国近衛艦隊に結構、危うい所まで追い込まれたし……。今は、各艦艇の戦闘経験値の差でなんとか押せてるけど、各艦艇や航空機のスペック的には、すでに圧倒されつつあるから、スターシスターズ艦も戦術やドクトリン自体を見直すべき時期に差し掛かってるんだろうね」
その演習は、後方指揮官のとして、ユリも参加してたので知ってるのです!
状況的には、双方共に機動艦隊編成。
双方の前衛砲雷撃戦隊が不期遭遇の上で戦闘状態になったと言う想定のもとで実施されたのですよ。
永友艦隊:空母2:巡洋艦1:駆逐艦9
前衛:巡洋艦1、駆逐艦7
後方:空母2、駆逐艦2
帝国艦隊:空母1:護衛艦12:潜航艦2
前衛:護衛艦8、潜航艦2
後方:空母1、護衛艦4
初期配置は以上の条件。
戦力的には、航空戦力に関しては、空母二隻を有する永友艦隊が有利。
艦隊戦力自体は頭数が多くて、潜航艦がいる帝国軍がやや有利。
永友艦隊は永友一軍艦隊と言われる永友提督傘下艦隊でも選りすぐりの精鋭部隊。
帝国艦隊は、空母一隻に一ダースの護衛艦と潜航艦を付けた機動部隊編成。
護衛艦と潜航艦は本来あくまで直衛護衛戦力で、攻撃役は航空隊任せという編成なんだけど。
この演習は、不期遭遇戦と言うことで、双方索敵行動中に出会い頭に戦闘になったという想定だった。
実際の戦闘もこう言うパターンはよくあるパターンらしい。
エーテル空間は、視界も悪いし、レーダーなんかもまともに効かないから、必然的にそうなるんだとか。
いずれにせよ概ね、互角の戦力と言うことで、演習スタート!
先手、ユリ。
まず正面からの力攻めで、まずは前衛艦隊を薄く広げて、半包囲状態に持ち込んだ。
数の有利を有効活用と言うことで、一応定石と言える戦術対応。
対する永友艦隊側の戦術は、中央突破戦術……巡洋艦ハーマイオニーを先頭に包囲網を一気に切り崩す戦術。
半包囲で壁が薄くなった部分に戦力集中をかけて一気に食い破り、突破を図る……手堅くもセオリー通りではあるのですよ。
もっとも、そこは完璧に読み切った!
向こうの攻勢に合わせて、半包囲陣形の味方を一気に左右に分割して、左右に回り込んでワッショイワッショイと押しまくって、側面から突撃陣形の分断を狙う陣形へと変更。
この陣形変換は、ものすごく綺麗に決まった……帝国の無人護衛艦のAI達も個々の戦闘力は高くないことは百も承知で、相互連携集団戦闘に活路を見出し、スターシスターズ以上の連携をこなせる程度には、成長していたのですよ。
乾坤一擲の突撃が空振りになって、左右からの突撃を食らって混乱したところを、予め前進させていた後方艦隊の駆逐艦で正面から押し込み、足止めをかけた上で、伏兵の潜航艦による後方からの奇襲!
トドメに鴉航空戦隊による連続波状攻撃をかけて、前衛艦隊壊滅……勝負は決まったと思ったんだけど。
護衛艦を全部前に出して、がら空き状態だった艦隊旗艦アドラステアがノーマークだった初霜ちゃんの超絶スナイプ砲撃の餌食になって、一発轟沈判定と言う不運に見舞われたのです……。
その一発で、アドラステア傘下の航空隊の統制が取れなくなった上に、航空支援がごっそり消滅。
待ってましたとばかりに祥鳳、信濃航空隊が動いて、味方はエアカバーのない中、猛爆撃に晒されて阿鼻叫喚地獄絵図……。
戦況は一瞬で逆転し、帝国艦隊の壊滅……無念の敗北ってなったのですよ。
向こうの突撃タイミングを完璧に読み切って、空振りさせたところまでは、上手く行ってたのに、たった一発の砲弾で逆転……。
と言うか、アドラステアも退避中で十分距離は離してたし、防御スクリーンやらALスモークで十分にカバーしてたから、レールガンのラッキーヒット一発で撃沈判定とか、本気で想定外だった。
アドラステア自体、割とやっつけ仕事の艦だから、防御力に問題あるのは解ってたんだけど……。
初霜ちゃんいわく「何となくそこに戦場の要がいるって解ったから、撃ったら案の定総崩れになった」……だそうで。
あー、なんか解るような解らないような。
その言葉を聞いて、本番同様アドラステアの指揮担当だったオーキッドとアキちゃんが揃って涙目になってたのが印象的だった。
多分、二人は悪くない……相手が悪かった。
この一言なのですよ。
「あれは……いいとこまで行ったんですけどね。まぁ、初霜ちゃんは視認範囲外だろうが、勘だけで、容赦なく当ててくるって解ったんで……次は、もう母艦は前に出さずに超後方配置、航空隊出したらスタコラサッサと逃げ出すって運用にする感じにしてみます。なにせ、1000kmくらい離れてても鴉系なら、あっという間にひとっ飛び出来ちゃいますからね。あ、それと今日の自分はですね……帝国嚮導近衛騎士ナイトワンですから。ユリちゃんとか呼ばれても、聞こえないふりしますので、よろしくなのです」
「あ、あれ? あの演習って君が指揮してたの? 君、まだ女子高生やってるんだよね? あの時は指揮担当してたシホちゃんが読み負けたーって絶叫してたんだけど……。あの突撃かわしたタイミングとか結構、絶妙な感じだったよね? とても素人の指揮とは思えなかったんだけど……」
「はい、現役女子高生なのです! でももう3月で卒業なのですよ。一応、これでも前線指揮官ユニット候補なので、艦隊指揮なんかも任されることになりそうなんで、色々とお勉強中なのです。けど、負けちゃったら、どれだけ読みが上手く行ってても、やっぱりダメダメだと思いますよ。それかもういっそ、次はユリが自ら白鴉で出陣して、初霜ちゃんと一騎打ちやって、真っ先に潰すか……ですかね。提督の艦隊……あの子が一番やばいですね。いつぞやかは騙し討みたいな感じで沈めちゃったけど、白鴉で一騎打ちなら勝機だってあると思うんですよね」
「んー、初霜の事は抜きにするとして……。あれ、私から見ても結構いい線いってたと思ったんだけどな。君、意外と艦隊指揮の才能あるんじゃないかな? 演習後のデブリーフィングでも戦機を読める良い指揮官だったって、シホちゃんとか絶賛してたよ?」
「いやいや、まだまだ未熟者なのですよ。戦場ってのはままならない……厳しいところなんだって痛感したのですよ。あ、そんなことよりも、ユリの卒業式……永友提督さんも来賓として招待するって聞いてます。是非、来てくださいね」
「ああ、サクラダ高校の卒業式の件は、すでに打診は受けてるから、喜んで参列させてもらうつもりだったよ。いいねぇ! 女子校の卒業式……実にいいっ! せっかくだから、卒業生全員分の記念スイーツを持参して、配るとしよう。きっと喜ばれそうだ!」
「わーいっ! やったーっ! あ、せっかくだから、後輩ちゃん達……在校生の子達の分もお願いしますね!」
「はっはっは、ちゃっかりしてるなぁ……いいだろう、いいだろう! この私に任せておきたまえ!」
「……うわぁ、永友提督。ローカル星系の女子校の卒業式なんかにまで参列するのか……。なんと言うか、相変わらず腰が軽いんだねぇ……。一応、永友提督って国家元首クラスとタメで話せるくらいのVIPなんだけど、そこら辺自覚してる?」
「何を言ってるんだい? 遥提督……女子校の卒業式なんて、人生の記念とすべく一大イベントじゃないか……そんな感動的な場面で私のプロデュースしたスイーツで、その感動にさらなる彩りを……まさに、パティシエの仕事としては、感無量……最高じゃないかっ!」
「いやいや、だから……永友提督さん。自分の本業を忘れちゃいないかい? アタシはそうでもないけど、提督は銀河パティシエキングである以前に、銀河連合辺境艦隊の代表将帥の一人だろ? 正直、なかなかにキナ臭い情勢になって来てるからね……。そんな呑気なこと言ってる場合なのかい?」
「そ、そうですね……。帝国と辺境艦隊の各艦隊指揮官とは、内密に相互不可侵協定を締結してますけど……。辺境艦隊司令部との話し合いは、難航してるって聞いてます……。当然ながら、我々としても銀河連合艦隊は仮想敵の一つとして、備えざるを得ないのが現実ですからね。これは帝国嚮導近衛騎士ナイトワンとしての言葉……ですかね」
永友提督の人柄はよく知ってるし、いい人なのは解ってるんだけど。
この人は、今や銀河連合軍辺境艦隊の筆頭将帥……現場の総責任者みたいなもので、はっきり言って、大物中の大物。
クスノキ・ユリとしては、仲良しのお友達のつもりだけど。
帝国軍人、ナイトワンとしては、最も警戒すべき仮想敵の親玉のようなものなのですよ。




