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第六話「地上世界のアフターカーニバル」②

「あら、ユリコさんも結局、環境シールドオフにしたんですのね。確かに寒いし、若干空気薄い感じしますけど……これも、自然環境の醍醐味ですわ」


「せ、せやな! けど、足元のこの寒さはさすがにキツイわ……。よくよく考えたら、こんなミニにしたスカートなんて、パンツ一枚と変わらんやないけ! 次からは、服装とかも考えんとなぁ」


 ちょうど背中の方から、風が吹いてくるのです。

 おまけに発熱素子入りのインナーと言っても、防風性能は皆無……冷たい風が、制服の上着とシャツを軽く貫通して、容赦なく体温を奪っていく。

 

 何より、首筋の隙間が寒い……。

 髪の毛を襟に突っ込んで、放熱ファイバーの放熱効率をアップ。

 

 ……シ、シンプルに寒いのですっ!

 

 ユ、ユリにとっては、単なる苦行なのです……。

 早く帰りたいって、言って欲しいんだけど……。

 

「おおっ! ユリちゃん……なんや、抱っこするとめっちゃ暖かいわ!」


 不意に背中からアヤメ先輩に抱きしめられる。

 

「ホントですね……。ユリコさんって人より体温高い?」


 エリーさんが正面からギュッと。

 ついでに、手も握られる……暖かいのです。

 

 前と後ろから、なんだかサンドイッチになった気分……。

 

 ……二人が温かいと感じる=私にはヌルいと感じるわけで……。

 でも、くっついてる所は暖かい……人肌の温もり……こんな状況だと身に沁みる。

 

 ……さすがに、嫌とは言えない。

 

 誰かにこんな風に抱きしめられるとか、あまり経験ない。


 でも、悪くない……思わず身体から力が抜ける。

 

「……ユ、ユリコさん?」


「な、なんや……クタクタになってしもうたけど、大丈夫か?」


 アヤメさんが言いながら、ギューギューと胸を押し付けてくる。

 感想は……なんと言うか、分厚いのです。

 

「だ、大丈夫……なのです。あとエリーさんはこうした方がしっくり来るかも」


 言いながら、前から抱きついていたエリーさんをひょいと抱えあげて、一瞬空中に放り投げてクルリと回れ右させて、すかさずキャッチ。


 ユリの膝の上に腰掛ける感じにして、エリーさんを抱っこっ!

 うふふ……エリーさん、ちっこいから、膝上抱っこがいい感じなのです!


「ちょっ……ユリコさん? なんで、わたくしが膝の上になってるのです? と言うか、あっさりポーンと放り投げられてしまったんですが……い、意外とパワフルなんですのね……」


「せやで……エリー、めっちゃ無造作に空中でクリンって、まわっとったで!」


「ユリ、男の人と力比べ……軽く……勝っちゃうのです」


「そいや、キリコセンセも言うとったなぁ。エスクロンってやたらとバカでかい上に地球並みに密度の高い惑星やから、重力がキッツいって……やっぱ、そう言うところで暮らしとると、力もついたりするんかな」


「……皆、身体強化しまくってる……でないと辛い」


 エスクロンって、そもそもの惑星の構成物質の密度が高いみたいで、重力が高めな上でに結構な頻度で変動する。


 住みやすくするために都市部では1G前後になるように、重力調整はしてるのだけど、突発的な重力変動に調整が追いつかないなんて割とよくある。


 なので、エスクロン人は子供の頃から、高重力環境適応訓練を日常的にやってる。

 

 当然、人間の基礎レベルの身体スペックでは5割増しの重力なんて、普通にキッツいので、骨格強化や筋力強化のナノマシン処置も皆、当たり前のように受ける。

 

 銀河系の有人惑星でもエスクロンほどの高重力惑星はむしろレアなので、エスクロン人の身体能力は銀河平均値を大きく上回ってる。

 

 ちなみに、スポーツ界ではエスクロン人はチート揃いなので、ハブられてるのが実情だったりするのですよ……。


「やっぱり、厳しい環境だと生身でってのは大変なんですのね。ところで妙に眠い上に、ぼーっとするのはなんでなんでしょう? お二人は大丈夫なので?」


「言われてみれば、なんや眠くなってきたなぁ……。ユリちゃんにくっついてて暖かくなったせいとちゃうか?」


 エルトランに確認。

 

(エルトラン……環境情報提示。二人の様子がおかしい)


『バイタルモニタリングが出来ないので、お二人の様子からの推測になりますが。低体温症と酸素欠乏症の初期症状の可能性が高いかと。それと気圧が急低下しております。環境悪化の可能性が高まってきたので、そろそろ引き上げることを推奨します。お急ぎください……あまり時間が無いようです』


 データ受領……気温5度、酸素濃度18%、気圧700hps台まで低下。

 もはや、3000m級の山の上にいるみたいなものなのです。

 

 酸素欠乏症の症状ってのは、息苦しくなったりそう言うのは起きない。

 

 初期症状としては、何となくぼーっとするとか、眠気が来るとか頭が痛くなったり、そんな調子。

 そうなると、思考力も低下するので、当然判断力も低下する。

 

 要するに、自分は問題ないと思ってる状態で、いきなりバタリと倒れるとかそんな感じになるのです。

 

 酸素濃度18%となると、そろそろ怪しい……酸素濃度って、たった1%の差でも割と露骨に影響が出る。


 これはもう、撤収した方が無難。

 

「……あ、あの……二人共、そろそろ撤収した方が……」


「んぁ? も、もう帰るんか? もう、しばらくいてもええんやないかなぁ……」


「そうですわね。なんだか気持ちよくって、このまま眠ってしまいそうなんですが……」


 二人共、ちょっと様子が変……やっぱり、これ強制的に撤収させないと。


(……唐突に風が止んだ?)


 エリーさんを抱えたまま、立ち上がる。

 

「ふわっ……。な、なんですの……わ、わたくし、地面に足がついてませんのっ!」


 パタパタと暴れるエリーさん。

 こう言うときは、何かが起きる……エスクロンでも、急激に風が冷たくなったりすると、大自然の猛威ってのを思い知らされる羽目になる。

 この辺は、経験上明らかなのですよ。


 空の色は灰色……端の方はそろそろ、オレンジ色でもうすぐ日が沈む。


 けど、違和感……ユリ達から見て背中方向、北の空の下の方にもやもやと、茶色い壁が出現していた。

 そして、それはみるまに高く立ち上っていくように巨大化していっていた。

 

「エルトラン……もしかして、あれ……砂嵐……なのですか?」


 恐らく、かなりの距離があると思うのだけど、それにも関わらず、森の隙間から壁がそそり立っているのが見えている……。


 その茶色い壁は右から左……かなりの幅があって、ゆっくりと近づきつつあった。

 

 エスクロンは海洋惑星だから、こんな砂嵐なんて起きないんだけど……。

 話に聞いたことくらいはある……これはもう……壁なのです。

 

『はい、クオンは、今のところ、砂と岩が多く乾燥気味の為、この砂嵐が頻発します。飲み込まれた場合、全身砂まみれになるくらいで済む場合もありますが……。粒子同士の摩擦から発生する静電気により、放電現象が発生することが多々あり、大変危険です。火山雷と呼ばれる現象に酷似した現象であり、耐電設備の整った建物内などへの避難が妥当……ひとまず、当艦まで急ぎ退避してください』


 ……結論、危険。

 多分、エスクロンの雷嵐かそれに匹敵するデンジャラス自然現象。

 

「……な、なんやあれ……」


「雲? 霧? と言うか……こっちに来てる? な、なんか、稲光みたいなのが見えるんですが……だ、大丈夫なんですの? あれ」


 全然、大丈夫じゃないヤツなのです……あれ。

 エリーさんの言葉に、思いっきり首を横に振る。

 

 エルトラン情報だと、巻き込まれたら全身砂だらけになるくらいで済む程度かもしれないけど、青白い稲光が走りまくってる様子から、はっきり言って雷雲の中に入るようなもの……。


 生身でなんて、普通に自殺行為だし、ユリだって危ない。


 結論:早く逃げてーっ!

 

「アヤメさん……ダッシュ!」


 それだけ言うと、エリーさんを抱えたまま、エトランゼ号へダッシュ。

 エトランゼ号は500mほど離れた森の入口で待機してる。

 

「ユ、ユリコさん……わたくし、自分で走れますわ! それにアヤメがまだっ!」


 ジタバタとエリーさんが暴れるので、ひとまず下ろす。

 お、思わず、抱えて持ってきちゃった……。

 

 けど、振り返るとアヤメさんは……茶色の壁のような砂嵐を前に、呆然と立ち尽くしてる。

 

「エリーさん、エトランゼまで走って! アヤメさんはユリが……」


 エリーさんにそう言い残すと、振り返ってダッシュ。

 

「早くっ! そこから……逃げてっ!」


 案の定、状況を理解してないっぽいアヤメさんにそれだけ言うと、アヤメさんもやっと正気に返ったらしく、一人きりだと気付いたようだった。

 

「……おわっ! あ、あたしだけなんか! ま、待ってぇなっ!」


 ようやっと弾かれたように走り出す。

 

 あ……焚き火そのまんま。

 これほっとくのはどうかと思う。

 

 アヤメさんとすれ違うように、そのまま焚き火の元へと走り続ける。

 

「ユ、ユリちゃん! どっち行ってるんや!」


「エトランゼの中なら、あの程度の砂嵐……問題ないのです。ユリは……焚き火を消してから追いかけるのです!」


 この酸素濃度だと、そうそう燃え広がったりしないだろうけど。

 ヤカンとか、機材のたぐいは持っていったほうが良さそうだった。

 

 記録映像でもこのレトロなヤカンが写ってた様子から、代々受け継がれてきたとかそんな感じだし。

 人のいない開発中惑星なら、なおさら要らないものを置いていったりしない方がいいだろう。

 

 焚き火自体は、消火剤カプセルを投げ込むだけで一瞬で鎮火。

 高濃度のハロンガスを噴出することで、一瞬で酸素不足の状態を作り出し、ハロゲン元素のもつ負触媒効果により、極めて高い消火効率を誇る……大昔にはフロンガスとも呼ばれ、オゾン層を破壊するとか言われてた奴でもあるんだけど……。

 

 宇宙での火災の初期消火には、大抵これが使われる。

 と言うか、宇宙空間での火災自体が早い段階で酸素を消費し尽くして、派手に燃えること自体滅多にない。

 

 酸素タブレットは、どうせ使い捨てだし、地面にでも埋めとけば問題ない。

 凝縮酸素炭素棒もほっとけば自然に還るから、もう捨て置く……そもそも、アッツアツだから持てない。

 

 ヤカン回収、マグカップも回収、鉄パイプとワイヤーも持った!


 元々大したものは持ち込んでないけど、とにかく忘れ物なし!

 

 こう言う危機的状況こそ、落ち着いて行動するのです!

 

 パチパチと頬に砂粒が当たりだす。

 辺りが薄暗くなってきて、見上げると、もう頭上近くまで茶色の壁が迫ってきていた。


 ……お、落ち着いて行動……するのですぅっ!

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