第五十七話「満天の宇宙(そら)の下で」②
ゼロCEOの居城……海上宮殿の片隅にて。
喧騒から離れて、ひとり砂浜に座り込み、宇宙を眺めていた。
「探したでー! ユリちゃん、こんなところにいたんた」
「そうですわ。皆さん、探してましたわよ」
アヤメさんとエリーさんの二人だった。
うん、この二人も大概世話焼きだと思うなっ!
でも、この二人と知り合ってから、色んな事が上手くいくようになったのも事実……なんだよね。
「アヤメさん、それにエリーさん! よくここが解りましたねっ!」
「まぁ、ユリちゃんの事なら、うちらが一番詳しいって自負しとるからな」
「アヤメって、凄いんですのよ。足跡見て、これはユリちゃんのやとか言って……ホントにいたんでびっくりですわ。で……どうかしたんです? ちょっと元気がないみたいですけど」
足跡で解るもんなのかなぁ……。
靴だって、量販品の普通の運動靴みたいなのだし……。
けど、歩幅とか足跡の踏み跡とかから、特定個人の足跡を特定できるってお父さんも言ってたなぁ。
やっぱ、アヤメさんって凄い人なのかも。
……なんとなく。
こっちが引くくらいの持ち上げられっぷりと、皆して心配されまくって、かえって疲れたと言うか、なんと言うか……。
「……色々あったんでちょっと……。それにここに来るの……実は始めてなのですよ。実は迷子になってたら、キレイな浜辺を見つけて……ちょっと眺めてようかなって。エスクロンって、海は多いけど船や海上プラットフォームや飛行機もいっぱいなんで、こんな風に静かな何もない海と空なんてあまり見れないんですよ」
……当然ながら、この宮殿。
居場所については、トップシークレットな上に、頻繁に位置を変えるし、陸地には原則近づかないようになっているのですよ。
それにかなり広い範囲に渡って、近海や上空には進入規制が敷かれているので、水平線の見える範囲内には、一切の艦艇は存在しないし、基本的に航空機や衛星なども近づかない。
規制があるのは上空の狭い範囲で、宮殿の周囲にも不可視化偏光フィールドが展開されているので、遥か宇宙の目を持ってしても、宮殿の全容は観測されることはない……らしい。
実際、ユリも海のど真ん中にこんなのがあったなんて知らなかった。
宮殿の上空にも、大型監視衛星が睨みを効かせているし、その周辺にもいくつもの攻撃型衛星が点在している。 その更にその上空には常時一個艦隊が待機してる。
見えてないだけで近海には無人潜航艦なども多数配備されており、エスクロンでも有数の最重要防衛エリアになっている。
もっとも、宮殿から見える風景は、至って穏やかなもので、光源も無いために広大などこまでも広がる海……パッと見漆黒の闇みたいに見えるけど、今日は波も穏やかだから、海に星明かりが映ってて、とっても幻想的なのですよ……。
「せやな……見渡す限り一面の海とか、うちらも始めてや。せっかくやから、隣ええかな?」
そう言うとアヤメさんは返事を待たずに、ユリの隣に座り込む。
エリー部長も無言でアヤメさんの隣に座る。
一面の海……満天の星空。
時折、遥か宇宙を駆ける航宙艦らしき機影が天空を光芒となって横切っていく。
「まさに異国の地の星空……ですね。私達もクオンの展望エリアに望遠鏡持ち込んで、天体観測とかした事があるんですけど、やっぱりクオンの物とは全く違いますね……。なんと言うか……瞬かない星、惑星が随分たくさんあって、やたら小さな星が多いみたいですね。……それに夜空にやけに暗い部分もあるようですが……あれってなんなんです?」
エスクロンの星空は、極端に偏っているので有名なのですよ。
天頂側の銀河の中心部方面は、濃密な星空が広がっていて雲みたいに見えるのだけど、水平線近くの方角はただ漆黒の闇と惑星や数個ばかりの大きめの星しか見えない。
マシンアイのズーム機能で観測すれば、たくさんのぼんやりとした系外銀河の影も見えるのだけど。
一見、小さな霞にしか見えない上に、どれもこれも暗い……。
……エスクロン星系の銀河の位置関係上、こんな奇妙な星空が見えるのですよ。
もっとも、その空間もよく見ると、今もリアルタイムで活動している莫大な数の航宙艦や本星軌道上を所狭しとめぐる人工衛星やコロニーなどで埋め尽くされている。
もっとも、水辺線の近くは、惑星の影も近いから、反射光も少なくなるので、必然的に暗い空になってしまうのです。
「エスクロン星系は、銀河系の渦巻の端っこも端っこ……位置的には銀河ペルセウス腕の先端部付近なんですよ。あの暗い部分は銀河系の外側って事なのですよ。高性能望遠鏡で見ると、他の系外銀河とかも見えるんですけどね。ちなみに、星に見えるのは、惑星や衛星……それに航宙艦や人工衛星なのですよ」
なお、系外銀河については、人類は全くの未踏の地。
一番近くのアンドロメダ銀河でも、距離にして、250万光年の彼方。
エーテルロードで繋がってるのは、銀河系内限定だから、今の技術では辿り着くすべはないのですよ……。
「……ホンマや、良く見ると瞬いとらんし、わらわらと動いとるな……。なぁ、なんかやたらバカでかい星が見えへんか? あれってなんや? なんとなく、長っ細いような……コロニーかなんかか?」
アヤメさんが指差す方向には、真っ暗の星空にひときわ目立つ大きな星が見えてる。
その隣には、エスクロンの12個もある衛星の一つが見えているのだけど、それよりも明らかに大きかった。
「あれは「万古」……超巨大宇宙戦艦で、エスクロンの守護神とも呼ばれてる戦艦ですね。10kmくらいあって、割と低軌道にまで降りてくるので、結構目立つんですよね」
ユリの目には、万古のデティールまで見えている。
どうも、向こうも気付いたようで「ごきげんよう」とかメッセージが飛んできてる。
……向こうからこっち見てたんだっ!
そう言えば、さっきまで、派手に煙立ってたから、様子見に降りてきたのかも。
万古が動くのなんて、エスクロンの興亡がかかるような局面だから、基本的に暇だって聞いてるからねぇ……。
「10kmもある巨大戦艦……ですか。そんなものが何のために……なんて聞くのは、おバカな質問なんでしょうね。けど、そんな巨大戦艦なんて……実際に、戦った事なんてあるんですかね。戦争なんてもう何百年も起こってないって聞いてますけど」
AI戦争では、万古も最前線で大暴れしてるんだよね……。
おそらく、当時の宇宙戦艦でも最大最強の艦だったのに、もう沈む一歩手前の状態にまで追い詰められ、それでも戦い続け、エスクロン本星を守りきったエスクロンの守護神……。
「うーん、エスクロンは30年くらい前に、大戦争を経験してるんですよ。万単位の戦闘艦同士の人類史上最大規模の……内戦みたいなものですかね。対外的には派手な内輪もめみたいに認識されてるから、銀河連合としても戦争としてカウントしてないみたいなんですけどね」
「……ああ、お祖父様から聞いたことがありますね。その話……。それまでエスクロンから色々支援があったのに、急に支援が途絶えて、クオンの景気が急速に悪化。それがきっかけで、お祖父様達も権限縮小されて、民主主義議会制になったって話なんですわ……もっとも、それが良かったのか悪かったのかは……なんとも言えないですけどね。」
AI戦争とその戦後の影響……これが割と馬鹿にならなかったのですよ……当然ながら。
まず、エスクロン本星もあっちこっちが焼け野原状態。
完全軌道制圧なんて、最悪の状況は避けられたのだけど……エスクロン周辺の制宙権も万全ではなく、対地揚陸部隊の降下や、融合弾攻撃やら、割とボッコボコにやられたせいで、地上施設や都市は8割位が壊滅。
もっとも、人間は海底都市や地下シェルター、大型潜水艦などへ避難してたから、民間人の被害は当時の惑星エスクロン総人口の1割程度で済んだのですよ。
けど、必然的に政情不安定化して、他国の横槍なんかもあって、エスクロン民主化運動なども同時期に起きたのですよ。
もっともエスクロンでは、民主主義は害悪しか無いと言う認識とされていて、割と早い段階でその民主化運動については鎮圧されたのですよ……。
皆で国を運営する民主主義ってのは、理想的な政治形態ではあるのだけど。
致命的に意思決定に時間がかかると言う問題点もあって、全体主義企業国家のエスクロンには全くなじまない政治形態だったのですよ。
それに民主化運動家の人達は、元々不満分子でもあって、とにかくやり方が強引かつ荒っぽすぎたのですよ。
それに、全体主義は悪……民主主義こそ正義であり、正義は悪に対して何をやっても許されるとか、凄く偏った考え方をしてて、話し合いにすらならなかったのですよ。
要するに、ただのテロリストと化してしまって、復興で皆、大変な思いをして、忙しくしてるのにテロまがいの手法で民間人に被害を出すような事ばかりしでかして……民衆を完全に敵に回してしまったのですよ。
もっとも、その民主化の火種はエスクロンだけの問題じゃなく、他のシリウスなど、銀河連合の星々でも同時多発的に発生してて、当時の銀河連合は動乱の時代を迎えかけたのですよ。
とは言え、銀河連合ってのは、事実上超AI群による管理社会であり、民衆が権力を持ち、最高権力者ですら入れ替わり立ち代わり入れ替わるような制度は、不都合……超AI達はそう判断したのですよ。
結局、銀河連合でも、エスクロン同様、民主主義は害悪思想とされ、各所で生まれた民主主義政権に対し、超AI達は大規模な介入を実施し、どこもまとめて骨抜きにされてしまったのですよ……。
かくして、銀河に芽生えかけた民主主義の火種は、割と早いうちに立ち消えとなった……。
これが、割と曖昧にされてるんだけど、銀河の歴史の真実……。
超AIってのは、銀河の安定と平穏を第一義にしてるから、自由とか民主主義とかは否定的……。
シリウスみたいに、内輪で引き篭もって、のんびり暮らしてくれるなら、それが一番……そう思ってるみたいなのですよ。
それを考えると、クオンの議会制民主主義と言う政体が生き残ったのって、銀河連合でも珍しい話なのですよ。
まぁ、その辺はエスクロン傘下星系でもあったから……らしい。
そもそも、人口も少ないし、閉鎖的だったから、超AI達からも放置されていた……要するにそんな話……みたいな?
「……なんとも、大変やったみたいやね。もっともアタシらの世代はその辺の話はよく知らんのやけどな。生まれる前の話なんてされても、ピンとこんってのは、皆一緒だと思うで……」
「そうですわね。結局、政治形態とかただの道具ですからね……。クオンも結局、民主主義とか言いながら、おかしな決まりとか次々作って、迷走して……。AI支配からの解放とかピンぼけした事言いだして、官僚や統治機構AI頼みだったって話ですからね……そこを異星人に付け込まれて、かなり危うかったみたいなんですのよ。ただまぁ、私が知ってることなんて、あの時裏であった事くらいで、実際、目の前で危ない状況になってたとか言われても、全然ピンと来ないんですよね……」
……その辺の話は大体知ってる。
シュバルツの諜報部隊を引き込んでて、シュバルツのステルス艦やらが普通に星系内をウロウロしてるような危険な状態まで行ってた。
まぁ、ユリが狙われたのは、お父さんの身内で、たまたま狙いやすいところにノコノコ出てきたから……そんな感じだったみたい。
エリーさんやアヤメさん、一年の皆は完全にただの巻き込まれ……。
ただまぁ、ユリがステルス艦を返り討ちにしたことでの波及効果はものすごかったみたいなんだけど。
その辺、ユリもいまいち実感ない。
「……ユリも似たようなものですよ。あの……やっぱり、ユリなんかに関わったこと、後悔してます?」
「それはないわー。アタシもあの時、宇宙に出て……始めてみた星空は忘れられんで! そいや、ユリちゃんも星空見て、はしゃいどったなぁ」
「そうですわね……。星でいっぱいとか言ってましたよね?」
「そうなのですよ……ユリって、エスクロン以外の星の星空ってちゃんと見たことなくって……すっごい感動してたんですよ。そう言えば、シリウスの星系って、銀河系でも星がぎっしり集まってる銀河系中心部近くなんで、明るい星だらけですっごい綺麗なんだそうですよ。多分、エスクロンの星空ってかなり貧相な部類だと思うのですよ……」
そう言って、宇宙を見上げる。
まぁ、子供の頃から親しんでる星空ではあるんだけど……。
銀河の最果ての惑星だけに、やっぱり星空も寂しいって思えちゃうな……。




