第五十六話「二国間交渉」①
「……ゼロ閣下、こうして話をするのは二度目ですね。どうやら、カイオスの計画は完璧に打ち砕いてくれたようですね……。こちらはさしたる助勢も出来ず……誠に遺憾に思います」
「やぁ、フォルゼ君。いや……シュバルツ救国貴族連合代表……フォルゼ・クラウト・フォン・バンクツアート筆頭伯爵閣下と呼ぶべきかな。あの時、君達と戦うこと無く見逃すと言う選択を選んだ事が、こんな未来に繋がるとはね。まさか、君がここまで出世して、あのカイオスを追い出して、シュバルツをマトモな国にする……ここまでやってくれるなんて、我々すらも予想外だったよ」
「ははっ……。様々なところから持ち上げられて、なし崩しにと言ったところですよ……。まさか、自分ひとりの力で、この場所に立っていると思うほど、私も思い上がってはいないですからね。……強いて言えば、時節に呼びたてられたと言ったところですよ。それよりも、この度は急な会談要請にお応えいただき、心より感謝する……状況は理解していただいているとは思うが、我が国の反乱分子共がそちらに盛大に迷惑をかけてしまったようなので、まずはその謝罪と釈明をさせていただきたい」
「ああ、その件ならこちらも状況は理解しているし、事前の調整会議で概ね話はついてるからね。我々としては、シュバルツは君達、救国貴族政府と、カイオス残党のネオナチスの二つに割れている状況だと理解している。銀河連合側にもこちらから、情報提供の上で説明してあるから、同様の認識だと思って欲しい。もっとも、人質を取られているのは相変わらずだから、銀河連合としては、どちらにも積極的には関与しないと言う玉虫色の結論が出ているのだけどね……。この点については申し訳ない限りだが、我々としては君達を支持し、バックアップを続ける事には変わりないから、その点は安心して欲しい」
「かたじけない……貴国が敵に回らなかっただけでも、十分助かる。そうなると……どうしたものか。私としては、この時点ですでに十分な回答をもらっていると言う事になるのだが……。これで話は終わりでは、些か、味気ない気もするな……。貴殿には色々借りもあるし、いくつか聞きたいこともある……少し、腹を割って話をしたいのだが、お時間頂いてもよろしいだろうか?」
「そうだね……。トップ会談ってのは国家元首同士、親睦を深めるちょっとした雑談会と言ったところだからね。VRの良い所は空間閉鎖を行うだけで、盗聴や監視、情報漏えいが起きなくなる事なんだよね。下手な相互通信どころか、直接会って話をするよりも秘匿性は高い。まぁ、そう言う訳なので、お互い楽にしようか……もしかしたら、VR会談は初めてかな? ちょっと緊張気味のように見受けられる。……それにしても、噂以上にお美しい方だ。お世辞抜きで閣下にお会いできて光栄に思うよ」
ケスラン攻防戦から数日後。
……ゼロCEOの用意した特設VR空間にて、二人の国家元首による話し合いが行われていた。
そのVR空間の遠隔会談の席には、今やシュバルツの代表となったフォルゼがその姿を見せていた。
……その姿は、豪奢なドレス姿で優雅な女性貴族そのものだった。
彼女は公式の場や戦場に立つ時は、男装をしているのだが、今回は敢えて本来の姿、女性の姿で交渉の席に付いていた。
一応、彼女なりに礼を尽くしたつもりだったのだが、ゼロはむしろ、背筋を伸ばして生真面目な顔で応対していた。
もっとも、目が合うと困ったような笑みを浮かべる辺り、若者らしいと言った反応ではあるのだが。
実際のところ驚くような年上の美女を相手にして、若干の戸惑いを禁じえないのも事実ではあった。
「……お気遣い感謝する。実を言うと今回が私にとっては、外交デビュー戦のようなものでな……それも異世界最強の大国の国家元首の相手ともなるとさすがに……ガラにもなく緊張していたよ。そう言ってもらえると、こちらも少しは気楽だ……。しかし、そちらのVRは随分と良く出来ているのだな。リアリティが格段に高い……ほとんど、現実と変わりないように思える。今の我々は世界の壁に阻まれているのに、直接会って会話するのとどう違うのか解らないほどだよ」
「と言うよりも、スターシスターズの共鳴通信がチートなんだよね……。世界の壁すらもあっさり超えて、回線容量も馬鹿みたいに太いし、レスポンスもほぼ瞬時に近い……。色々計測した感じだと、光速の壁すらも超える……そう言うもののようなんだ。その上、傍受や妨害も不可能。細かい原理については、我々でも解析出来てないんだけど、この時点で途方も無い話さ……。もっとも、当人達も自分達にこんな機能があったと気付いてなかったからしいからね」
「……それはなんとも……としか言いようがないな。なんにせよ、このような形で相手の顔を見て、空気感すら感じられるともなると、直接顔を合わせる必要もないということか。我々も今は、そちらの世界に気軽に訪れるのは難しくなっているからな……」
「まぁ、僕らみたいな立場にもなると、お互い直接顔を合わせて話するとなると、会場選定だの警備だのテロ警戒、他国の邪推が入ったりだの、ホント面倒事だらけだからね。僕は銀河連合諸国の国家元首と会談する時はいつもこれだよ。まぁ、エスクロンのCEOは在任中はここから動けないと言う縛りがあるってのは、昔からだから、僕と直接顔を合わせたことのある人なんて、ほんの数人くらいじゃないかな。まぁ、機会があれば、フォルゼ閣下を僕の海上宮殿に直接ご招待するってのも悪くないけど、今は難しいだろうからね。ここは合理的に考えて欲しいところだよ」
「なるほど、了解した。このような形式ならば、国家元首同士も気軽に意思の疎通が出来るというものだな……。トップ同士の意思の疎通が出来ていれば、そうそう間違いは起きないし、よほど関係がこじれでもしない限り、まずは話し合いとなるだろう。安全保障として、我々の信頼関係というものは重要だと心得ているよ」
「そう言うことさ。それでは、お互い挨拶も済んだことだし、立ったままではなんなので、ゆっくり座って、お茶でも飲みながら話し合うとしようか……では、失礼するよ」
そう言って、ゼロCEOが着席し、テーブルを挟んで向かいの席へ着席を促すとフォルゼも優雅に椅子に腰掛ける。
フォルゼの傍らにいた、執事服を着たはちみつ色のショートカットの少女が生真面目な顔で、てきぱきと二人にお茶を用意する。
もちろん、これもVRだから、演出のようなものなのだが、そう言う演出こそが重要なのだと二人も弁えていた。
「共鳴通信ホットラインによるVR会談……フォルゼ閣下は今回、初めてだと思うけど問題ないようだね……。そちらにお返ししたディーターくんも元気そうでなによりだ……。ディーターくん、お茶ありがとう。うん、ちゃんと香りや味覚データも再現してるね。異世界のお茶……なかなか乙なものだ。これは天然物、それもかなり良い葉を再現してるようだね」
「はい。ニューベルンのフロワスト地方産のセカンドフラッシュを再現させていただきました。一応、地上世界産の天然物なので、そちらの物と比較してもそう劣らぬ味だと思います。さすが閣下……なかなかにお詳しいようで……」
「うん、実際……かなり、良いものだと思うよ? 出来れば、実物を味わってみたいと思うくらいにはね。ああ、君も楽にすると良いよ。まんざら知らぬ仲でもないから、発言も自由にしてもらって構わない」
ディーターと呼ばれた少女はヴァルキュリア……銀河連合で言うところのスターシスターズの一人だった。
彼女もふっと微笑むと、そこが自分の定位置だと言わんばかりにフォルゼの斜め後ろに立つと腰の後ろで腕を組む。
なお、エスクロン側では夕凪が共鳴通信ホストになって、このディーターと相互接続しているのだが、国家元首対談と言うことで、すっかり萎縮してしまい裏方に回っており、この場には姿を見せる気はないようだった。
「……すまないな。聞き分けのない子で……彼女は私の騎士なのだそうだ。今の私はこの国の看板のようなものなのだから、個人的に忠義を誓っても良いことなど無いと言っているのだが、リアルでも常にそこが定位置になってしまっていてね」
「そうなんだ。シュバルツのヴァルキュリアはナチス・ドイツの信奉者揃いで一種の洗脳状態にあると言うのは、君もよく知るところだと思うけど。彼女は洗脳も解けて、人格的にも比較的マトモな部類だったから、そちらにお返しする事にしたんだよ。でも、個人的に忠義を誓ってもらえたと言うのは、いい話だと思うよ」
「Z17 ディーター・フォン・レーダー……彼女は、我々に味方する数少ないヴァルキュリアだからな……。今後も色々と役に立ってもらうつもりだよ。そちらで、かの永友艦隊と交戦し敗退……捨て石にされた末に未帰還……行方不明になったと言う話だったが、エスクロンに鹵獲されていたとは思いもしなかった……。どうだい、ディーター……虜囚生活ともなると、相応に厳しいものだったと思うが……。ここはひとつ恨み言の一つでも言ってやったらどうだい?」
そう言って、フォルゼはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「いえ……小官は、エスクロンでの虜囚の日々については、一切不満はありませんでした。ゼロCEO閣下もご無沙汰しております……私如き雑兵に対して、あのような厚遇。ましてや、もう一度祖国のために戦う機会を与えていただき。誠にありがとうございます……私は、フォルゼ閣下に永劫の忠誠を誓うと、ゼロ閣下にもお約束いたします」
「うん、いい心がけだと思うよ。けれど、君はネオナチス……カイオスに忠誠を誓っていたのではなかったのかい?」
茶化すようにゼロがそう言うと、ディーターも露骨に嫌そうな顔をして、そっぽを向く。
「……あの男は詐欺師のようなものです。ヘルベルト総統閣下の係累と言う触れ込みではありましたが、ナチス・ドイツの思想など欠片も受け継いでおらず、我が国の伝統や歴史、なにより民衆達……そう言ったものに興味も理解も示さない……それどころか全てをあざ笑っていた……。そのようなものを崇めるような趣味は始めから持ち合わせておりませんでした。永友艦隊との戦いで敗北し、捨て石役を言い渡された際も仲間のためと割り切って戦い抜いたまでです」
哨戒中の永友艦隊にカイオス自らが奇襲を仕掛け、敗退……。
ディーターは、敗走の際の時間稼ぎの殿軍として、絶望的な戦いを仕掛けてきたのだった。
刀折れ矢突き……満身創痍になるまで戦い抜き、最終的に初霜相手に移乗白兵戦を挑み敗北した。
彼女はそんな経緯を持っていた。
結果的に、たった一隻で永友艦隊の追撃を食い止めて、その役目を果たしきったのだから、大したものだった。
「……彼女は、あくまで祖国の為の騎士でありたいのだそうだ。本来、彼女達の根底はそう言うものらしいのだが、皆、奴の口車に乗せられてしまっているのが実情だ……。何とかしてやりたいのだが、なかなかうまく行かない……。難しいものだな……ディーターについては、そちらが上手くやって洗脳を解いてくれたようだが、何か秘訣でもあるのかな? 出来ればご教授いただきたいところなのだが……」
「そうだねぇ……。彼女はシュバルツの情報収集の一環として、永友提督からお預かりしていたんだけどね……。最初は黙して語らずで、手に負えなかったよ。もっとも、同位体……こちら側のディーターといろいろ話し合ったのが良かったのか、それから随分と態度も軟化して、僕らとの会話にも応じてくれるようになったし、エスクロンを見て回ってもらったりして、少しづつ情報も提供してくれてね」
「なるほど……。同位体……同じルーツを持つヴァルキュリアとの邂逅か……。話を聞く限りでは、それが洗脳を解くきっかけになったようだな。その辺りの話は詳しく聞いていなかったが、ディーター……君としてはどうだったんだ?」
「……根源を同じくする者と対話と言うのは奇妙な感覚でしたが。我々の本来の使命に立ち返るきっかけにはなりましたね。それにそちらの世界の様々な情報に触れたのも……。もうひとりの私は……過去の時代と今の世界の繋がりについて、話してくれましたね。彼女もまた、過去より連綿と繋がれた過去の残滓に触れ、今の世界を……人々を守りたいと思った。それが戦う理由だと聞き、私もいたく共感したのですよ……私達は、ナルヴィクにて祖国を守るために戦い、志半ばで果てましたからね……」
そう言って彼女は少しだけ悲しそうに笑った。
ドイツの駆逐艦、それもZ22までの艦には、固有名称が付いてました。
ディーターは、男性名ではあるんですが、響き的には女の子っぽくもあるので、フォルゼの側近役として採用してます。
シュヴァルツでもZ22までの駆逐艦は、銘持ちと言うことで精鋭扱いされてて、実際それなりの強者揃いなんですが、カイオスに捨て石扱いされて、捨てがまろうとして、まんまと初霜に鹵獲されました。
なお、Z17は艦これでもアズレンでも出て来てないので、画像検索すると蒼の軌跡に出て来たオッサン総帥とか、誰? みたいなオッサンばっかり出てきます。(笑)




