第五十七話「満天の宇宙(そら)の下で」④
「……ちょっと楽しみになってきたのです」
「そりゃ、良かったなぁ……。まぁ、明日は午後から忙しいらしいから、朝から目一杯楽しもうや」
「でも、明日からは夜空も賑やかになるって話でしたわ。こんな風に星空をのんびり眺めていられるのも今夜くらいらしいですわ」
「……なのですよ。今日は、皆お休みだから、空も静かだけど、明日は空にカウントダウンとか出てたり、衛星軌道で衛星乱舞花火とかやるから、超賑やかになるのですよ」
むしろ、乱痴気騒ぎとも言う。
ちなみに、今は嵐の前の静けさで、市街地や衛星軌道上では明日の準備の真っ最中。
具体的には、航宙艦なんかはお正月仕様にリペイントとか、電飾付けたり……。
いつもは冷静なAI達もお祭り事になると、一緒に馬鹿騒ぎするのが基本なのですよ。
「んじゃ、今夜は星空たっぷり見とかんとな……と言うか、ずっと星空見上げてると首疲れるわ……。うん、こうすると楽チンや!」
そう言って、そのまま、大の字に砂浜に寝転がるアヤメさん。
エリーさんもユリも苦笑い。
でも、見上げっぱなしで首が固まりそうだったのは事実だから、一緒にそのまま寝転がる。
三人でそのまま、星空を眺める。
良いなぁ……こう言う時間。
時間がゆっくりと流れていくみたい……。
そんな事を考えてると、メッセージ入電あり。
「あ、エルトランから入電なのですよ。間もなく、エスクロン上空をスイングバイ通過します……って、あ、あれかな?」
水平線の彼方から、まっすぐ尾を引きながら、夜空をいくつもの流れ星が通過していくのが見える。
あの派手さ……多分プラズマジェットっぽい。
そうなると、白鴉……だね。
ちなみに、エルトランはすっかり白鴉を気に入ってくれたみたいで、ユリの代わりに実機試験メニューを順調にこなしていってくれてるらしい。
無人操縦だと純粋な機体限界が計測できるし、多少のトラブルが起きたり、墜落しても問題にならないのですよ。
問題は、そこまで出来るAIなんて、滅多に居ないって事なんだけど。
エルトラン……ユリの戦闘機動の再現とかまでやってのけるから、順調に完成度も上がっていってるらしい。
どのみち、ユリは一ヶ月ほど、航宙関係免許を強制停止させられちゃったから、宇宙は飛べないのですよ。
悪いことは出来ないのですよ……。
「……あいつ、何やっとるんや……? と言うか、こんなところまで着いてくるとか、大概心配性なんやなぁ……。けど、エトランゼはクオンに置いてきて、データだけ転送してきたらしいんやけど、今の船ってどんなんやろな? あいつ、そう言うことは全然教えてくれへんからなぁ……」
ちなみに、フェイズ2ドラゴンの事とか、白鴉の件は機密指定情報なので、アヤメさんにもエリーさんに伝えてないのですよ。
エルトランもその辺はちゃんと厳守してるらしい。
「エルトラン、私達が航宙艦の教習中にもふらっと近く飛んで見せたりしてたのよね……。何やってるんだか……なんだか良く解らないんですけど、随分小さな白っぽい機体でしたわよ」
前言撤回……エルトラン、機密厳守ってホントに守る気あるのかなぁ……。
「エ、エルトランは、今、無人AI戦闘機の先生やってるそうですよ。それとユリ達の後輩の宇宙飛行訓練の教官もやってるそうなのですよ。あの一緒に飛んでる流れ星が、ユリの後輩のおチビちゃん達なのですよ」
チビちゃんズ。
第三世代強化人間の年少組の子供たち。
もっとも、ユリ達よりも世代が新しい上に、ゆり達が蓄積した各種ノウハウや、数々の改良でその能力はかなり高いと言われてるのですよ。
チビちゃん達の代表格のイマリちゃんとマリエちゃんって双子の女の子達がいるんだけど、VR演習でダーナちゃんやフランちゃんと互角に渡り合って、観戦してた宇宙軍のエースパイロット達の度肝を抜いたらしい……。
他の子達も数値的には、ユリ達にも迫るほどで強者揃い。
本来は、あの子達のデビューはまだまだ早いと言われていたんだけど……。
ユリ達の実戦での活躍を見て、ほぼ全員が戦力化訓練へ志願しちゃったんだとか。
ユリとしては、複雑なのですよ……。
ちなみに、皆、最初は一緒にバーベキューとか楽しんでたんだけど……。
年少組の子達、揃ってぞろぞろと宇宙へ上がって行っちゃったのですよ。
「……あんなちっこい子達も宇宙戦闘機で自在に宇宙飛んどるんか……。うちらとか、やっとVR教習終わったとこなのに……無茶しおるなぁ……年齢制限とかホンマ、アホらしくなってくるわ」
なお、厳密には銀河連合憲章に思いっきり違反してるのですよ。
けど、エスクロンの法には例外規定があるので、問題なし。
エスクロンも銀河憲章とかあんまり守る気ないっぽい……。
ちなみに、ユリ達の次世代グループ……第四世代強化人間は一気に増員して、百人規模なんだとか。
これから、どうなるんだろね……?
「ですわね……。でも、わたくし達があの子達くらいの頃って、何やってたかしらね……」
「学校の事やら、宿題こなすこと、それとTVの続きやら、晩ごはんなんだろってそんなもんやったなぁ……。あの頃は公園で泥まみれになって遊んだりとかもしとったなぁ」
「……そう言えば、昔はそう言う子供の遊び場なんかもありましたわね……今は、ただの広場や植物園みたいになってますけど」
……普通の子供の暮らしってそんななんだ。
でも、確かに無重力訓練施設とかに来てる小さい子達って、皆遊び半分みたいな感じだったかも。
ユリの年齢一桁台の頃は……訓練や調整三昧だったっけ。
成長期だったから、しょっちゅう調整やら、義体換装とかあって大変だったのですよ。
美味しくない錠剤ご飯とか、寒い宿舎で皆で固まって暖を取ったり……。
あの頃のことを思い出すと、ちょっと辛くなる……かも。
あ、メンタルガードシステムから警告。
あんまり、考えちゃ駄目……だよね。
「それにしても、さっきのバーベキューとか無茶苦茶美味しかったなぁ……。まさか、古代料理の第一人者、料理王の異名を持つ永友提督がシェフとして来てくれたなんて、びっくりや……あのオジさんの料理、冗談みたいに美味かったわー」
「そうですわね! それにものすごく嬉しそうに作ってましたね……! けど、何がそんなに嬉しかったんですかね。美味しい料理ですねって褒めたら、あの方……むせび泣いてましたわよ」
「永友提督……こっちに来て、初めて本格的な直火料理が出来たんだそうですよ。それにあの人って、自分の料理で誰かが笑顔になるのを見るのが趣味なんだとか……」
「……なんや、普通にええ人なんやな。むしろ、なんでそんな人が最前線で提督とかやっとるんやろなぁ」
皆と同じこと言ってるのですよ。
ユリもそう思うのですよ……。
ちなみに、CEOさんに至っては、宮殿の専属シェフにならないとかオファーかけてたし……。
……でも、永友提督や遥提督は、すでに次の作戦の準備に入ってるらしい。
CEOさんからの情報共有によると、いよいよお父さん達……人質の奪還作戦を実施するみたいなのですよ。
どうも、お父さんとの定期連絡も取れなくなってる上に、シュバルツの親玉も相当追い詰められてるみたいで、強襲奪還作戦になるのは確実らしい。
お父さん一人ならなんとでもするだろうけど、人質になってる人達のほとんどは、お父さんみたいなスーパーマンじゃない……割と普通の人達ばっかりで、エスクロン以外の国の人もいる。
けど、人質強襲奪還作戦なんて、かなり難易度高い作戦だと思う。
この手の作戦ともなると、人質を全員無事に救出してこそ、成功と言える。
敵地に乗り込んで、非武装の民間人を救出して、無事に脱出させる。
考えうる限りでも、最高難易度だと思う。
この手のミッションは、ユリ達もVR訓練を実施したことあるけど、割と散々な成績だったのですよ。
無尽蔵に湧いてくる敵の増援……。
パニックになる要救助者達。
敵地の真っ只中に飛び込む以上、支援も限られている上に、補給もない。
最低限の交戦で、最大の戦果を求められる最高難易度シチェーション。
基本的に撤退戦だから損害も相応に出るし、人質も全員無事にと言う条件だと……成功率は一割に届かなかった。
ユリ達強化人間の中でも、厳選した精鋭チームで何度かリトライして、ようやっと半々くらい……。
兵力に余裕があるのなら、陽動で敵戦力の誘引を図ることで、一時的な優位を確保できるし、敵の増援の足止めとかで優位に立てるから、それなりに成功率も上がるんだけど。
全軍上げての奪還作戦が出来ないとなると、限らられた少数戦力での上陸戦になる。
スターシスターズも地上白兵戦なら強いけど、軍勢相手だと多勢に無勢……。
話をちょっと聞いただけでも、かなり無謀……だと思う。
それこそ、ユリ達の出番だと思うんだけど。
銀河連合としては、強襲奪還にはあくまで反対の立場だとかで……遥提督達の独断で、強行する事になりそうな情勢らしい……。
もちろん、CEOさん達も遥提督達の作戦支援の申し出はしてるみたいなんだけど。
遥提督もこっちに借りを返したいとか言ってて、あくまで独力での奪還にこだわってるみたいで、大々的な支援や陽動作戦などの実施の申し出は断られたらしい。
うーん? そこはこっちにも色々手伝わせて欲しいと思うんだけどなぁ。
こっちも、身内が虜囚になってるんだから、全然他人事じゃないし……。
国民保護って言い張れば、多少派手にやっても正当化は出来ると思う。
けど、エスクロンも銀河連合の監査チームが視察に来たり、色々と睨まれてるから派手に動けないのも事実。
銀河連合も人質はあくまで、話し合いで穏便に奪還するとか言ってるんで、エスクロンもうかつに動けない。
なんかもう、すっかり要注意勢力として目をつけられてるし、銀河連合軍内でも対エスクロン制圧作戦の想定、立案なんかも行われてるとか。
この辺は、永友提督のお友達提督の一人が実際に、ユリ達っぽい艦隊相手のVR演習を実施した……なんて話があって、永友提督やグエン提督、複数スジから流れてきてるらしい。
もっとも、その提督さんの話だと、こっちの白鴉系戦闘機や戦闘艦については、エスクロンが敢えて漏洩させた偽装データを参考にしてるみたいで、あまり強くなかったって話で、向こうはこの程度なら余裕で制圧できるとかそんな結論になったんだとか……。
もっとも、シリウスとかセブンスターズもコードオレンジの発令と、現実的な脅威を目の当たりにしたことで、遅ればせながら、独自のエーテル空間戦闘兵器の開発に着手したって話もある。
あんまり、いい傾向じゃないけど……今は、そう言う時代だと思うしか無いのですよ。
ちなみに、例のフェイズ2ドラゴンの件については、何も無かったことになっちゃった……。
なにせ、後日実施されたユリ達エスクロン勢抜きで、銀河連合軍独力で事に当たったと仮定した演習結果は、もう散々な結果になったらしい。
なんでも、五個艦隊が壊滅……航空兵力に至っては四桁もの被害が出たんだとか。
まぁ、軽く銀河連合軍の総兵力の三割近くが消し飛んで……そんな結果が出て、誰もが青ざめる事になったんだとか。
まぁ……納得。
もっとも……銀河連合としては、だからと言って、戦力拡充やら兵器研究なんて、直ぐに対応出来る訳もなく、そもそも、そんなバケモノにある程度対抗してしまったエスクロンがヤバい……とか、そんな方向になっちゃったらしいのですよ……。
いずれにせよ、そんなとんでもない脅威が現実に存在するなんて、とても公表できないってことで、銀河連合評議会でもとりあえず、見なかったことに……なんて、意味不明の対応に落ち着いたんだとか。
ちなみに、クリーヴァの方は、もうエスクロンの相手とか無理って言ってて、手を引き始めてるみたいだし、シュバルツもこのところ一気に大人しくなってきてるから、脅威が黒船だけに限定されつつある状況は、そう悪くはないのですよ。
あの騒ぎの影響は、評議会が必死になって無かったことにしてるにも関わらず、やっぱり相応の影響が出てるみたいで、平和主義にもゆらぎが生じてるみたいだし、なにより、シュバルツの方でも大きな政変が起きたみたいのですよ。
なんでも、今まで独裁体制を敷いて、好き放題してたシュバルツのネオナチスの人達がシュバルツの本星で起きたクーデターで追放されて、穏健派の人達が政権を取ったみたいなのですよ……。
その人達は銀河連合とは、争うつもりは無くて、それまでシュバルツの支配者だったネオナチス派を、グイグイ追い詰めてるみたいで、エスクロンもそっちを応援するって流れになってるらしい。
ユリが入院してる一週間程度の間に……なんだか色々あったみたい。
ちなみに、これはあくまで未確認情報みたいなんだけど……。
エルトランが撃沈した敵性潜航艦に、そのネオナチスの大ボスが乗ってたみたいで……。
どうもそれがきっかけで、求心力を失ったネオナチスが空中分解しちゃったらしくて、ネオナチスの残党ももう人質くらいしか頼れるものが無い……なんて状況なんだとか。
……うーん? これって、やっぱりユリのせい?
話を聞いた時、まさかって思っちゃったけど、状況的にどうもその可能性が高いみたいなのですよ。
でも、そんな重要人物が乗ってたのに、単艦でユリ達に仕掛けてくるって、その時点で悪手だと思う。
むしろ、正気を疑うくらいのレベルの話。
なんで、そんな大ボスが最前線にいたの? とか、敗走中に撤退経路でもなんでもなかったユリ達に仕掛けてくるとか……意味が解らない。
どのみち、あの時は潜航艦を沈める以外選択肢もなかった……。
アドラステアだって、もう一手遅かったら、多分沈められてた。
何より、あの憎しみの塊みたいな殺気は、間違いなくユリに向けられてたのですよ。
ユリが白鴉に乗ってたとしても、あれは迷わず撃ってた。
どうも、ユリは知らないうちに、そのネオナチスの大ボスからかなりの恨みを買ってたみたいで、復讐のチャンス……だと思ったんだろうなぁ……。
理由? うーん、シュバルツのステルス艦撃破したり、ステルス潜航艦沈めたりしたし、ユリに釣られた諜報員とか派手に捕縛されたりしてたみたいだから、そのへんで逆恨みでもされてたんじゃないかってのが、諜報部の分析結果らしい。
まぁ、敵の損害とか事情とか一兵士が気にするものじゃないので、全然気にしてないんだけどね。
でも……あの時、ドラゴンが落とされた時点で、趨勢は決まってたんだから、大人しくコソコソ逃げ帰ってればよかったのに……。
要らないちょっかいを出して返り討ちとか、そんなの知らないよっ!
でも、ユリをご指名で狙ってた張本人が居なくなったのは、いい話だと思う……これでクオンに帰っても、ピリピリしないで済むし……。
キリコ姉さんの心配もしなくて済むのですよ……。
もっとも、話によると、そのネオナチス残党を駆逐するために、ダーナちゃん達が異世界へ助っ人として派遣される可能性もあるんだとか……。
ユリは……しばらく、戦場からは離れてるように言われてるから、あんまり関係ないみたいだけど。
まぁ……いいか。
気にしなーいっ! なのです!
それに、クオンに帰ったら、帰ったで、色々あるし……。
二月になったら、いよいよ生徒会選挙……冴ちゃんが会長に立候補するとかで、ちょっとした波乱の予感……なんだけど。
学校生活の定番イベントみたいなもんだから、ユリ的にはお気楽なのですよー。
やることと言っても、冴ちゃんと一緒にチラシ配ったり、一緒に生徒会運営プランを考えて、資料化したりとか……そんな感じ。
うん、のんびり平和な学生生活とは、かくあるべしなのですよ!




