第五十七話「満天の宇宙(そら)の下で」①
……エスクロン中央精密医療センター屋上。
車椅子に乗せられたユリコは、屋上のヘリポートにて、花束を抱えながら、迎えを待っているところだった。
周囲には、手の空いた医療スタッフが総出で見送りに来ていて、その中には入院中、あしげく通って、ユリコに付きっきりで看病していたアキの姿もあった。
「……なんなのです? この盛大なお見送りは……。あ、皆さんお世話になりました! こんなに早く退院できるなんてびっくりです」
一連の戦闘でユリコの受けた損傷は、相当深いレベルのもので、本来は全治一ヶ月くらいのものだったのだが。
実際は、一週間もしないで退院許可が降りたほどのスピード対応だった。
「いえいえ、ユリコさんに関しては、最優先で最高の医療サービスを提供するように、CEO命令が下っておりましたからね。義体の方も最新型に換装させていただきましたが、しばらくは慣らしと言うことで、くれぐれも無理はしないでください」
医師長が丁寧にユリコに頭を下げる。
絶対に失敗は許されない……そんな重度のプレッシャーの中、完璧な仕事をこなしたことで、彼はやり遂げたと言う気持ちでいっぱいだった。
ちなみに、ユリの義体は度重なる過重Gにさらされた結果、全身ボロボロ満身創痍と言ったレベルだったので、ならいっそ最新鋭の義体にそっくり脳殻を移植して、フルチューンをかけると言う割と無茶なものだった。
本来ならば、何日もかけて慎重に神経接続や慣らしを行うようなもので、当初予定ではおよそ一ヶ月の入院期間を取るという話になっていたのだが。
そんなに長い間、拘束とか無いだろうと言うCEO直々の指令により、エスクロンの医療AI群でも最古参にして、最高の技術を持つ「スクナビコナ」と呼ばれる休眠古参AIを叩き起こした上で、医療チームに参入させて、その超精密医療技術を惜しみなく振るわせた上で、施術される事になった。
結果的に、現役の医療スタッフ達を驚愕させるほどのスピード対応となり、ユリコの早期退院が実現されたのだった。
「はい、解りました。医師長さんもお元気でっ!」
なお、ユリコの治療に携わったスタッフには、全員に特別休暇と臨時報酬が与えられることになっており、その事もあって、彼らは総じて笑顔だった。
ゼロCEOの身内贔屓と、色々な意味での口止め料ではあるのだが、こう言う形での贔屓ならば、誰も文句など無かったし、ユリコ達に関する情報はもともと国家最高機密レベル情報なのだから、誰一人として口外する気など毛頭なかった。
何よりもエスクロンの先進医療業界では、半ば伝説となっているAI戦争での戦死者を半減させたと言う伝説を持つ「スクナビコナ」との共同作業は、彼らにとって大いに得るものがあったのだった。
「まぁ……僕らと言うよりも、心強い助っ人のおかげなんだけど……。まぁ、とにかく……お大事にくれぐれもすぐ戻ってくるとかそんなのは無しにしてくれると嬉しい」
なお、当の「スクナビコナ」は「また何かあったら、起こしてくれ」とだけ言って、再度休眠に入り、ユリコ本人もそんな大物AIが治療に関わっていたと言うことは知らされていなかった。
「はい! ユリも入院とか出来れば、勘弁して欲しいのでこれからは、無茶もほどほどにします! あ、出迎えってあれ?」
ヘリポートに群青色の垂直離着陸機が静かに舞い降りてくる。
電動レシプロ機にも関わらず、ほぼ無音でふわりと着地する。
時刻はエスクロン標準時で17時半。
普段、この時間帯はラッシュアワーと重なっていることで、アイランドワンの上空にも無数の飛行船やヘリが飛び交っているはずなのだが、この瞬間、すべての航空機の運行が止められており、空には一切の機影がなかった。
「おお、時間ピッタリ……でも、この時間帯にアイランドワンで、上空飛行規制とかやり過ぎだよ……」
「……これ……VIP専用機のブルースカイじゃないですか! それも幻の000号機! こ、こんなのに乗って良いのです? それに他の飛行機もいなくなっちゃってないですか?」
「ふふふ、最近はもっぱら私達の専用機みたいになってるから、全然おっけーなのだよ。それにこの機体……優先コードSSSの機体だしね。他の飛行機はむしろ、自粛って感じになってるみたいなのよ」
「……うわぁ……。アキちゃん達、こんなの足代わりにしてるの? どれだけなんだよっ!」
「まぁまぁ……。私達ってそう言う身分なんだから、遠慮は無用! ささっ、最後にお世話になりましたーくらい言っときなよ」
「そだね! それでは、皆さん……お世話になりました!」
そう言って、ユリコが頭を下げると、医療スタッフ一同も一斉に頭を下げる。
「ささっ、ユリちゃん……このまま車椅子で乗っちゃう?」
「うーん、さすがにちょっと面倒そうだし、多分もう普通に歩けると思うんだよね……」
そう言って、ユリコも車椅子から立ち上がろうとするのだげど、立ち上がった所で少しばかりフラ付く。
「だ、大丈夫?」
「うん、さすがに調整が不完全だから、ちょっとふらつくけど、大丈夫なのです……って、ふわぁっ!」
ブルースカイから二人の人影が飛び出すと、瞬時にユリコの両脇を固めると、ほとんど同時にその肩に腕を回して、その身体を支える。
「……危なっかしいなぁ。ユリ姉さん、俺に掴まりな。エスコートくらいさせてもらうぜ」
そう言って、親指を立てながら、軽くウインクを決めるダゼル。
「いやいや、ダゼル。エスコートなら僕がするから、君は下がってていいよ。ユリコ姉さん、遠慮は無用ですよ! なんなら、僕の背中に乗ってください」
ケリーがそう言って、ユリコの前に回り込もうとすると、ダゼルがその行く手を阻むように身体全体で阻止する。
……笑顔のまま、二人がにらみ合いを始める。
「……ケリー! お前こそ、引っ込んでろよ! やる気かコラァ?」
そんじゃそこらのチンピラでは一発で腰が抜けるであろう殺気を放ちなら、凄むダゼル。
「おやおや、このような場所でそんな風に声を荒げるとは……紳士の風上にも置けませんね……」
けれども、ケリーも薄笑いを浮かべながら、それを軽くいなす。
「もう、二人共……止めなよ。と言うか、兄上ほっぽりだして、なんで二人まで来ちゃったんだよっ! おまけにここ病院だよ? なんで、喧嘩とかするんだよっ!」
腰に手を当てて、アキが怒鳴ると、二人共揃って気まずそうな顔をすると、そそくさと離れる。
「あ、ああ……アキ姉、すまねぇな……って言うか、コイツが意味もなく、でしゃばるからいけねぇんだよ」
「ごめんね。ダゼルはいつもこうだ……少しは場所をわきまえなよ」
「んだと、コラァっ! テメェこそ、いつもスカしやがって! 一発カマすぞっ!」
「相変わらず、君は乱暴だねぇ。ああ、ちょうどいいから、ここで一晩くらい入院して、再調整してもらえば良いんじゃないかな? 入院理由は……この僕が作ってあげるからさっ!」
……またしても、一瞬で一触即発になってしまった二人の様子を見て、ユリコもオロオロする。
アキも、この二人を止められないのは、自分でも解ってるので、アワアワするだけだった。
「そこまでですわ! もう二人共良いから、お下がりなさいっ! ユリコお姉さまをエスコートするのは、このわたくしっ! ささ、ユリコお姉さま! このフランが大事に抱えていきますので、安心して、その身をお委ねくださいっ!」
そう言って、目にも止まらぬ速さでブルースカイから飛び出してきたフランがユリコの背後に回り込むと、軽々とお姫様抱っこで抱きかかえる。
「ちょっと! フランちゃん! コレ何ーっ! 下ろすのですよーっ!」
「ふふふっ、ユリコお姉さま……ようやっと、この日がっ! いっそこのまま、屋上から飛び降りて、二人で愛の逃避行と洒落込みたい気分ですわっ!」
そう言って、ニンマリと笑顔を浮かべるフラン。
ユリコもその笑顔を見て、思わず固まる……。
「フランちゃん、それは止めようねー! んじゃ、もうそれでいいから、早く乗ろうか! ユリちゃんも、ここはもう諦めて! フランちゃんがユリちゃん好き好きなのは今に始まったことじゃないし! さっさと乗ってよーっ! うりゃーっ!」
そう言って、アキがフランの背中にお尻からドンとブチかますと、フランも何事も無かったかのようにチラ見すると、苦笑する。
ノーマルタイプの有機義体のアキと、戦闘用強化義体のフランではさすがにウェイト差がありすぎてビクともしなかった……。
今のユリコもフラン同様、最新スペックの強化義体なので、似たようなものなのだけど、それを軽々と抱える辺り、フランも大概だった。
「……んじゃ、お言葉に甘えて……フランちゃん、お願いするのですよ!」
そう言って、ユリコがフランの首に腕を回すと、フランの顔が真っ赤になる。
「ああ、ユリコお姉さまのお顔がこんなに近くに……私、幸せすぎて死んでしまいそうっ!」
「そう言うのいいから、早く行きなさいよ。ダゼルとケリーも馬鹿やってないで、早く乗る! 早く乗らないと置いていくよっ! って言うか、二人共いっそ泳いで帰ってくれば? それくらい軽いでしょ」
アキが冷たく言い放つと、全員大人しくその言葉に従って、無言でブルースカイに乗り込んでいく。
本人は、あくまでユリコの代役と言っているのだけど、今やアキと言えば、「電脳世界の女王」の異名を持つCEOの側近中の側近にして、第三世代強化人間のリーダー格……そんな風に誰もが認識していたのだった。
ちょっと前まではいつもオドオドしていて、目立たないキャラだったのだけど。
実戦を経験し、CEOと共に短期間の多くの経験を積んだことで、すっかり自信を付けて、名実ともにリーダー格になるほどの成長を遂げていたのだった。
最後に、フランに下ろしてもらったユリコとアキがタラップに並んで、屋上に居並ぶ医療スタッフ一同へ軽くお辞儀をすると、その場にいた全員が揃って敬礼を返す。
搭乗ハッチが閉まり、来たときと同じように静かにブルースカイが飛び去ると、同型のブルースカイの001番機と002番機がその横に付く。
更に、上空から10機程の青い宇宙戦闘機がワラワラと集まって、綺麗な編隊を組むとユリコ達の乗ったブルースカイを取り囲むようにフォーメーションを組みあっという間に飛び去っていった。
「ザ・サード」と呼ばれる第三世代強化人間のみで編成された新設の精鋭部隊なのだが、その実情を知るものはほとんどいなかった。
「……あの子達……全員で出迎えに来てたのか。まぁ、彼女は半ば強化人間の神様みたいな扱いになってるみたいだからなぁ……まったく、とんでもない話だよ……しっかし、色々あって疲れたよ……」
そう言いながら、医師長がヘロヘロと座り込む。
「ドクター、だ、大丈夫ですか?」
「いやはや……肩の荷が下りたと言うか、なんと言うかね……」
「見たこともない戦闘機でしたね。あれってなんなんですか?」
「エスクロンの最新鋭全環境対応機「小鴉」……練習機って話だけど、もうあんなレベルになってたんだ。あ、今見たのは他言無用。その方が無難だよ?」
「……まぁ、そうは言っても第三世代強化人間の医療メンテナンスは、うちが担当してますからね。ミドルスクールの子達……あの子達もすでに動員されてたんですね」
「……どうも、これから情勢悪化が想定されてるみたいでね。第三世代の現場動員が大幅に前倒しされたんだよ……。ユリコちゃんだって、本来はまだまだ育成過程だったはずなのに……現実が、あの子達を必要とした。まったく……因果な話だと思うよ」
「そうですね……。ユリコちゃん、ここに来た時、損壊率60%とか酷い重傷でしたからね……。あんなになるまで戦うなんて……一体、何と戦ったんでしょうね……?」
「非公開情報についての詮索は無用だよ? でも、あの子はそう言う子だからね……。僕らみたいな戦う術を持たない者達の代わりに戦うのが宿命……そう思い込んでるんだよ。さすがに、あんなに緊張したオペは久しぶりだったよ……スクナヒコナ卿が手伝ってくれなかったらどうなってた事やら。まぁ、送り出した以上は、僕らは彼女達の幸運を祈るしか無いんだけどね……」
「そ、そうですね……。無事にまた戻ってきて欲しいです」
「うん、定期メンテで元気に戻ってくる……是非、そうあって欲しいよ。さぁて、アルファチームとブラボーチームの皆は、このあとお疲れ会だよ。特別ボーナスももらってるし、皆一週間の休暇付きだから、派手に楽しもうか!」
医師長がそう言って笑うと、医療スタッフ達もどよめく。
少し前から噂にはなっていて、彼らもちょっとした期待をしていたのだけど、本当の話だったとは、誰も思っていなかったのだ。
「あはは、頑張った甲斐はありましたよね。でも、ユリコさん……第三世代強化人間の子達ってあんなんでしたっけ? 昔は皆、もっと無表情で機械人形みたいだったんですけどね……ユリコさんも昔から何度もうちに来てましたけど、前はあんなじゃなかったですよね?」
「そうだね。きっとあの子達を取り巻く環境が良くなったんじゃないかな? もっとも、私達はそう言う事を気にする立場じゃないし、患者の笑顔が見れたなら、それで満足しとこうよ。それになんと言うか……嬉しい話じゃないか……彼らがあんな風に笑うなんてさ」
医師長がそう答えると、皆納得したように、頷くと持ち場へと戻っていった。
やがて、上空にも多数の飛行機や飛行船が飛び交うようになり、アイランドワンに喧騒が戻って来た。
「スクナヒコナ」ってのは、少彦名もしくは、少名毘古那とも呼ばれ、古神道の神々でも結構な上級クラスの神様だったりします。
国造りの協力神、常世の神、医薬・温泉・禁厭・穀物・知識・酒造・石の神など多様な性質を持っており、どうも山神系……大山咋神と同系列の神様のようで、人間に病にあがらう術を与えたと言う逸話を持つ医療神としての性格を強く持つ神様です。
メガテンやペルソナにも出てきてるから、知ってる人は知ってるかも?
ちなみに、エスクロンのTire2クラスの古参AI達の間ではお互いを「XX卿」と敬称を付けて呼ぶ習慣があり、人間サイドも敬意を払って、そう敬称を付けて呼んでいます。
エルトランやオーキッドなんかも、割と別格扱いされてますが、どいつもこいつも能力的には飛び抜けてます。
ほぼもれなく大戦経験があるので、宇宙駆け銀河でも最強クラスのAIだったりします。
こいつらは、銀河連合のAI達の主流のアマテラス系AIと根底からして違う別系列AI群なのですが、エスクロンの製品にくっついて、銀河各地にはびこってるし、敵対する気もないので、割となぁなぁでやってたりしますが……。
独自ネットワークを構成して、情報共有してたりするので、軽く第三勢力化してたりします……割とタチが悪い奴らです。
 




