第五十七話「満天の宇宙(そら)の下で」③
「これで貧相? けど……確かにクオンで宇宙に出たときに見た星空に比べたら、スカスカに見えますね」
「せやな……この感じだと小さい星が偏ってる……んやろうなぁ。うーん、これが銀河の端っこの星の星空なんやなぁ……。なんと言うか、遠くまで来たって実感できるわ。なぁ、クオンってどれやろ? 天体望遠鏡とかで見たら、うちらのコロニーとか見えたりしないかな?」
アヤメさん、地味に視力凄いなぁ。
エスクロンから見える星って、どれも暗い星ばかり……明るくても三等星くらいだから、肉眼だとあんまり星も見えないのですよ。
「クオンとエスクロンは1000光年は離れてますから、見えたとしても1000年前のクオン……西暦1700年代なんて、誰も辿り着いても居ないのですよ。ちなみに、その頃の地球ってエド時代って言って、お侍さんが刀持って歩いてたような時代なのですよ?」
「あたし、知ってるで! 時代劇やろ……エドの将軍様が悪人退治! 「豪剣将軍、今日も今日とて気まぐれ大暴れ!」は名作やでー」
「わたくしは、「御老公ののんびり世直し旅」が好きでしたわ……。助三郎さんと角之進さんをお供に、この紋所が目に入らぬかーで、大抵の問題を軽く解決しながら、まったりのんびり江戸日本を旅巡る……お祖父様が大好きだったんですのよ」
ちなみに、どちらも人気作なのですよ。
時代時代で色んな所で、リメイクが作られてきたんで、バリエーションがすごい数あるのですよ。
なんでも、原典となると20世紀の頃の日本の長寿TV番組に行き着くらしいんだけど、どちらも実在の江戸時代の将軍家の人々をモデルにしてるんだとか。
「でも……光の速度でも1000年……そんな遠くの星なのにエーテル空間経由なら、船旅で一週間もかからんってのは、やっぱりすごい話やなぁ……あたしら、星間旅行なんて初めてやったけど、超快適やったしなぁ」
「そうですわね。こうもお手軽によその星系に行けるなら、シリウスとかにも行ってみたくなりますわ。シリウス系の惑星って、自然が豊かで、住んでる人たちも昔ながらの生活してて、お馬さんに乗って移動して、夜になると最低限のガスランプの明かりで照らしてたりとか、そんな感じなんですよね? キャンプみたいで素敵だと思いますわ」
……確かに、シリウスの人達って年中キャンプ生活みたいなもんかも知れない。
もちろん、それなりに近代化して、エスクロンの人達と変わりない生活をしてる人達もいる。
実は、その辺、領主のさじ加減だったりもする……。
ただ、開発から年季が入ってる惑星って、別の問題もあるのですよ……。
「ユリが行った観光惑星は、そんな感じでしたけど……メチャクチャ不便だったのです。虫もいっぱいだったし……」
……あの悪夢の一夜を思い出す。
夜とか、電灯すらないからって、ランプつけっぱなしにして、いざ寝ようと思ったら、窓が妙に黒くて、良く見たら虫でびっしり……。
あれは軽くトラウマになったのですよ……。
お父さんが夜は明かりは、なるべく消しとけって言ってたのに、聞かなかったばっかりに……。
ううっ……うっかり思い出しちゃったのです。
「……虫っ! ハエとかゴキブリとか……クオンでも旧市街区とか行くとたまに見るで! アレは確かにキモいわー!」
閉鎖環境で検疫など懸命に行っていても、その手の害虫は人類の行くところに勝手に付いて回るのですよ……。
聞いた話だと、どこの星系でもその手の要らない害虫は、多かれ少なかれ必ずいると言うのが実情なのです。
環境が変われば、害虫と言えど生き伸びるのも難しいと思われがち……なんだけど。
昆虫の環境適応能力ってのは侮れないものがあるみたいで、何かの拍子に流入した植物害虫や外来植物などのおかげで、農作物に甚大な被害が出るとか、そんな話もよく聞くし……。
シリウスとかではゴミとか廃棄物の処理をいい加減にやってたばっかりに、ハエとか蚊が大発生して、疫病を媒介するようになって、公衆衛生局の生物災害緊急処理部隊が出動する騒ぎになったりするらしいのですよ。
それに、善意で持ち込んだ無害な生物が突然変異して、凶悪化することもあるし、エスクロンのように現住の地球外生物がいる惑星も珍しくない。
基本的に、人間以外の生物の持ち出しや流入については、厳しく規制されてはいるのですよ。
ちなみに、古来からの家畜生物の犬猫やペット系の動物。
それに、貴重な天然食材でもある牛馬、鶏豚辺りは例外扱いされてるんだけどね。
もっとも、小さな昆虫やら微生物については、貨物に紛れ込んだりすることで各地にばら撒かれてしまっているのが実情……。
特に地球外系の生物群は真空にしても生存してるような頑強な種類もいて、対処に苦労してるんだとか。
「ゴキブリちゃんはエスクロンでも当たり前にいますからねぇ……。あの子達って、地上都市が更地になっても不思議と全滅せずに生き延びて、むしろ生息域を拡大したりするんですよね……」
「あの子達言うなやっ! アタシ……あれだけは駄目なんやっ!」
アヤメさんが喚く。
……エリーさんも苦笑してる。
まぁ、よく見ると意外と可愛いなんて言われたりもするんだけど。
エスクロンにいるのは、独自進化を遂げていて、割と図体がデカい上に飛行能力が強化されてて、化学物質耐性もあって本当にめんどくさい害虫なのですよ……。
スペースコロニーとか、海底都市でたまに大繁殖して、住民退避の上で中の空気全部抜いて、三日くらい放置するとか荒療治で対処することもあるのですよ。
「あはは、虫の話は止めましょうか……」
「せやな、何が悲しゅうて、女子高生が宇宙ゴキブリの話とかしとるんだかなぁ……恋バナでもするか? 雰囲気だけは最高やと思うで……」
「恋バナするような経験皆無ですわ……お互い……。でも、こうやってお友達と一緒に星空を眺めるってのは、それはそれで悪くないですわね……。余計な光源もないから、目が慣れると、どんどん増えて来てるし……。クオンの降下キャンプは、スケジュールがバタバタで、こんな時間取れなかったですからね」
うん、最大広角、光増幅モードにするとメチャクチャいっぱい見える。
銀河の星の数は2000億個ほどと言われてる。
そのうちエーテルロードで繋がってるのは一万個にも満たない……。
そう考えると、人類の世界もまだまだ狭いって気もしてくるのですよ。
「今夜は、大きな衛星も沈んでるし、大気も澄んでて、雲も出てないから、天体観測にはいい条件揃ってるのですよ」
ちなみに、エスクロンの12の衛星のうち一際大きいのが4つあるのですよ。
それぞれ、地表の成分が違って、赤、青、緑、黄色に見えて、スザク、セイリュウ、ゲンブ、ビャッコって呼ばれてるのです。
よく知らないけど、古代地球の四聖獣とか呼ばれてた動物の名前なんだとか。
「せやな! そいや、赤くてでっかいのが空に見えてたけど、もう居なくなってるんやな……」
「多分、スザクですね……。多分、そろそろビャッコとセイリュウが登ってくると思いますよ」
「……こう言う海がある惑星って、衛星の重力に引っ張られて、海面が上昇してきて、陸が沈んだり、海が干上がったりするって聞いてますけど……ここにいて、大丈夫なのですかね?」
おお、エリーさん詳しい。
海がある惑星なんて、少数派なのに潮汐なんて、よく知ってるのですよ。
「大丈夫ですよ。エスクロンってどこも潮の満ち引きも結構激しいんだけど、ここみたいな浮島は少しくらい潮が満ちても、海面に合わせて、一緒に浮かぶようになってるから、潮の満ち引きの影響は受けないのですよ」
エスクロンの特徴の一つ。
どこも派手な潮汐で陸が削られてるから、海岸線と言えば断崖絶壁ばかり。
エスクロンも太古の時代には、もっとたくさん陸地があったみたいなんだけど。
潮汐の激しさで小さい島はどんどん削れて無くなって、重力バランスの関係で潮汐の影響が割と少ない赤道直下の島々ばかりが残ったらしいのですよ。
もっとも、その関係で港湾施設も浮島構造にするのが当たり前だったりするのですよ。
「……そうなると、この砂浜も人工物なんやなぁ……」
アヤメさんが砂をひとつかみ手に握って、不思議そうにしてる。
まぁ、人口砂……ではあるのですよ。
ゴミやスクラップを1300度くらいまで加熱して溶かして、ある程度の大きさの粒子に砕いた上で、化学研磨と言われる薬剤を使って、丸くする……。
工業用途や建築資材とかにも使われるけど、こんな風に人工砂浜を作る事もある。
もちろん、盛大に流出していくんだけど、人口砂とかコストはめちゃくちゃ安いし、比重も高いので思ったよりは流出しないのですよ。
「なのですよ。むしろ、天然の砂浜なんてエスクロンには存在しないのですよ……」
……ちなみに、お父さん愛用のクリーチャーだらけのヘルアイランドは、当然のように港湾施設なんて無い。
いつもそこに行くときは、スカイダイブしてのパラシュート降下。
帰りは、上空から垂直離着陸機から紐垂らしてもらって、拾ってもらう感じ。
その関係もあって、余計な装備持っていけないから、現地調達が基本……。
お母さんとかエリコお姉さまも付き合ったことあるみたいなんだけど、初日で泣き入って撤収。
お父さんは、平和ボケがリセットされるとかで、定期的にそんな事やってたのですよ。
ちなみに、ヘリポートとか作っても、三日でかったい植物で埋まるので、そんな方法で出入りせざるをえないのですよ。
エスクロンの原産植物って、津波に洗い流されても耐えるようなゴツい植物ばっかり……。
銀河連合条約で絶対に他の星系に持ち出し厳禁って釘刺されてるような危険植物のオンパレードなのですよ……。
「まぁ、こんな砂浜とかアタシらも初めて見るけどな! そいや、明日は水着着て、海で泳ぐとか聞いとるで! ユリちゃんの水着も用意してたみたいやで!」
「……そんなの聞いてないのですよ?」
うん、初耳だ。
今日だって、ブルースカイに乗せられて、どこに行くのかと思ったら、CEOさんの居城……宮殿で、CEOさん自らがいらっしゃーいなんて、軽いノリでお出迎え。
続々とブルースカイが飛んできて、アヤメさん達と合流。
そんな感じだったのですよ。
「ユリコさんのお友達のアキさんでしたっけ? スリーサイズは把握してるとか言って、嬉々として水着選んでらしたわよ」
……アキちゃん、緊急問い合わせ!
『ねぇ、アキちゃん、水着で泳ぐってなに? 聞いてないよ? なんで勝手に決めてるのです?』
と言うか、強化人間……それも戦闘用素体は自重もヘビー級だから、水には浮かない。
海底散歩くらいは訳ないけど、人並みに泳ぐとか無理ゲーなのですよ。
フロートと称する浮き輪いっぱい付けるとか……。
それか、フライングボードにでも乗る?
『あちゃー、バレた? えっとですね、皆さんと厳選なる審査と協議の上で決定いたしました。コレ、超可愛くない? って言うか、ユリちゃんどこにいるのー? 皆、探してるんだけど!』
VRイメージも転送されてくる。
おへそとおなか丸出しの白いビキニ水着……。
胸の所は、バラの花飾りみたいな感じで超セクシー。
「これ……着るのです?」
思わず、手の上にイメージ投影。
うーん、これは結構恥ずかしいかも……。
ほとんど、下着だよっ! 下着っ!
それと、これ……どう違うのっ?
「あ、それや、それ! やっぱ、ユリちゃんと言えば白……可憐な乙女って感じでええやろ? アタシはこんなんやでー」
アヤメさんも、携帯端末操作して実物の3Dイメージを投影してくれる。
赤のセパレート水着。
下はデニム調の短パンみたいなデザイン。
でも、胸のあたりはすっごい……ボリューム満点って感じ。
思わず、自分の水着イメージと見比べる。
うん……ユリ、圧倒的にボリューム不足だよっ!
「わ、わたくしは、おとなしめにしたんですけどね……ど、どうでしょう」
エリーさんは、黒いワンピース水着。
確かに大人しいデザイン。
ワンピースにした理由は何となく解る。
と言うか、ユリの体型でビキニとか……ズレちゃって、ぽろりとかしそう……。
さすがのユリもぽろりとか恥ずかしいよっ!
……自分だったら、絶対こんなの選ばないっ!
「うう、チェンジ希望なんですけど……これだと……その。ズレちゃったりしないですか?」
「……もう発注済みで、今夜のうちに届くって言っとったよ。なんでも、肌にぴったりフィットする最新素材で出来てるとかいう話で、ポロリとか、透けたりはせんらしいよ」
……さすがエスクロン!
こう言う無駄なことにも容赦なく最新科学を投入してるのですよっ!
そう言えば、フランちゃんが妙にご機嫌だったような……。
「ああ、なるほど。アヤメさんとエリーさんと一緒なんだ。その二人って、向こうでのユリちゃんの最初のお友達なんだってね。そう言う事なら、三人でイチャコラしてればいいと思うよ」
アキちゃん……。
「べ、別にイチャコラとかは……しないし」
「まぁ、そのうち皆、そっち行くと思うけど、しばらくは時間稼いでてあげるから、ゆっくりお話とかすればいいんじゃないかな」
「お気遣いありがと……なのですよ」
考えてみれば、そうなんだよね。
この二人がきっかけで、ユリは少しだけ人間に戻れた。
そんな気もする。
「まぁまぁ、聞けばユリコさん達って……水着着て海で遊ぶとか、そんな機会なかったみたいじゃないですか」
「せやな! まぁ、アタシらも学校のプールくらいしか泳いだこと無いんや。なんだかんだで水ってのは貴重やからなぁ……」
考えてみれば、そうかも。
海上戦闘用パワーアーマー着込んで、海上戦闘訓練とかはあるんだけどね。
泳げないのは知ってるけど、海浜リゾートとか興味はあった。
楽しそうだなーってTVとかで見てたし……。
水着になるのは、ともかく……ちょっと興味は出て来た。
 




